第32話
「と、いうわけで向かって右から、部長の神崎真白、部員2号葉風花奈、部員3号森守暦、部員4号高宮梓です」
数十分後、全員の集合したところで俺は白崎先生に新聞部のメンバーを紹介した。
「へぇ〜、神崎さんが部長なんだ。こんな事教師が言っちゃいけないんだろうけど、ちょっと意外かも」
そこは多分神崎真白という人物を知る人なら
みんなが抱く感想だろう。
しかし、白崎先生は当然のように神崎の事を知っていたな。
俺を覚えていたことといい、もしかしてこの学校に在籍している生徒のほとんどを知っているんじゃないだろうか?
…いや、まさかな。
「で、こっちが新聞部の顧問をやってくれる白崎空乃先生だ。ってみんな知ってるよな」
白崎先生は国語教諭で、1年生から3年生まで受け持っている。
その上自分たちと歳も近くて親しみやすいため生徒からの人気も高くむしろこの学校において知らない生徒は居ないほどだ。
「那由くんの言ってた心当たりって空乃先生のことだったんだね」
「じー」
森守は素直に感心してくれたのだが、梓の探るようなジト目が痛かった。
まさか完全に出任せだったのバレてる…?
いや…まさかな。
いくら梓が天才だといっても真代みたいに俺の考えを適格に読むなんで出来るはずがないからな。
「そ、それで取材の方はどうだったんだ?なにか収穫でもあったか?」
多少強引だったかもしれないが無理矢理話を逸らす。
梓からあんな視線を受け続けるのは精神衛生に悪すぎた。
「う〜ん…あったと言えばあったのかな?」
「まあ昨日よりは一歩前進したのは確かですね」
森守と花奈の煮えきらない反応。
一体どんな情報を手に入れたのだろうか?
さらに詳しく問い質そうとした時、横から口を挟んだのは白崎先生だった。
「えっと…ごめんね。文化祭で出す新聞の取材とは聞いてるんだけど、そもそもなにを取材してるのかな?」
「あぁ、それは______」
適当に事の顛末について先生に話そうとしたその時、俺はとんでもないことに気が付いて口を噤む。
これはもしかして物凄い失敗をしてしまったんじゃないだろうか?
俺の背中に冷や汗が伝う。
そう、先生はクラスの中でも影の薄かった俺をしっかり覚えていたのだ。
それはつまり、他のクラスメイトたちと違って高宮那由他という人間があの時1年C組に在籍し、他の男子同様に女装し、なんならその女装姿で一瞬だけクラス内で注目されたことも覚えている可能性が高いということだ。
さらに先生は俺が辻野や椎葉、真代と一緒の同好会をやっていたことも知っている。
ということは、先生が真代のヒントで答えに辿り着くのは時間の問題だ。
「那由くん?どうかした?」
突然口を噤んだ俺を不審そうに眺める一同。
だが、俺はなにも言えないでいた。
言ってしまえば先生が気付いてしまうかもしれないから、言いたくない。
しかしこのまま黙っていたとしても花奈あたりが自信満々に先生に説明してしまうのは目に見えている。
『詰み』という言葉が俺の頭を過ぎる。
というか完全に詰み以外のなにものでもない。
あとは先生が気付かない事を祈る他なかった。
「…花奈、任せた」
「了解であります!って…どうしてそんな刑の執行を待つ死刑囚みたいな顔をしてるんです?」
「気にするな」
俺が虚を眺めている間に花奈が梓にしたのと同じような説明を白崎先生に始める。
説明自体は十分も掛かるものではなく、ものの2、3分で終わったのだが、俺にはそのたった2、3分が何時間にも感じられた。
そして説明が終わると、先生はボソリと呟いた。
「それってもしかして…」
そう言う先生は気不味そうに俺を見ていた。
その反応からやっぱり先生は謎の美少女Xの正体が俺である事に気が付いたのだろう。
「もしかしてなんですか!?まさか空っちも謎の美少女Xの正体に心当たりが!?」
花奈が前のめりになりながら白崎先生に詰め寄る花奈。
しかし先生に向かって『空っち』って…。
白崎先生はそんなことで腹を立てる人物ではないんだろうけど、その友達感覚な距離感は人によってはとても不快に思うだろう。
いつか痛い目を見なければいいのだけれど…。
「心当たりというか…だって…」
チラチラとこちらの様子を伺う白崎先生。
言うべきか言わざるべきか迷っているようにも見えるその姿に、全員が息を飲む。
流石に俺もいよいよもって観念したのだが_____。
「ごめんね、やっぱり知らないかな」
そんな先生のケロっとした様子に肩を落とす面々。
「そりゃ無いよ空っち。今メチャクチャ期待したのに」
「ごめんごめん」
文句タラタラな花奈に拝むように謝りながら、横目に俺を捉えた先生は一瞬だけニコッと笑うと、再び花奈を構い始める。
その時の俺にはそんな白崎先生が聖母の如く思えた。
こうして先生の咄嗟の機転によって俺の尊厳は守られた。
…守られたはずだ。
「じー」
しかし梓は今の俺と先生のアイコンタクトになにかを感じ取ったのか、再び俺に疑るような視線を向けて来る。
梓がなにを考えているのかは俺に知る由もないが、一応念のため警戒だけはしておこう。
「話は戻すけど、結局取材はどうだったんだ?」
流れに流れ続けた本題にやっと立ち返る。
先生が「君がそれを言う?」という視線を向けて来るが気付いてない振りを続けた。
「それがですね、Aさんの話では元1年C組の人なのは確かだったんですけど、それが誰でどんな顔をしていたのかまではよく覚えていないそうなんです」
俺の質問に代表して花奈が報告する。
部長である神崎は一体なにをやっているんだと見てみると、以前生徒会で使っていたと思われるホワイトボードに花奈の報告の要点をまとめていた。
普通は立場は逆だと思うのだが、どうやらこれだけ多勢の前で話をするのは恥ずかしいらしい。
だからって逃げてばかりでは『新聞部』を立ち上げた意味も無い訳なのだが、今はそれを突っ込む時ではないか。
俺は神崎から視線を切ると報告を続ける花奈へ意識を戻した。
「ただ、どうやら謎の美少女Xがその時の出し物である『女装メイド喫茶』のために女装した男子生徒であるはたしかのようですね。その一点だけは自信があると言っていました」
くそっ、忘れてるのならいっそ全部忘れていればいいものを中途半端に覚えてるんじゃねぇよ!
心の中で顔も覚えていないクラスメイトに突っ込みながら、頭を掻き毟りたくなるのを堪えて俺はあくまでポーカーフェイスを貫いた。
「でもそのくらいの情報なら兄さんが知っていてもおかしくはなかったんじゃないですか?兄さんだって元1年C組なんですから」
梓の妙に刺のある物言いに全員が俺を見る。
どうにもさっきから梓の俺を見る目が、まるで刑事ドラマで絶対に犯人と思われる人物を見るお茶の間の奥さんのような目をしているのが気になる。
それと先生はそんな浮気がバレそうな主婦みたいにハラハラとした表情で俺を見ないでくれ。
いろいろ勘繰られるだろうが!
しかしここで下手のことを言ってボロを出すくらいならばいっそ、沈黙をもってグレーを選んだ方がマシだ。
「…ノーコメント」
「そういえば高宮さんって隠し事する時絶対そう言いますよね」
「そうなんだ?那由くん知ってたんだ?ふーん」
3人から受ける視線が冷たい。
身体中に保冷剤を当てられているかのようだ。
それなのに不思議と毛穴という毛穴から汗が吹き出してくる。
あれ?もしかして少し遅いインフルエンザにでも掛かったのだろうか?
そんな現実逃避も虚しく、針の筵な現実はなにも変わらず、逃げ場のなくなった俺は目を閉じて机に顔を伏せ夢の世界へ逃げることにした。
おやすみなさい。
「…」
「高宮さん?」
葉風さんが突っ伏して動かなくなった兄さんに声をかける。
しかし兄さんからは返事がない。
微かに寝息が聞こえるのを鑑みるに、あまりの劣勢に夢の世界へ逃げたようだった。
「諦めましょう、殻に閉じこもった兄さんはなにをしても起きませんし、起こすのも無駄ですから。そんなことより話し合いを続けませんか?」
兄さんの反応を見るに、なにかを知っていて敢えて黙っているのは明白だ。
それでも黙っているということは、きっと黙っている内容は兄さんにとって都合が悪いことなのだろう。
そうだとすると問いただしても兄さんのことだから絶対に口を割るとは思えない。
昔の素直で正直な兄さんは一体どこへ行ってしまったのか、少し見ない間に兄さんは嘘吐きになってしまっていた。
「そうだね…って言ってもあの場にいなかったのは高宮さんと先生だけですからこれ以上誰に報告するんだってなりましけど」
「そこは情報の擦り合わせっていう体でいいんじゃないかな?」
「なるほど…てっきり高宮さんの腰巾着かなにかだと思っていましたが、なかなか頭が回るようですね、森守さん」
「えっ!?ボクってみんなからそういう認識だったの!?」
わたしたちに今にも泣きそうな目を向けて来る森守先輩に、わたしたちは全力で首を振った。
「あの…すみません。つまらない冗談言ってすみません」
流石に葉風さんも良心が痛んだのか殊勝な態度で森守先輩に謝った。
そしてわたしは頭のメモ帳に、『森守先輩は冗談の通じない人』と書き込んだ。
「えっと、Aさんは写メを撮っていたそうなんですが、残念ながら機種変時にデータが消えてしまったそうで入手することはできませんでした。しかしその時にクラスにいた人たちのほとんどが写メを撮っていたらしく、Aさん以外の他の元1年C組の方が持っている可能性は濃厚と見られます」
そう言って葉風さんが締めくくる。
もしかしたら兄さんのスマホにも…なんて少しだけ思ったが、兄さんの『クールな俺カッケー』的なノリの悪さ思い出して、その思考を捨て去った。
「白崎先生も元1年C組なんですよね?先生は持っていないんですか?」
「…ないよ?」
「「「「…」」」」
「嘘じゃないってばっ!ほら先生は職務中だし、携帯電話は普段職員室に置きっぱだし」
そう必死に弁明する白崎先生だが、ならばさっきの『間』は一体なんだったのか?
「あれですね、この部には裏切り者が2人いるのが確定しましたね」
葉風さんの言葉にわたしたち4人は揃って頷いた。
先生の表情を窺うと、上手く誤魔化せたとばかりにホッとしていた。
「それじゃあ明日からはどうしましょう?高宮さんも空っちも使えないとなると、新しく元1年C組の方を捜しますか」
辛辣な葉風さんの言葉になにか刺さるところがあったのか、白崎先生が胸を押さえて机に倒れ込んだ。
「それもいいけど、ボクは例の『青春倶楽部』についても調べておきたいな」
「名前からしてなんらかの集まりであることは分かるんですけど、そういう名前の部活ってありましたっけ?」
わたしは、昨日黙々と去年の資料を読み漁っていた神崎さんに話を振る。
しかし神崎さんは小さく首を振るだけで、言葉での返事はなにもなかった。
「そもそも本当にそんなグループが存在したのかって話ですよね?だって活動内容とかなんにも見えてこないですし」
たしかに実在は疑わしいけれど、少なくとも謎の美少女Xが1年C組にいたという情報は正しかったのだから、信用はしてもいいはず。
「それじゃあ明日からは2手に分かれましょうか。わたしは森守先輩と青春倶楽部について調べます。葉風さんと神崎さんは引き続き元1年C組の先輩たちに当たってもらってもいいですか?」
「もちろん、ましろんもそれでいい?」
葉風さん言葉にコクンと頷く神崎さん。
一応は承諾してくれた様子だ。
「それじゃあ明日から本格的に新聞部始動ということで」
右手を掌を下にして前に差し出す葉風さん。
わたしたちは葉風さんの意図を察して、お互いに顔を見合わせてその手の上に自分の手を重ねていく。
「新聞部、ファイッオー!」
「「オー!」」
「お、おー」
こうしてわたしたち新聞部はついに本格始動したのだった。
「あの…先生は一体なにをしたら…?」
「部の申請をやっといてください」
「…はい」
そして1人仲間外れにされた先生の目にはキラリと涙が光っていた。
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