第2話 おゆきさまのこと
つくしが伸びるように、春の花が芽吹くように、ふきはすくすくと育った。
越谷さまは男女の双子を授かっておられ、女のほうをおゆきさま、男のほうを裕之丞さまといった。長男の裕之丞さまは物心つく前には忠義の証として大名へ人質に取られ、もうずいぶん、手紙以外のやり取りはない。母さまはおゆきさまと裕之丞さまを御産みになられた時、熱病にかかって亡くなられてしまった。長く、ひとりこの城に育ったおゆきさまにとって、ふきは新しくできたかわゆい妹のようであった。
春の兆しが見える頃には、四つ這い歩きがようやくできるようになったばかりのふきを、十二ばかり歳の離れたおゆきさまが軽々と抱き上げ、お城のどこへも連れてゆく。
「ほうら、ふきよ、ごらんなさい。あれは鳥、お空を飛んで、遠いところ、裕之丞のいる松波のお城までゆくのです。あのちいさく見える橙色の屋根はお寺、あすこにわたくしの先祖、そして母さまが眠っておられます。あちら、山々の瘤のそのまた向こうにあるのがかわちのお城。このお城とおなじように、この松波国をお守りしているのですよ」
おゆきさまのふきへのかわいがりはそれにとどまらず、松波国にお務めを果たしに行かれた城主どのが、土産に持って帰ってきた砂糖菓子も、ふきのちいさな口元に甲斐甲斐しく運び、ついには自分の分も全部与えてしまう。
「そなたはまことにふきのことが好きなのだなあ」と呆れる城主どのや「おゆきさま、あまりふきを甘やかさないでくださいまし。己の身の丈も分からなくなってしまいましょう」とはらはらと見守る女もなんのその、しかしおゆきさまは白い歯をむきだしにして、「何ぞ、ふきも喜んでおる」と笑うばかりである。
すっかりおゆきさまを姉と親しむふきは、おゆきさまが笑うのにあわせてころころと喉を鳴らして笑った。ふたりの笑い声が木霊するお城には、遠かったはずの春が近う感じられるようで、お城勤めの家臣たちの、眉間に刻まれた皺も、心なしか薄くなったように思えた。
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