第36話
「やー、疲れたけど楽しかったですね!」
傾き始めた陽を背にしてグッと背中を伸ばしながら花奈が言う。
「だね〜。最後にはみんなで遊べたしボクも満足だよ」
「約1名空気を読まずに意地でも混ざってきませんでしたけど」
梓から横目に睨まれる。
ひどい言い掛かりだ。
「むしろ逆に空気を読んだんだよ。あそこで嬉々として混ざるのはせっかく神崎が勇気を出したのに無粋だろ」
「無粋って、兄さんに粋というものが分かるとは思えませんけど。神崎さんもそう思いませんか?」
梓は相当機嫌がいいのか、俺に対してやけに辛辣だった。
「あの…えっと…ノーコメントで」
神崎はまだ梓との会話に完全に慣れていないのか、遠慮がちに答える。
しかしそれでも神崎にとっては大きな前進であることに違いはない。
ここまで来ればもう俺のサポートも必要はないだろう。
それならこれ以上俺がいる意味も感じないし、あとは女の子同士親睦を深め合ってもらうことにして俺は適当に理由でも付けてトンズラといこう。
「悪い、ちょっと用事を思い出したから先に行っててくれ」
その場で立ち止まって前を歩く4人に声をかける。
こちらを振り返った梓は俺と目が合うと、なにかを察したようにやれやれと首を振り、他の3人を先導し始めた。
「…ということらしいので薄情な兄さんなんか置いて先に帰りましょうか」
「え?」
「はいはいましろん、立ち止まらない。それでは高宮さん、また今度ー」
「那由くんまたねー」
その反応を見るに神崎以外の全員に俺の意図は筒抜けだったらしい。
なんでみんなしてそんなに察しがいいんだ…?
4人の姿が見えなくなるのを見送り、俺も少し遠回りな家路に着こうと足を進めようとしてふと思い立つ。
「…約束は約束だしな」
神崎が不安や恐怖に打ち勝って頑張って立ち向かったのに、先輩の俺が逃げてばかりというのはどうにも格好がつかない。
そうとなればあまり面倒事を先延ばしにはしたくなかった俺は、メッセージアプリを開く。
そして去年から未読通知の溜まった相手を開き要件を打ち込んでいった。
「______送信」
3人にメッセージを送信し終えた俺はスマホをポケットに押し込む。
これで退路は完全に絶たれた。
読んでくれるかも分からないし、応えてくれるかも分からない。
でも、俺はもう逃げないと決めたから。
神崎から一歩を踏み出す勇気をもらったから。
たとえ1年前のような関係には戻れなくても、今度はちゃんと話そうと思う。
そんな決意を胸に俺は家とは別方向へ足を向けたのだった。
某喫茶店にて待つこと10分、1人の少女が入店してきた。
「…よぅ、久し振りだな」
「一体どういう風の吹き回しかしら?わざわざこんなところに呼びつけて」
「そう焦るな、まあ取り敢えず座ってくれ」
少女_____真代はしばらく訝しげに俺を見下ろすと、正面に腰をかけた。
「思えばこうして俺から誘うのなんて初めてだな」
「そうね、あなたはいつも周りに流されるだけで決して自分から動こうとはしなかったもの」
そう言う間も真代は俺を不審そうに見つめている。
「で、なにを企んでいるの?」
「なにも企んでなんてないさ。だからそんなに怪しまないでくれ」
「怪しむだなんて酷い言い草ね。むしろ私はあなたを心配してるのよ」
「心配?」
真代が俺の心配をするなんて珍しいこともあるものだ。
真代の場合嬉々として俺を虐めてくるからな…。
「えぇ、ちなみにクーリング・オフするのなら早いうちにしときなさい」
「いや、押し売りになんて遭ってないから」
「私に相談しないといけないくらい取り立てが酷いならちゃんと弁護士に相談した方がいいわ」
「いや、闇金にも手出してないから」
「高宮くん、完全に洗脳される前に脱退した方がいいわ。人生めちゃくちゃにされるわよ」
「宗教にもハマってないし」
「一緒に行ってあげるから自首しましょ?」
「犯罪にも手染めてないから。っていうかそろそろクドイぞ」
「それだけ今のあなたが怪しいのよ」
「おい、今とうとう怪しいっつったな!?」
「言ったわよ?それが?」
なんの悪気もなさそうにキョトンと言い放つ真代は、どうやら数分前の自分の発言を覚えていないようだ。
「…なんでもない」
真代のそんな態度にももう既に慣れきっている俺はここをこれ以上掘り下げてもなんの利益にもならないことを知っている。
だからそれ以上は追求せずに本題に戻ることにした。
「ほら、前に真代にも言われただろ。いつまで逃げ続けるつもりかって」
「えぇ、覚えてるわ。あなたそれに対してあなたは『縁を切った』とも言ったわね」
ズキっと胸の奥が軋む。
「それで?」
「ちゃんと話そうと思うんだ。あの2人と」
「…熱はないわね」
ひんやりとした手が俺の額に伸びる。
真代が身を乗り出してことで黒いシャツの襟から純白の『何か』が覗く。
見てはいけないのはわかっているがどうしても目がいってしまう。
だって男の子だもん。
でもまあこっそり見る分にはきっとばれn_____。
「バレてないと思ってるみたいだけれど、もちろんバレバレよ」
「!?」
「このエロガキ。一遍死んでくれないかしら」
「…すみません」
雪山の吹雪のような声質と蛆虫を見るような真代の視線を浴びて俺はただ小さく謝ることしかできなかった。
「はぁ、こんな布切れのなにがそんなに良いのかしら?男の子の考えは全くこれっぽっちも理解できないわ」
「ホント悪いと思っているので、そろそろ蹴るの止めてもらえませんか?」
先程からテーブルの下で足の甲をゲシゲシと踏みつけられているているのが地味に痛い。
「あんまりに巫山戯るようなら帰るわよ?」
そう言ってようやく真代は俺の足を踏むのを止めてくれた。
「えっと…その前に注文だけしてもいいか?流石になにも頼まずに居座るのは気が引ける」
「…アイスティー」
「了解」
そして俺が自分のブレンドと真代のアイスティーを注文し終えるとそれを待っていたかのように真代が切り出した。
「で、いきなりどうしたの?一体どういう心境の変化?」
頬杖を突きながら不機嫌そうに半目で俺を睨む真代。
よっぽど俺という人物を信用してないと見える。
「ちょっとな…人に偉そうなこと言った手前自分だけ逃げ続けるわけにはいかなくなっただけだよ」
「ふぅ〜ん?で?」
そんなことは興味ないと言わんばかりにバッサリと切り捨てられた。
「実はさっき真代に連絡した時に一緒にあの2人もここに呼んだんだ。って言っても真代とも少し2人で話したかったから、2人には1時間ズラして時間を指定したんだけど」
「なるほど、あなたが珍しく本気だってことだけは伝わったわ。でも、1年近く無視放置したくせに、今更都合よく呼び出して2人とも来てくれるなんて本気で思っているの?」
「それは…」
それは俺もここにくる途中で考えた。
俺とは違って2人とも人気者だから、もうとっくに俺のことなんて忘れて新しい環境で新しく友達を作って楽しく青春とやらを送っている可能性の方が高い。
だとしたら今更俺から連絡を受けてもただの迷惑にしかならないのでは?
2人にとって俺は、俺が望んだ通りに過去の人になっているのでは?_______と。
だけど来ないのならそれはそれでいいんだ。
2人にとっての俺の存在が既に『去年まで仲良くしていた誰か』に成り果てていたのなら俺はそれでいい。
でも、もしも2人の心の何処かに高宮那由多という男が小骨程度にでも引っ掛かっているのなら、俺は2人に会ってちゃんと話をするべきだと思うから。
「逃げないって決めたから」
「…そう、だったら私からあなたに言うことはもうないわ。あとはあなたの好きなようにすればいいんじゃないかしら」
真代はやはり関心なさげに言うけれど、俺は真代の口元が少しだけ緩むのを見逃さなかった。
だから俺は______。
「あぁ、そうさせてもらう。だからお前もそこでちゃんと見届けてろ」
そう啖呵を切るのだった。
そうして約束の時間が過ぎてもう2時間になる。
それでも未だに2人の姿は現れない。
既に同時期の入ってきた客は全員会計を済ませて退店している。
メッセージアプリを開くと一応2人とも既読にはなっている。
しかしそこにはなんの返信もなかった。
_______まあつまりそういうことだろう。
「それでいつまで待つつもり?」
「もう少しだけ」
「そう言ってもうどれだけ経つと思ってるの?」
「…」
「私としても少し残念な結果だけど、これが現実よ。あの人たちはもうあなたに興味がないの。そうされても仕方のないことをあなたはしたの」
そう、最初に一方的に関係を切ったのは俺だ。
それに来ないのならそれでいいと思っていたじゃないか。
じゃあどうして俺は未だにここに居座っているのだろう?
どうして俺はここにしがみ付いているのだろう?
_______そんなの分かり切っている。
「縁を切った」とか「忘れて欲しい」とか言いながら結局俺が1番未練タラタラだったんだ。
ひとりでも大丈夫だと思ってた。
またひとりに戻るだけだと簡単に考えていた。
でも違った。
1度人の温かさを覚えてしまったら、もう2度とひとりになんて戻ることはできないんだ。
だから神崎を受け入れた。
だから花奈を、森守を受け入れた。
だから新聞部なんて妙竹林な部活にも所属した。
いや、それよりもっと前に辻野と椎葉を受け入れた。
ただずっと気が付かなかっただけで、俺はあの日真代と別れた時からもうとっくに『ひとりで大丈夫』な人間じゃなくなっていたんだ。
そこまで考えて、俺は俺とよく似た境遇にいた少女のことを思い出した。
ひとりでも大丈夫だと近付こうとするヤツを片っ端から威嚇し、攻撃していたとある少女。
そんな彼女がどうして俺と付き合おうなんて考えたのだろうか?
俺の優しいところが好きだったと言っていたけれど、どうして彼女は俺を受け入れようと思ったのだろうか?
そしてあの後ひとりに戻った彼女は『ひとりでも大丈夫』だったのだろうか?
「なあ真代」
「なに?」
「お前はあの時どうs_________」
「して」と言おうとしたところで、誰かが来店したらしくカランカランという音で俺の声はかき消されてしまった。
しかし気を取り直してもう1度______と思ったところで、真代が入り口の方を指さした。
「よかったわね、あなたの粘り勝ちみたいよ」
俺は首を捻って背後を確認する。
そしてその指さす先にあったのは、実に数ヶ月ぶりに見る友人たちの姿だった。
「…悪りぃな、遅くなっちまって」
「すみません高宮さま、この愚図がちっとも家から出て来ませんでして…」
そう言って2人は真っ先に小面に座る俺と真代に謝った。
しかし2人からは前のような覇気は感じられない。
まるで親に叱られることを予見している子供のようだった。
「いや、そもそもは俺が急に呼び出したのが悪いんだ。気にしないでくれ」
「そうね、予定もなにも聞かず一方的に呼び出すなんて常識を疑うレベルよ」
「…すみません」
たしかによくよく考えてみたらそうだった。
勝手に変な方へと考えていたけど、そもそも予定が入っていて来られない可能性も十分にあったんだ。
っていうか真代もそういうことはもっと早く言って欲しいのだけど…。
「なによ?」
「いいえ、なんでもありません」
いや、今回のは単に俺の注意不足が原因だったわけだし、真代を責めるのは筋違いだろう。
それに今日はそんなことで呼び出したわけではない。
「そんなことより高宮くんは2人に話があるんでしょ?」
「「_______」」
真白の言葉で2人に緊張が走るのが空気で伝わった。
「そんなに身構える必要はないよ。ただ話を聞いて欲しいだけだから。そして選んで欲しい、これからのことを」
2人が頷くのを確認したい俺は、既に3杯目となった冷めたコーヒーを一気に飲み干した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます