第39話

さて、夏休みも中盤に差し掛かろうとしていたある日、俺たち新聞部のメンバーは全員部室に集合していた。


「いや、夏休みに集まったところでやることなんてないだろ」


俺は長テーブルでキャッキャとお菓子を摘み合う女子たちへ視線を向ける。

実際こんな校内に誰もいないような期間に集まったところで聞き込むこともできなければ、なんの情報も持たない今わざわざ集まって会議する必要もない。


今の状況は差し詰め、サラリーマンたちが適当に理由をつけて飲みたいだけの状況と一致する。


「いえいえ、ちゃんと議題はありますよ。ですよね、森守先輩」


「そうだね、ちゃんと議題はあるんだよ那由くん」


何故みんなしてこちらを見るのだろう?

俺がなにか悪いことでもしただろうか?

しばらく考えてみたがやはり心当たりはなかった。


「じゃあその議題ってのはなんなんだよ」


「高宮さんの浮気について…です」


「…はぁ?」


益々なんのことか分からなくてなってきた。


「しらばっくれても無駄ですよ!証拠は既に上がってるんですから!」


花奈がバンバンとテーブルを叩きながら怒っていますアピールをしている。

とはいえ俺には花奈に怒られなければならない理由がなにも思いつかない。


「高宮さん、今度別の同好会の方たちと旅行に行くそうじゃないですか?」


「…」


「…」


なんで花奈がそれを知っているんだ?と疑問に思ったが、俺と花奈の共通の知り合いでそのことを知っているのは森守しかいない。

森守へ視線を送ると、慌てて視線を逸らされ俺は密告者を確信した。


「…まああくまでまだ予定の段階でしかないけどな。一応…と、友達の別荘に行くつもりではある」


誰かを友達と呼称することにまだあまり慣れてはおらず弱冠言葉詰まったが、胸を張ってそう呼べたことを嬉しく思う。


しかし…。


「「「「へぇ〜」」」」


4人が4人とも声を揃えて、白けた視線をこちらへ向ける。


「皆さん、これは完全に浮気ですね」


花奈の投げかけにうんうんと他の3人も同時に頷く。

謎のシンクロ率の高さを発揮していた。


「いやいや、別に部活と同好会を掛け持ちしちゃいけないって校則はないはずだぞ。だったら別になんの問題もないだろ」


「問題ありです大ありです。高宮さん前に私がどこか遊びに行こうって誘ったとき問答無用で拒否ってきたじゃないですか!どうして同好会のお誘いだとそんなホイホイと着いて行っちゃうんですか!」


もしかしてそれは夏休み直前の話をしているのだろうか?

たしかにあの時俺は即答で拒否ったけど、一体いつまで根に持っているのだろう。


「いやだってほら、あの『椎葉』のひとり娘からのお誘いだぞ?庶民から大人気な弁当屋のひとり娘からのお誘いとは訳が違うんだぞ?」


「そうですけど!そりゃそうですけど!だいたい高宮さんは新聞部と同好会のどちらが大事なんですか」


「えぇ…」


仕事と私どっちが大事なの!みたいな面倒臭い彼女みたいな質問が飛んできた。

そりゃ流されていつの間にか入れられた新聞部より辻野たちと立ち上げた同好会の方が大事だが、それを正直に言おうものなら今この場にいる全員が敵に回ることになる。


だが、ここで嘘でも新聞部を選ぼうものなら今度は花奈が調子に乗って余計に面倒臭いことになる。


さて、どう答えたものか?と悩んでいると、ガラッと部室の扉が開いた。


「あなたたちうるさいわよ。一体なにを騒いでいるの」


そこに現れたのはこのクソ暑いというのに相も変わらずクールな女王様、真代優姫さまだった。


「ま、真代…さま」


「は?気持ち悪い呼び方しないでくれないかしら?口縫い付けるわよ?」


心底不快そうに細めた目をこちらに向けてきた。

メンタルに100のダメージを負った。

なお、最大HPは50である。


見た目からして明らかに不機嫌そうな真代は冷やかな目でグルリと部員たちを見回すと再び俺へ向き直った。


「騒ぐのなら他所でやってくれないかしら?いくら夏休みで他に生徒が殆どいないからって、廊下まで聞こえるような声で騒がれては他の部活で出て来ている子たちに迷惑よ」


騒いでいた張本人の横目に花奈を見てみると、狼を前にした子羊のようにガクガクと震えていた。

そうだよな、真代に怒られるとスゲー怖いもんな。


でもさ真代さん、いくら人と話すのが苦手だとはいえ、全く騒いでもいなかった俺にだけ怒るのは少し酷いのではないだろうか?


「なに?なにか言いたげな顔してるわね」


「いえ、なんでもございません」


と言ったところでどうせ俺の考えなんて全部お見通しなのだろう。

俺が諦めて真代の説教をひとりで引き受けようと覚悟を決めたときだった。


「待って」


森守が真代に待ったをかけた。


「あなたは…たしか前に取材で会ったわね」


「うん、那由くんと同じクラスの森守暦だよ。よろしく」


「…那由くん…ねぇ?」


あの、そこで俺を睨む理由は一体なんなんでしょう?


「で、その高宮くんと同じクラスの森守さん。私は一体なにを待てばいいのかしら」


猛禽類のような鋭い視線が森守に注がれるが、森守はそれを全く気にした様子もなく、むしろ真正面から受けて立った。


「騒いでいたのは申し訳ないと思ってる。ごめんなさい。でも、騒いでいたのはボクたちで那由くんは関係ないよ」


「…この状況で彼が関係ないと言い張るには少しばかり無理があるんじゃないかしら?現に彼はこうしてこの部屋にいた訳だもの。年長者として責任を負うのは当然じゃないかしら?」


「那由くんはたしかにこの部の中では最上級生かもしれないけど、別に部長ってわけでもないんだから責任を問われる謂れはないはずだよ。それに年長者ってことならボクだって那由くんと同じ2年生なんだからやっぱり那由くんだけを怒るのはおかしいと思う」


森守が『那由くん』という名称を上げるたびに真代は眉尻をピクつかせる。

その心情は俺には読み解けはしないけれど、あの仕草が何か気に入らないことがある時に真代がやる仕草であることを俺は知っている。


真代は余程『那由くん』という呼称が気に入らないらしい。


2人の間に謎の火花が散る。

そんな2人に1年生組はビクビクと震えていた。


「だそうだけど、あなたからはなにか言いたいことはあるかしら?」


そして唐突に俺の方へキラーパス。

1年生組からは「なんとかしてくれ」と言わんばかりの視線を受け、森守からは「ガツンと言ってやれ」という視線が送られ、真代からは「分かってるんでしょうね?」と脅すような視線が突き刺さり、いよいよ耐えられなくなった俺は脱兎の如く部室から逃げ出した。





「那由多くんおひさ〜」


「うわぁ」


せっかく魔境から逃げ出したというのに、今度は変人と遭遇してしまった。

そう、みんなの嫌われ者の羽科歌戀さんである。


「うわぁって酷いなぁ。せっかく会いに来てあげたっていうのにお姉さん傷付いちゃうなぁ」


よく言ったものだ。

傷付くようなデリケートなメンタルなんてしてないくせに。


「で、学校までなんのようですか?まさかまた生徒会の邪魔しに来たとか?」


「まさかそんなわけないじゃん。恋海も那由多くんもいない生徒会なんかに遊びに行ったって全然楽しくないし」


歌戀さんの性格上、今の言葉には嘘はないだろう。

けれどだったらなにをしに来たというのだろうか?


「だから那由多くんの入ってる部活動に遊びに行こうかと思って_______」


「帰れ」


まだなにか言いたげだった歌戀さんの言葉を遮って昇降口の方を指差す。

今あの魔境へこの魔獣を放り込もうものなら後々が怖い。


「やぁ〜相変わらず那由多くんは連れないねぇ。私はキミをそんな子に育てた覚えはないよ」


「安心してください、こっちもあなたに育てられた覚えはありませんから」


「あはは、そうだね。その通りだ。鋭いね」


鋭くもなにもない。

ただの純然たる事実だ。


「でもまあキミとここで会ったのは本当はただの偶然なんだよね」


「校内まで入り込んできておいて偶然って言い張るのは無理があるんじゃないですか?」


「いやいや本当だよ?ちょっとした用事というか顔見せでね」


「顔見せ?」


妙な言い回しに首を傾げる。

一体誰に何のために顔見せなんてしに来たのか?

いや、まずこの人の言っていることが本当かどうかも怪しいところだ。

この人の言葉は9割近くは信用できないからな。


「それで高宮くんはもう帰るの?」


「いいえ、飲み物を買いに出ただけです。歌戀さんはもう帰るんですよね?さようなら」


そう捲し立てて踵を返そうとしたのだが、その肩をガシッと掴まれて止められた。


「飲み物を買うだけなのに鞄なんて持ち歩かないよね?っていうことは那由多くんももう帰るところなんでしょ?」


「チッ」


ボケているようでこういう時の観察眼だけは鋭い。

そういえばこの人、全然そうは見えないけれど基本的スペックの高い方の人間だったっけか?


「そうですよ、俺はもう帰るところですけどそれが何か?」


俺は若干逆ギレ気味に歌戀さんに噛み付くが、歌戀さんはどこ吹く風で俺の隣に並んだ。


「よし、じゃあ一緒に帰れるね」


「え、嫌です」


「やぁんもう、高宮くんってば冷めてるなぁ。こんな美人なお姉さんと下校デートできる機会一生の内になんてそう何度もないんだよ?」


「_____っ」


甘えたような甘ったるい声ですりすりと俺の腕に自らの腕を絡ませてくる歌戀さん。

ゾゾゾッと背筋に寒気が走り、慌てて振り解く。


「うわっ!今の反応は流石に酷くない!?」


「歌戀さんが気色悪いことするからでしょう!」


「気色悪いって酷くない?ねえ流石の私もかなり傷付いたんですけど?」


今俺は生まれて初めて痴漢される女の子の気持ちを味わった気がする。

そこまで好意的でもない異性から身体を触られるのが不快なのは男も女も変わらないのである。

そもそもあんたはこの程度で傷付くような繊細な心の持ち主ではないだろ?


「っていうか歌戀さん、未成年に手出したら犯罪ですよ」


「そこはほら、未成年だけど愛さえあれば問題ないよねっ?みたいな」


「残念ながら愛はそこまで優秀な免罪符たり得ませんから。愛があろうとなかろうと犯罪は犯罪です。そもそも愛だとか恋だとか歌戀さん全く興味ないでしょう?」


俺が冷静にそう言うと、歌戀さんはスッと俺から離れて詰まらなさそうに口を尖らせた。


「はぁ、ほんっとに那由くんってば可愛げがないなぁ。そこは童貞らしくもう少し照れたりしてくれないと」


「生憎とこの程度じゃ照れるとかないので」


超絶美少女な義理の妹から毎日のように迫られていたおかげでその辺りの免疫は付いているのである。


「まさか那由多くんってその歳で不能とか?」


「変な言い掛かり付けないでもらえます?セクハラで訴えますよ?」


「うわぁ〜出たよセクハラ。最近の若い子ってすぐにセクハラだとかパワハラだとか言い出すよね」


あんたの十分にまだ若いだろう。

そう口を吐きかけたのを飲み込んだ。

どうせそう言わせる魂胆なのだろうし、調子付かせるだけだろうからわざわざ乗ってやる必要はない。

っていうかそろそろほんとに帰りたい。


「それで結局本当になんの用だったんですか?」


「信用ないなぁ、本当もなにもさっき言った通りだよ。那由多くんに会ったのも本当に偶々だから」


いまいち信用できないけれど、勘ぐったところで真実が分かるわけでもない。


「そうですか、それなら俺は帰っても構いませんよね。さようなら」


「え、ちょっ、那由多くん!?」


早口に捲し立てた俺は、その場を脱兎の如く駆け出した。

歌戀さんの足が俺よりも遅いことは去年に実証済みである。

そうして俺はまんまと魔獣から逃げ果せることに成功したのだった。

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