第42話

月曜日______。

4重にも重ねたアラームで目を覚まし、いそいそと身支度を整える。

荷造り自体は昨日のうちに終わらせておいたし、あとやることといえば最終確認程度だった


「ま、こんなもんだろう」


中を確認した旅行鞄の中を担ぎ、アパートの前で椎葉の家の車が来るのを待つ。

しばらくすると、黒塗りのハイエースワゴンが見えてきた。

車は俺の前で止まると中から黒スーツ姿の男が降りてきて、車のリアドアを無言で開けた。


「おはようございます高宮さま。さ、どうぞ乗ってくださいまし」


これってもしかしなくてもリムジンとかいうやつじゃなかろうか。


車の中には既に辻野と真代の姿も見える。

辻野はまるで当然のことのように車内でジュースを飲みながら寛いでおり、真代は珍しいことに妙にソワソワと落ち着かなそうにしていた。

気持ちは分かるけど。


初の生リムジンに恐る恐る車内に足を踏み入れると、涼やかな空気が俺の身体を包む。

つい今まで朝とはいえ既に暑い外にいたおかげか、俺には車内が天国のように思えた。


「どうぞ座ってくださいませ」


言われて車内を見渡すと、白い汚れひとつないソファーシートが目に入った。

そして辻野の脇には冷蔵庫まで乗っていて、さらには100Vコンセントまで付いていた。

これだけ見てもこの車は相当に値が張るのが窺えた。


俺はやや緊張しながら椎葉の勧めに従って辻野の隣に腰を掛けた。


「正敏、飲み物を高宮さまに出して差し上げて」


ソファーシートに深々と腰を掛けていた辻野はいきなり話を振られてシートからズリ落ちそうになる。


「俺はお前の召使かよ…。ったく、ほら」


文句を言いつつも辻野は冷蔵庫から赤いコーラの缶を取り出して俺に渡してくる。


「悪いな」


「気にするな、蓮乃に顎で使われるのは今に始まったことじゃねぇしな」


順調に辻野は椎葉に洗脳させているようだった。


「そういえば椎葉の別荘ってどこにあるんだ?」


車が走り出し、事前に詳しい位置情報を聞いていなかった俺は椎葉に質問する。


「本日行くところは車で2時間ほどの山荘ですわ。去年は海でしたし、今年は山にしてみましたの」


「本日行くところは______ってまるで別荘をいくつも持ってるみたいな言い方だな」


「いくつもってほどではありません、海沿いの物とと山の中の物のたった2箇所しかありませんし」


冗談半分で言ってみたところ、謙遜したように答える椎葉。

しかし別荘2つを『たった』と表現するのは流石に謙遜しすぎだ。


「な?嫌味なやつだろ?」


俺の思考を読み取ったように辻野が小声で言う。

だが俺はそこまでは言ってない。


「聞こえてますわよ」


「さて、なんのことやら」


椎葉のドスの効いた声を浴びた辻野は慌てたように缶に口を付けた。


「しっかし、もう夏休みも終わりなんだな」


「そうだな」


今年の夏がものすごく短く感じたのは、それだけこの夏が充実していた証拠だろう。

この面子で再び旅行に行くなんてほんの1ヶ月前までは思いもしなかったし。


「それはいいけれど、2人とも夏休みの宿題はもう終わったのよね?」


「「…」」


真代の鋭いツッコミに俺と辻野はわざとらしく窓の外へ視線を向けた。


「と、ところで高宮、無理に誘っちまったけど例の部活の方は良かったのか?」


辻野の無理矢理な話題変更に、椎葉と真代の2人がピクリと反応した。

視線を向けると、いかにも興味なさそうに装いながらも眼球だけはしっかりこちらへ向けていた。


「大丈夫。俺がこの旅行に行くことは何故か新聞部の全員が知ってるからな」


広めた犯人は十中八九森守なんだろうけれど、女子の情報網ってやつは本当に恐ろしい。


「っていうか心配するなら俺よりも真代の方だろ。体育祭の準備は大丈夫なのか?」


「えぇ問題ないわ。夏休み中までに終わらせないといけない作業は先週のうちに全部終わらせたもの」


「マジか…」


去年手伝った時はそんな簡単に終わらせられる仕事量ではなかった気がするけど…。

何気に昔から真代ってスペック高いんだよな。

まさか歌戀さんや恋海さんクラスのスペック持ってないよな?

勝手な予測に身震いしていると、ポケットの中のスマホもブルブルと震え始めた。

取り出して画面を見ると、そこには愛しの妹からの着信だった。

はて、なんの用だろうか?


「悪い、梓からだ」


3人へ一言かけて通話ボタンを押すと、梓の不機嫌そうな声が向こう側から聞こえてきた。


『兄さん今どこですか?森守さんも知らないみたいですし』


この様子だとおそらくは1度俺のアパートに来て、部屋の中に気配を感じなかったから電話してきたのだろう。


「…椎葉の車の中だけど?ほら、例の別荘に遊びに行くって話の」


『なっ…!?今日だなんて聞いてないですよ!?』


「そりゃ言ってないし」


一緒に住んでいるわけでもないのだし、教える必要性も感じなかったからな。

それに事前に教えていたら絶対に面倒なことになるのは分かっていた。

最悪着いて来ようとしても不思議じゃない面子だし。


「そういうわけだからちょっと行ってくるから、みんなにもよろしく言っといてくれ」


『ちょっ、兄さ_______』


ブッと通話を強制的に終了させてスマホをポケットにしまい直す。


「…」


「高宮?なんか揉めてたみたいだけど良かったのか?」


「大丈夫、なにも問題ない」


スパッと言い切り、俺は頭を旅行へ切り替えた。

なにせ椎葉家の別荘なのだ。

存分に楽しまなければ勿体ない。


そして車に揺られて2時間、俺たちはいよいよ椎葉の別荘に到着したのだった。





「…『山』ね」


「『山』だな」


車が山荘の前に停まり外へ出ると、周囲には見事に木と草しか見当たらなかった。


「懐かしいなぁ、昔はよくここで遊んだもんだ」


辻野がまるで実家に帰ってきたかのようにリラックスした様子で伸びをする。

辻野は椎葉とは幼馴染みだから昔はよく連れて来てもらっていたのだろう。


「長い車移動でお疲れでしょう?部屋にご案内致しますわ」


そうして案内された部屋は1人用の部屋のくせに俺のアパートの部屋よりも広かった。

部屋に入ると、予めエアコンを点けてあったのか部屋の中はひんやりとしていた。

荷物を床に置き部屋を見渡す。


まるで割り振られた部屋にはよく分からない掛け軸や、高そうな壺などが置かれている。

これはでは下手に動き回ることもできない。


「高宮入るぞ」


と辻野が部屋に入ってきた。


「この後川みんなでに行くことになったけど良かったか?」


「川?そんなのあるのか?」


「あぁ少し行ったところにな。ここは水が綺麗で魚も取れるんだ」


「へぇ」


魚がどうこうは置いといて、たしかにせっかくこんなところまで来てエアコンの効いた部屋に籠りっぱなしというのも詰まらないし、川なら多少は涼しいだろうから付き合うのもありだ。


「分かった。行こう」


「よし、そうこねぇとな」


俺はよっこいしょと立ち上がり、辻野の後に続いて部屋を出た。


玄関まで行くと既に女子2人が待機していた。

真代は白いワンピースに麦わら帽子と、いかにもアニメに出てきそうな『The夏』といった格好で俺を仏頂面で睨んでいた。


「遅いわよ」


「いや、そっちが早過ぎるんだよ。…っていうか2人共いつの間に着替えたんだ?」


真代だけではなく、椎葉もまたここへ着いた時とは違う、紺色の浴衣に着替えていた。


「着いてすぐよ。少しでも涼しい格好をと思うのは普通じゃないかしら?」


「まあたしかに涼しそうではあるけど…」


それにしても半袖って、当然日焼け止めも塗ってるんだろうけど、その辺気にしないのだろうか?

もしこれで日焼けしようものなら、『マシロ』じゃなくて『マグロ』だな。


「マグロで悪かったわね」


「…」


なんでそんな的確に分かるんだよ…。


「さ、さて。こんなところにいつまでもいても仕方ないだろ。早く行こうか」


「そうですわね。それではわたくしに着いていらしてくださいませ」


俺の提案を素直に聞き入れた椎葉が先導して歩き始める。

それに並ぶように辻野が追いかけ、真代はその後を追って俺の傍を擦り抜ける直前…。


「…あとで話があるから」


俺の耳元でボソリと呟きを残した。

俺は真夏だというのにゾワっと全身の毛を逆立たせながら、その後を追うのだった。




夕方になり、川で一頻り遊んだ俺たちは再び山荘へ戻ってきた。


「やー遊んだなぁ」


疲れたという様子でぐたーっと畳に寝転がる辻野。

俺も気分的にはそうしたかったが、今それをやるともう二度と立ち上がれない気がして自粛した。


「そういや晩飯はどうするんだ?」


ここから近くのコンビニに行こうと思うとこの山を一旦降りなければいけない。

しかし今の俺たちにはそんな体力なんて残っているはずもない。


「それでしたら問題はございません。既に準備できているはずです」


「…?」


首を傾げながら先導する椎葉について行くと、リビングのような場所に連れて行かれた。

そしてそこにはたしかに料理が4人分並んでおり、そこに並ぶ料理の数々はまるで高級旅館で提供されるような華やかなものだった。


「どうぞお座りください」


当然のように料理の前へ座り始める椎葉と辻野。

もう住む世界が何階級も違う気がしてならなかった。


「…高宮くん、私今椎葉さんをものすごく遠くに感じたわ」


「安心していいぞ真代。俺なんて朝からずっとだから」


少なくとも椎葉と知り合わなければ、俺が生きている間にこんなご馳走を頂くことなんて有り得なかっただろう。


俺たちは苦笑いを見合わせてながら2人に続いて席に着いたのだった。

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none title サトウタロウ @sin

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