第35話
「那由くん」
恋海さんが去ってしばらくして、森守が俺の側まで寄ってきた。
「どうした?」
「ちょっと休憩にね。ってそういえば那由くんは神崎さんがどこに行ったか知らない?」
言われて周囲を見渡してみるが、確かにどこにも神崎の姿はない。
ただ、あんなパーカー姿でプールに入るとも思えないし、きっとどこか目立たない場所でひっそりと遊んでいるのだろう。
「まあ神崎のことは俺に任せてくれ。あとでその辺探してみる」
「そう?じゃあお願いしようかな」
そう言いながらも何故か森守は俺のすぐ隣へ腰を下ろしてくる。
この距離感実は結構苦手なんだが、去年は距離を空けたら椎葉がいじけた覚えがあったので、今回は敢えて動かなかった。
「那由くんは遊ばないの?楽しいよ?」
「俺は見てるだけで十分だし、下手にプールに入ったら痴漢の疑いを掛けられそうで正直怖い」
最近の世の中は物騒で、そういう冤罪があるとも聞く。
それもその案件の殆どは1度疑われたら99.9%有罪になるというのだから恐ろしい。
「う〜ん、でもそうやってずっと座ってプールを眺めてるのも結構不審だとボクは思うけどな」
森守が目を流した方へ目を向けると、俺のことを不審そうに見る女性客の姿があった。
もしかして通報一歩手前だった…?
「…もしかしなくても助けてくれたのか?」
「ま、まあそういう意図も無かったとは言わないかな」
誤魔化すように露骨に目を逸らす森守だったが、その態度がなによりも雄弁に語っていた。
そういえば今や公園で休憩しているだけで通報される社会だったな。今後は気を付けておこう。
「なんとも住みづらい世の中になったもんだな」
「え?ごめん那由くん、もう一回言ってくれる?」
「いや、大したことじゃないから気にしないでくれ。それにしてもまだ神崎とは打ち解けてないのか?」
あいつが姿を眩ませたということは未だにこの新聞部の面子に対して人見知りを発動させているということだろう。
もうかれこれ1ヶ月半くらいは経つのだし、これから一緒に部活をやってく仲間なのだからそろそろ慣れて欲しいものだ。
「そうだね…話はおろかなかなか目も合わせてくれないし、まだまだ時間がかかりそうかな。ちなみに那由くんから見た神崎さんってどんな感じなの?那由くんには懐いてるよね?」
「懐くって犬猫や子供みたいに言ってやるなよ。俺から見てどうか…ねぇ」
俺と話している時の神崎を思い浮かべる。
比較的表情は出てると思うし、声も割りかし弾んでいる気がする。
それに結構無遠慮に絡んでくる事も多いが、何故か神崎に対しては花奈や恋海さん、歌戀さんとは違ってウザったさは感じない。
そう、この感じはなんとなくあいつに似ている気もするが…。
「那由くん?急に黙っちゃって大丈夫?」
「ん?あぁなんでもない。それで神崎がどんな感じなのかって話だったよな?まあ一緒にいて嫌な気分になる相手ではないのは確かだな」
「そっか…じゃあさ那由くんは神崎さんとどれくらいで普通に話せるようになったの?」
森守に言われて記憶を振り返る。
確か最初は俺にもよそよそしい態度を取っていた覚えがあるが、案外1ヶ月くらいで馴染んでいた覚えがある。
もしかしたら同じコミュ障な俺のことを仲間みたいに捉えたのかもしれない。
「たしか1ヶ月くらいだったかな。でも俺の時も徐々に慣れていった感じだったし、そんなに気に病むことはないと思うけど」
「でもボクが神崎さんと初めて会ってからもうすぐ2ヶ月なんだよ?もしかしたらボク嫌われてるのかも…」
「いや、それは絶対ない」
肩を落とす森守に俺は断言する。
神崎が森守を嫌っているというのはまず有り得ない。
「どうして断言できるの?」
「俺も神崎とはそれほど長い付き合いだとは言えないけど、少なくとも俺はあいつが好きでもない奴と休みの日にわざわざ遊びに出かけられるような肝の据わった奴じゃないことくらい知ってるつもりだからな。だからそのうち打ち解けられるさ」
多分…きっと…恐らく…だけど。
「…本当に?」
「…あ、あぁ。本当にだ」
じっと真摯な瞳を向けられては『多分』や『きっと』なんていう曖昧な表現は飲み込まざるを得なかった。
「うん、それじゃあボクは那由くんを信じる」
にぱっと満面に笑みを浮かべてようやくらしくなった森守は立ち上がる。
「励ましてくれてありがとうね。それじゃあボク行くから」
そう言って森守は再びプールの中へ戻っていった。
「さて、それじゃあ俺も」
森守に言われて気になった俺は神崎を探すべく立ち上がるのだった。
「兄さん」
と呼ばれて振り返ると、自販機の前で梓が缶ジュースを手に立っていた。
「梓も休憩か?」
「はい、そう言う兄さんはなにをしてたんですか?」
「ん?あぁ、ちょっと神崎を捜してたんだけど、梓は見なかったか?」
「見てないですね…。わたしも気にしてはいるんですけど、一体どこに行っちゃったんでしょうか?」
どうやら梓も神崎の居場所についてはよく分からないようだ。
「まあそれはそれとして、どうだ?楽しいか?」
「とても、向こうでは勉強ばかりでこんな風に友達と遊びに行くなんて殆どありませんでしたから特にそう感じます」
向こうというとアメリカでの話だろう。
そういえば梓が帰ってきて1年が経つというのに梓の向こうでの生活って殆ど聞いたことがなかったな。
「梓は向こうではどんな感じだったんだ?」
「…なんですか急に?」
「いやほら、そういう話って今までしてこなかっただろ?」
梓は半目を向けて俺の真意を探ろうとしているようだが、別に何か裏があるわけでもなくただの興味でしかないため痛くも痒くもない。
しばらくそうしていると、諦めたように嘆息してボソリと一言。
「別に普通ですよ」
「普通?」
「はい、普通に学校に行って授業を受けて、帰って復習と予習して1日が終わる。そんな感じです」
「それは普通とは言わない気がするけどな…。じゃあ休みの日はどうしてたんだ?」
「ホームステイ先の人がどこか連れて行ってくれることもありましたけど、基本的には家で勉強してました。あっ、けど決して兄さんのように友達がいなかったってわけではないんですよ?本当ですよ!?」
その必死さが逆に怪しく見えるけれど、そこは突っ込んでやらないのが優しさである。
しかし、そういう話を聞くとどうしても1つ心配になる。
「璃子は元気にしてるんだろうかね?」
ポロっと零れ落ちた呟きを梓は聞き逃さなかった。
「心配なら連絡くらいしてあげたらどうですか?きっと喜びますよ?」
「いや、それじゃあ本末転倒だろ。元々は俺の妹離れ、璃子の兄離れの為の短期留学なんだから」
「そうかもしれませんけど、別に家族を心配するくらい普通だと思いますけど?」
梓の言うことはもっともだ。
家族が家族を心配するのはなにも不思議なことではない。
でも、もし今璃子の『病気』が落ち着いているのなら、俺から直接連絡を入れることでせっかく治りかけていたものを再発させてしまう事だってあり得る。
それではせっかくの機会が無駄に終わってしまう。
だからやっぱり俺から璃子に連絡することは絶対にできない。
「はぁ、兄さんって普段はいい加減な癖に変なところで頑固ですよね…」
そんな俺の心を読んだかのように梓が溜息を吐く。
「まあ兄さんらしいと言えば兄さんらしいんでしょうけど」
梓は1人で勝手に納得したように苦笑いを浮かべた。
「それじゃあ、あまり遅くなると皆さんを心配させてしまうので戻ります。兄さんはどうしますか?」
「俺はもう少し神崎を捜してみることにする」
「そうですか?それならまた後で、今度は神崎さんも一緒に合流しましょう」
そう言うと梓はカランと缶をゴミ箱に放り込んでどこかへ歩いて行ったのだった。
「あ!高宮さん!」
大越で俺を呼びながら両手を振って花奈がパタパタと駆けて来た。
その様たるや、主人を見つけて犬のようだった。
「走るなよ、危ないだろ?」
「大丈夫ですよ〜、そんなプールサイドで転ぶなんてテンプレをこの私がするわけがないじゃないですか」
「ハイハイ、ソーデスネ」
どこからその自信が降ってくるのか知らないけれど、どうやら花奈の頭には他の客と衝突するという想定がないらしい。
「で、なにかあった_____という風でもなしに、一体どうした?」
「一体どうした?じゃないですよ!どうして高宮さんは私のところには会いに来てくれないんですか?森守先輩や梓ちゃんのところには行った癖に!」
恐らく2人に俺と会ったことを聞いてイジケているのだろう。ブーブーと不満を隠そうともせずにぶつけてくる花奈だが、どうやら彼女はなにか思い違いをしているようだ。
「別に会いに行ったわけじゃない。森守は向こうから話しかけて来ただけだし、梓は偶々バッタリ会っただけだ。意図して会っていたわけじゃない」
「だとしても!そこは平等にわたしにも会いに来てくれてもよかったじゃないですか。わたしだって新聞部________いえ、高宮ハーレムの一員なんですから」
「…待て、なんだそれ?そんな意味不明な団体を作った覚えはないんだけど?」
しかもそれだと俺は実の妹にまで手を出したド畜生
になるわけなんですけど?
まあ確かに客観的に見れば女子ばかりの部活に男が1人なんてそういう風に見られても仕方がないとは俺も思うけど。
「それでわざわざ俺と会うためだけにやって来たと?」
「それももちろんありますけどね」
あるのかよ…。
「ってことは他にもなにか用があるのか?」
「あると言えばあるような?」
「なんでそこで疑問形なんだよ」
ハッキリしないな。
まあ最近の花奈は俺にもよく分からないから考えるだけ無駄っぽいけど。
どうせまた下らないことでも考えているのだろう。
「その…ぶっちゃけ高宮さんって新聞部の中だと誰が1番タイプなんですか?」
「…はぁ?」
花奈にしては珍しく俺から目を逸らして躊躇いがちに質問してくる。
「あ、一応言っておきますと、決して水タイプとかひこうタイプとかそういうタイプではありませんからね?異性としての好みという意味です」
「いや、流石の俺もそのくらいの読解力はあるつもりなんだけど?」
流石に俺もここでポケ◯ンの話と勘違いするほど鈍感でも馬鹿でもない。
一体この後輩は俺をなんだと思っているのだろう?
「それでどうなんですか?」
花奈が逃がさないとばかりに詰め寄ってくる。
なんでそんなに必死になっているのか全く理解が追いつかない。
「どうって聞かれても、別にそんな風に考えたことなんてないからどうとも言えないな」
「いやいや〜、流石にそれはないでしょう?あんなに美少女揃いなんですし、いいなって思う人の1人くらいはいるでしょう?」
「いや全く。そんなこと考えてもみなかったな」
そりゃ俺も男ですからみんな可愛い子だとも思う。
しかし、だからと言ってそこから恋愛感情にまで発展するかと言われればそうでもない。
「うわぁ…本気で言ってるっぽい…。高宮さんってもしかして女の子に興味のない人ですか?それはそれで好物ではあるんですけど」
「お前絶対変な勘違いしてるだろ?」
「いえいえ、滅相も御座いません」
俺の中で花奈の腐っている疑惑が浮上した瞬間だった。
「で、なんで急にそんなこと聞くんだ?」
「うぇっ!?べ、別に他意はありませんよ?ただなんとな〜く気になっただけですから!」
「その態度はどうみても他意がありまくりに見えるんだが?」
思いっきり声上擦ってるし。
むしろこれで信じろと言う方が無理がある。
「あー、えーっと…その…ですね」
言い辛そうにあっちへこっちへと視線を彷徨わせた花奈だったが、なにかを思いついたように微笑みを湛えた。
そしてくるりと回れ右をして、気持ちの良いスタートを切った。
しかしその瞬間、足を滑らせたのかすてーんと華麗なヘッドスライディングを決めた。
「お、おい?大丈夫か?」
流石に心配になり、うつ伏せに突っ伏したままピクリとも動かない花奈の肩を揺らす。
するとビクッと電気が流れたかのように身体を震わせた花奈は、腕立て伏せをするようにムクリと立ち上がるとこちらを振り返りじわりと涙を滲ませると______
「わぁ〜ん!高宮さんのエッチィィィィィィ!」
そんな誤解を招く叫びを残して再び走り去っていった。
変な誤解を受ける前にその場から逃げ出した俺は、人目を逃れていつの間にか子供向けエリアへとやって来てしまった。
「ってこんなところに居たらもっと目立つだろ…」
周囲にいるのは幼稚園児から小学校低学年くらいの子供とその親たちばかり。
客観的に見て今の相当俺は浮いているだろう。
「…戻るか」
そう結論づけて引き返そうとした時、視界の端に奇妙なモノを見つけて慌てて振り返る。
そこにはやはり俺同様明らかに浮いた存在がいた。
「マジか…」
髪型が見知ったそれと違うせいで一瞬それが誰なのか分からなかったが、あのパーカーには見覚えがあった。
神崎だ。
神崎が子供プールに腰より下だけを水に浸からせて膝を抱えている。
そりゃあ捜しても見つからないわけだ。
そもそも捜していたエリアから違っていたのだから。
しかしこれでようやく目的の人物を見つけることができたわけなんだが、ここで重大な問題が発生する。
関わりたくねぇ…。
それが今の俺の胸を占める思いだった。
明らかな異物である神崎を子供たちは避けるようにして遊んでいるために、神崎の周囲だけがドーナツ現象を起こしている。
そこに飛び込んでいくような度胸は俺には_____ない。
ここは見なかったことにして立ち去るのがベストだろう。
俺はひとつ頷き、回れ右をしようとした時だった。
俺の視線が気になったのかこちらを振り返った神崎とパチリと目が合ってしまった。
「…」
「…」
「…」
「…」
2人見つめ合うこと数秒。
「ち、違うんです!先輩!せんぱぁぁい!!」
物凄い勢いで悲鳴のような叫び声と共に神崎が這ってきた。
その様は濡れたロングの黒髪と相まって某ホラー映画を彷彿とさせた。
「私泳げないんです」
ベンチへ移動して肩を並べる俺たち。
落ち着いたところで神崎がそんなポツリと漏らした。
「だからって子供プールでぼっちするなよ」
「うぅ…だ、だって360度どこを見てもリア充しかいないんですもん…」
「それは…まあ分からなくもないけど」
あのリア充しかいない空間に1人でいるのは一種の拷問でしかない。
だが、別に神崎は1人でここに来たわけではない。
「だったら素直に泳げないことを話してあの3人に混ざればよかったんじゃないか?」
「あーあー、正論は聞きたくないです」
耳を塞いでぶんぶんと首を振り、聞こえないアピールをする神崎。
神崎にしては珍しく子供っぽい行動だ。
まさか花奈の行動が移ってるんじゃないか?
「まだ苦手なのか?」
「うぅ…はぃ」
消え入りそうな声ではあったが辛うじて返事が返ってきた。
「そういう内気な自分を変えたくて部活を始めたんだろ?そうやって逃げてるだけじゃなにも変わらないぞ?」
「それは…私だってこのままじゃダメなのことは分かってますよ。でも実際に行動に移そうとすると頭が真っ白になって、ずっと考えていたはずなのにどうやって話しかけたらいいのかも分からなくなって、結局そのままなにも言えなくなっちゃうんです」
薄らと涙を浮かべる神崎。
相当に悔しいのかグッと握られた拳がプルプルと震えていた。
「せっかく知り合いのいない高校に入ったのに、これじゃあ中学までの私となにも変わらない…」
いよいよもって神崎の頬を雫が伝う。
特に悪くもないはずなのに不思議な罪悪感が俺の胸に広がった。
妹が2人もいるせいか、歳下の女の子に泣かれるのには弱いのだ。
「あー、なんだ…俺は神崎のこと結構好きだぞ」
「ほぇっ!?」
何故か素っ頓狂な声を上げて驚く神崎。
しかしそのおかげで涙は止まったようだし、俺は構わず続ける。
「他の3人だってそうだ。みんな神崎のことが好だから一緒にいるんだ」
「あ…そういう意味…」
神崎が何故か残念そうに呟くが、こっちも柄にも無いことを言っているんだ。正直気にしてやる余裕もない。
「だからさ、あとは神崎がほんの少し勇気を出せばすぐに友達くらいできるようになる。なんの気休めにもならないかもしれないけど俺が保証する」
かなり恥ずかしいことを言ったが、全部俺の本心だった。
「…なにが『俺が保証する(キリッ)』ですか。友達のいない先輩に一体なんの保証ができるんですか?それに女の子に気安く『好き』なんて言うのもどうかと思います」
「ぐふっ」
至極ごもっともな意見に涙が出そうになる。
慣れないのに頑張って励ました結果がこのザマだ。
「でも先輩に好きだって言ってもらえて少しだけ自信が着きました」
「あぁ…それなら俺も恥のかき甲斐があったよ…」
少なくとも俺の黒歴史がまたひとつ追加されたのはたしかである。
だが、幸いなことに今のやりとりを知っているのは当事者の俺と神崎だけしかいない。
つまり神崎さえ誰にも話さなければ他に露呈することはない。
「頼むから今のことは他の誰にも言わないでくれよ?花奈と梓には特に」
もしあの2人に知られればその後しばらくはこのネタで揶揄われることになるのは確実だろう。
嬉々として俺を揶揄う2人の姿が目に浮かぶようだ。
「う〜ん…それは先輩の態度次第ですね」
どうやらこの後輩、先輩である俺を強請る気満々のようであるが、それで黙っていて貰えるのなら喜んで強請られようじゃないか。
「なるほど…それでいくら必要だ?」
「…」
具体的な値段を聞いたところ、とても冷ややかな視線を向けられた。
「どうした?」
「…こういうところに人の本質って表れますよね」
「どういうこと?」
「いえ、気にしないでください。あと別に口止めにお金を取ろうなんて思ってませんから」
「なん…だと…」
衝撃的な一言を受けてベンチから崩れ落ちる。
「そんなに衝撃受けることですか?っていうか先輩は一体私をなんだと思ってるんですか?」
「そりゃあもちろん可愛い後輩だろ」
「______っ!?こほん…。そ、そうですね。私は先輩の可愛い後輩です」
顔を真っ赤に火照らせながら、何故かわざわざ『可愛い』を強調して肯定の意を示す神崎。
照れるくらいなら言わなきゃいいのに…。
「でも実際、金じゃないのなら俺はどうやって神崎に態度を示せばいいんだ?まさか臓器を_____」
「いや違いますから、どうして先輩はすぐにそう言うボケに突っ走るんですか?」
先程までの火照りが嘘のように引いていき、半目をした神崎から冷静かつキレのあるツッコミが飛んでくる。
まあ、俺はボケたつもりはこれっぽっちもなかったんだけど。
「私も頑張りますから先輩も頑張ってください」
「俺も頑張る?なにを?」
脈絡もクソもない要求に頭を捻っていると、目の前にピンと立てたピースマークが突き出された。
「最低でも2人。先輩にも友達を作ってもらいます」
「…はぁ?ごめんちょっと意味が分からない」
「ですから、私も頑張って梓さんと森守先輩と友達になりますから、先輩も2人は友達を作ってきてください。それでトントンです」
「益々もって意味が分からん。俺まで巻き込んでなんの意味があるって言うんだ?」
神崎の俺を見る目は決して冗談を言っているようには見えない。
つまり本気だ。
本気と書いて『マジ』だ。
「だって先輩が私の背中を押したんですよ?なのに私だけに頑張らせるなんて無責任です。不平等です。だから先輩も連帯責任です」
「お前は小学生か!?」
「小学生で結構です」
このヤロウ開き直りやがった!
「別に断ってもいいんですよ?ただその時は花奈と梓さんだけではなく、森守先輩とあと先生にも話しちゃいますから」
うわっ、卑怯臭え。
これならホントに金の方がよかったよ!
いやもういっそ全部諦めるのも手か…?
…。
ダメだ、ただ思い出しただけでも背中が痒くなる。
これが花奈や梓に知られたら本気で首を括りかねない。
引くも地獄征も地獄。
ならもう道はひとつしかないだろう。
「…分かったよ」
結局俺は渋々、嫌々頷かざるを得なかった。
その時の神崎の満足そうな笑みといったらなんとも憎々しく、しかし今日までに見たことがないくらいにとびきり可愛らしいものだった。
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