第33話

梓との怒濤の勉強会、そして1週間の試験期間を終えた我が桜塚学園は、いよいよ夏休みムード一色となっていた。


「高宮さんは夏休みはなにをするんですか?」


「なにもしない。寝て起きて飯食って寝てそれからまた起きて…を繰り返しだな」


今年は生徒会の手伝いもなく、強引にでも俺を連れ出そうとする義妹も友人もいない。

つまり今年の俺の夏休みは全くなにも予定が入っていないのである。


「そう言う花奈は_____予定いっぱいって感じだろうな」


「はい、クラスの女の子と遊ぶ予定でビッシリです。いやぁ人気者は辛いですねぇ」


どうにも感に触る言い方だが、神崎が言うには花奈がこれで人望があるのは確からしい。


まあ考えてもみれば明るく社交的な花奈が、俺や神崎みたいにボッチをやっているのなんて考えられないからな。


「あ、そうだ!せっかくですし高宮さんも___」


「お構いなく」


嫌な予感がして花奈が言い終わる前に断った。

どうしてせっかくの休みに暑い中女子ばかりの集まりに参加しなければいけないのか。


「え〜、高宮さんならきっとみんな歓迎してくれると思うんですけど」


「なわけないだろ。俺なんかが突然参加なんてした時には、ドン引きどころかその場で解散になる自信があるね」


「…相変わらずの自己評価の低さですね」


白い目が俺に向けられるが気にしない。

梓の地獄の勉強会を生き抜いた俺の今のメンタルはその程度ではこれっぽっちも揺るがないのだ。


「じゃあどこかで新聞部で集まるのはどうですか?」


「新聞部で?生徒も碌にいない校舎で取材でもするつもりか?」


「なんでそうなるんですか!?普通に親睦を深めるために一緒に遊びにいいきましょうって話です」


「…なるほど?」


花奈の言いたことは理解できたが、なぜ今更親睦を深める必要があるのか、なぜ一緒に遊べば親睦が深まるのか俺には全くこれっぽっちも理解ができなかった。


だって、ボッチにとって多人数で遊ぶことなんて苦痛以外の何物でもないのだから。

きっと神崎辺りなら理解してくれるだろう。


「ね?どうですか?どうですか?海行きましょうよ〜、山行きましょうよ〜、川行きましょうよ〜」


擦り寄って来る後輩に俺は出来うる限り万面の笑みで応えてやった。


「うん、絶対ヤダ」


「なにゆえ!?」


「言っただろ?今年の夏休みは誰にも邪魔されず家で一日中ダラけるんだって」


「それ本気で言ってたんですか!?不健康!それはあまりにも不健康すぎますよ高宮さん!」


「不健康上等だ!なんなら朝昼晩と飯はポテチとアイスとコーラだこのヤロウ!」


「な…なんて羨ま____コホン、怪しからん生活…。夏休み明けの体重がとんでもないことになってそうですね」


「いや、俺食べても太らない体質だから」


「あ"ん?」


怖っ!?

花奈さん怖っ!?

どうやら俺は花奈にとっての地雷ワードを盛大に踏み抜いてしまったらしく、親の仇を前にしたかのような視線をぶつけられた。


「いいですか、高宮さん。食べても太らないなんて都市伝説なんです。『食べれば太る』、これは世界の常識なんですよ。分かりましたか?分かりましたよね?分からないとは言わせませんよ?」


そう言って笑みを貼り付ける花奈だったが、その目には混沌が渦巻き、これっぽっちも笑ってなどいなかった。


「そういえば花奈、夏休みは家の手伝いはいいのか?」


「…相変わらず高宮さんは話の逸らし方が下手ですね。えぇ、もちろん手伝いますよ」


花奈はそう言うと、なにかを思いついたように手を打った。


「そうだ、高宮さんもまたウチでバイトしませんか?」


「バイトか…」


なるほど、たしかに去年のバイト代は既にそこを尽きており、今はた単純に親からの仕送りをやり繰りして小遣いを捻り出している状態だ。

それを思えば夏休みの間にバイトで稼いでおくのもひとつの手かもしれない。


「そうだな、考えておくよ」


「ホントですか!?約束ですよ?」


まだ「やる」とも言っていないのに大袈裟にはしゃぎ回る花奈。

そんなに人手不足なのだろうか?


まあともかくどこかに遊びに行くという話題は忘れてくれたようだし当初の思惑通り話を逸らすことには成功したようだ。


「それでどこに行きましょうか?」


にぱぁと無邪気で無垢なスマイルを向けて来る花奈だったが、俺の表情からは一瞬で感情が抜け落ちていった。


「…もう好きにしてくれ」


敗北感に打ち拉がれた俺はそれ以上抵抗する気も起きず反抗を諦めたのだった。





花奈を家に送り、花葉風弁当で今晩の晩飯を購入した帰り道。

俺は前方に見知った顔を見かけて進路を180度回転させようとしたが、意を決して歩み寄った。


「あら?奇遇ね」


真代はこちらに感情を伺わせない貼り付けたような笑みを向ける。


「こんな時間まで生徒会の仕事か?ご苦労なことで」


「えぇ、本当に苦労しているわ」


俺の皮肉に真代は貼り付けた笑みを歪ませて忌々しげに呟く。

これは相当ストレスが溜まっていると見た。


「だいたいどうして体育祭をやってから1ヶ月もしない内に文化祭をやるのかしら?スケジュール的に厳しいってどうしてウチの教員たちは分からないの?「口を開けば伝統だから」だの「代々の生徒会はできていた」だのと口を揃えて…本当に馬鹿じゃないのかしら?」


威嚇するネコのように髪を逆立てながら地面を蹴り付ける真代。

真代がこんなに感情的になるなんて珍しい。

それもこれも全部歌戀さんが悪いのだ。


「気持ちはよく分かるよ。去年の生徒会の人たちも同じようなこと言ってたし、俺もそう思うからな」


「…そういえば高宮くんは去年は生徒会を手伝っていたのよね」


「手伝ったって言うのもおこがましいくらいの仕事しかしてなかったけどな」


やったことと言えば書類整理などの雑務やお茶汲み、あとは歌戀さんの対応くらいのものだったが、思えば最後のは完全に生徒会の仕事とは違うんじゃないだろうか?


「だったらまた手伝いに来て頂戴」


「だったらってなんだよ?脈絡おかしいぞ?それにそんなの真代ひとりで決めていいのか?」


「私だけじゃないわよ?他の先輩方も高宮くんに来て欲しいって言ってるわ。随分と信頼されているのね」


それは多分信頼とかではなく、単に『猫の手』程度の期待しかされていないんだと思うけれど…。


「まあどっちにしろ無理だな。今年は新聞部の活動もあるし」


「そういえばあのお遊び部活、同好会から部活に昇格したらしいわね」


「お遊び部活って…あれでもアイツらなりに真剣にやってるんだぞ?」


「そうね、彼女たちは真剣にやっているのでしょうね。でも___」


真代はそこで言葉を区切る。

そして俺を睨みつけて続けた。


そうじゃない」


「…どういうことだ?」


たしかに俺は真剣ではない。

なにせ俺はあくまで新聞部に部室と名前を提供しているだけで、新聞部の活動自体には興味がないからだ。


けれど他のメンバーは違う。

みんながそれぞれ真剣に活動していることは毎日の活動を見ていれば分かる。

それなのに真代は『あなた達』と俺以外の誰かを含めたのだ。

俺のことはどう言われてもなんとも思わないが、あの4人を悪く言われるのは、たとえそれが真白であっても我慢ならなかった。


「どういうこともなにも、そのままに意味よ。だってあなたはいつまで経っても正体を明かそうとはせず、むしろ彼女達が真実に近付こうとするのを妨害する気満々じゃない。違う?」


「違わないな。俺はできればこのままあいつらが真実に気付かないまま終わればいいと思ってるからな。でも他の奴は違うだろ?」


「いいえ、少なくとももうひとり。あの神崎って子はどうかしらね?」


真代口から神崎の名前が飛び出して思わず言葉に詰まる。


「あの子一応は部長なんだそうじゃない?それなのに取材のアポイントを取るのも、取材の進行も人任せ。とてもやる気があるようには見えないのだけど?」


「それは…あいつは人見知りなんだよ。それで…」


「だったら部長なんて辞めてしまえばいいじゃない。あの葉風さんの方がよっぽど向いていると思うのだけど?」


真代のド正論に俺はなにも言い返せなかった。

しかしどうして真代はこうも神崎に対して辛辣なのだろうか?

そんな俺の考えを読んだかのように真代は釣り上げていた目尻を緩めて言う。


「私、あの子嫌いなのよ」


「…え?」


思わず聞き返していた。

あの、なかなか他人に興味を示さない真代がハッキリと『嫌い』と口にしたから。

そして俺が知り得る限り真代が『嫌い』だと断じた人物は2人しかいなかったから。


「正直見ていてイライラするわ」


吐き捨てるように真代は言うと、まるでこの話はここまでだと言わんばかりにコロリと表情を一転させた。


「それでどうかしら?生徒会を手伝ってくれる気はない?」


「悪いけど何度誘われても手伝う気はない」


「…あっそ」


素っ気なく返した真代はそれ以上は食い下がってこなかった。

このままどれだけ問答を繰り返しても俺の気が変わることはないと分かっているのだろう。


「で、その後あの2人とはどうなの?話くらいはしたのでしょうね?」


俺たちの間であの2人と言えばそれは当然辻野と椎葉のことだ。

しかし俺はあの夏以来あの2人とは距離を置いたままだった。


「その顔は話どころか顔すら合わせていないって顔ね」


「…悪いかよ」


「悪いとは言っていないのだけど?ただ、いつまで逃げ続けるのかと呆れているだけよ」


「別に逃げてるわけじゃない。俺はもうあの2人とは縁を切ったんだ」


「一方的に無視することを『縁を切る』だなんて言わないわよ?それに『縁』なんてそんなに簡単に切れるものじゃないことは私たちがよく知ってるんじゃない?」


そう自嘲して言う真代。

たしかに俺たちは『縁を切る』という行為の難しさをよく知っている。

俺と真代が今こうして2人きりで話していることがその証拠だ。


「それじゃあ私は行くわ。補導なんてされたくないし」


言うだけ言って気が済んだのか、そう言って踵を返す真代。


「送ってくか?」


「不要よ。あなたと2人でいるところを誰かに見られたくないもの」


「そうですか」


「えぇ」


真代は髪を翻すと俺が来た道を辿って帰って行く。

その背中が見えなくってから俺も真代が来た道を辿るのだった。

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