第31話
意気揚々と出かけて行った新聞部(仮)の面々だったが、今やあの時の元気は失われ、まるで通夜のような雰囲気となってしまった。
というのも全ては突如の計画変更により行われた顧問探しの結果があまりにも芳しくなかったためである。
20打数20三振、それが俺たちの顧問探しの結果だった。
「顧問の先生っていて当たり前だと思ってましたけど、こうしていざ自分で探してみると意外と捕まらないものなんですね…」
心なしかこの1時間でだいぶ
そのやる気の落差は先ほどの比ではない。
それは他の面々も同じな様で、どこか表情が暗かった。
「部活の顧問なんて引き受けたら帰るのも遅くなるし、休日も潰れるって聞くからな。やってくれる人なんて相当な物好きだ」
「って言いながら実は先輩誰か心当たりがあったりするんじゃないですか?部室の時もそうでしたし」
神崎の余計な言葉で4人の視線が俺に集中する。
そんな期待に満ちた目をされても心当たりなんてあるはずもない。
しかしこんな目を向けられては首を横に振るのすら躊躇われる。
これはもはや『期待』という名の『脅迫』に相違なかった。
そして俺はそんな『脅迫』に屈してしまった。
「ま、まぁな。引き受けてくれそうな人なら1人知ってるな」
結果俺はそんなことを口走ってしまった。
もう一度言うが、もちろん心当たりなどあるはずがない。
梓だけが訝しむような視線を俺へ向けてくるが、それ以外の面々は皆「お〜」と感嘆の声を漏らして俺に尊敬の眼差しを向ける。
すごく後ろめたい気分になった。
「ということなら善は急げ、これからみんなでその先生のところへ行きましょうか」
「待て」
今にも駆け出そうとする花奈の腕を掴む。
「明日俺1人で行ってくるから今日はこれで解散にしよう。な?なっ?」
「高宮さん顔、顔近いです!っていうか顔怖いです!分かりましたから離れてください!」
花奈の言う通り、いつの間にか鼻先がくっ付くのではと思われる距離にまで近づいていたらしく、花奈が顔を赤く染めながら俺の身体と突き返してきた。
なぜか梓含め他3人からの視線が痛いが、おかげで嘘がすぐにバレるという事態だけは避けられた。
そしてそのまま今日の部活は解散となり、俺は1人になるや、とある人物を呼び出した。
多分まだ学校にいるだろうと当たりを付けていたが、案の定まだ校内に残っていたようで助かった。
「わざわざ私を呼び出して下らない内容だったら殴るわよ」
旧生徒会室に呼び出された真代は開口1番にそう言うと足を組みながら俺を睨んだ。
真代が『殴る』と言うのなら十中八九本当に殴ってくるから恐ろしい。
しかしなんでこんなに不機嫌なのだろう?
その理由は気になるが、聞けば聞いたで機嫌が更に悪くなるのは目に見えているので敢えて藪を突くような真似はしない。
障らぬ神に祟りなしと。
「実は明日までに顧問を持っていない先生を1人紹介して欲しいんだ。ほら生徒会の真白なら知ってるだろ?」
特に真代は生徒会の会計だ。
部の予算なんかも管理しているであろう真代なら、誰がどこの顧問なのかも調べられるはずだし、そこから誰が顧問を持っていないのかも分かるはずだ。
「あなたにしては随分と入れ込んでいるのね。あの子たちに」
「入れ込んでるってわけじゃない」
「そうかしら?少なくとも去年までのあなたならひとつのグループに所属するなんてしなかったはずだけど?」
「…別に俺は名前を貸しているだけだよ」
「名前を貸しているだけ…ね?」
まるで俺の心奥を覗き込もうとしているかのようにスッと真白は目を細め、俺の目の奥を覗き込んでくる。
逸らしたいのに逸らせない。
金縛りにでも遭っているかのように俺は身動きが取れなくなった。
「まあいいわ。今日のところはこれ以上虐めないであげる」
パッと視線が外れると、ようやく謎の圧から解放される。
いよいよ真代の眼力は魔眼めいてきた気がする。
「それで誰が手の空いている先生を紹介して欲しいってことだったわね」
「やっぱりダメか?」
流石に生徒会がひとつの同好会に肩入れし過ぎるのは良くないのかもしれない。
だとしたら諦めて自分の足で探し回るしかない。
そんなことを思った時だった。
「別にいいわよ」
悩む素振りさえ見せることなくケロっとした表情で真代が言う。
「…いいのか?」
なにを企んでいるのか、探るように聞いてみる。
経験上あの真代がこんなのあっさりと俺の頼みを聞くとは考えづらい。
その真意を知らずに舞い上がるのは危険なのである。
「えぇ、本当は特定の同好会に肩入れするのはよろしくないのだけど、貸しひとつということで今回だけ特別よ」
真代に貸しを作る…?
この天使の皮を被った悪魔に?
真代は貸したものはどのような手段を用いてでも取り立てる女だ。
そんな奴に貸しなんて作った日にはあとでどんな目に遭わされるか分かったものではない。
やっぱり真代に頼るのはやめた方がいいのではないだろうか?
かと言ってせっかくのこの好機をみすみす逃すのも惜しい。
なにより明日真実がバレて梓に白い眼を向けられるのだけは絶対に避けたかった。
結局俺は20秒ほど悩んでから、悪魔の言葉に頷いた。
「契約成立」
真代は口元を三日月状に歪めてニッコリと嗤う。
そんな真代を見て、やっぱり早まったかもしれないと思うのだった。
そして翌日の昼休み、俺は神崎と花奈を連れて真代から教えてもらった人物の元へやって来た。
梓と森守の2人は例の女子生徒にアポイントを取りに行ってしまったので不在だ。
「えぇっと…高宮くん?先生になにか用かな?」
そう言って困り顔を向ける、どう見ても中学生にしか見えないこの幸の薄そうな女性は、現1年A組の担任にして去年まで俺たち1年C組の担任でもあった人物だ。
名前は
去年は必要な時以外には全く話したこともなかったが、俺にしては珍しく半年も経ったのに覚えられていたようだ。
「あの…顧問の先生が必要で…それであの…」
代表して部長である神崎に説明させようとしたが、どうにもモゴモゴとなにを言っているのか分からない。
仕方ない、ここは偶には先輩らしく後輩のフォローでも…。
と口を開こうとした時のこと。
「実はですね、我々は新しい部活を立ち上げようとしてるんですけど、そのためには顧問の先生が必要なんだそうです。そこでその顧問を是非是非白崎先生にお願いしたく思いまして本日参上仕りました」
営業スマイル全開の花奈が横から割って入ってきた。
目が合うと花奈は任せろと言わんばかりにウィンクを飛ばしてくる。
たしかにここはコミュニケーション能力に長ける花奈に任せた方が説得の成功率は高い。
教師相手でも相変わらずの巫山戯ているような言動ではあるが、俺は花奈を信じて大人しく喉元まで出かかった言葉を呑み込んだ。
誤解の無いように行っておくと、あくまで信じて任せたのであって決して面倒臭くて丸投げしたわけではない。
白崎先生は救けを求めるように俺に捨てられた仔犬のような視線を向けてくるが、サッと視線を逸らす。
残念ながらここに先生の味方は誰1人としていないのだ。
「あのね、先生今ちょっと忙しいから話ならあとで______」
「お願いします!頼れるのは空乃先生だけなんです!もしも先生に断られてしまったら私…私は…」
悔しがるように下唇を噛みながらその目に涙を浮かべる花奈。
その演技たるやどう見ても素人には見えない。
花奈の意外な才能を垣間見た瞬間だった。
「わかった、わかったから!先生が引き受けてあげるから泣かないで!」
突然花奈が泣き出した(嘘)ことでテンパったのか、白崎先生はオロオロとそんな軽率なことを口走った。
この人いつか悪い人間に騙されたりしないだろうか?
少しだけ白崎先生の将来が心配になった俺だった。
「本当ですか!?たしかに聞きましたよ?なんなら録音もしてありますからね?」
「え…」
花奈は白崎先生の手を両手で握り締めてブンブンと上下に振る。
先程までの涙が嘘のようだった。
…いや、嘘なんだけどね?
葉風花奈…恐ろしい子!
対して白崎先生はようやく自分が騙されたことに気がついて、しかし今更撤回もできず静かに泣いていた。
白崎空乃…なんて不憫な子…。
って騙す片棒を担いだ俺が言うのもおかしな話だけど。
こうして半ば脅迫にも近い方法で俺たち新聞部(仮)は顧問(仮)を見つけることができたのだった。
そして時間は過ぎて放課後となった。
神崎、花奈、森守、梓の4人は昼にアポイントを取った俺の元クラスメイトへ取材へ行き、俺は白崎先生と2人で旧生徒会室で留守番をしていた。
「まさか君が部活に入ってるなんて思わなかったよ」
歌戀さんといい真代といい先生といい、俺が部活に入るのはそれほど意外な事なのだろうか?
「あ、でも去年は確か同好会やってたんだよね?辻野くんや椎葉さんと一緒に」
「…よく知ってますね」
「そりゃあ担任だったんだもん。そのくらいのことは知ってるよ」
担任だからって全員の所属している部活や同好会を知っている教師なんでそれほど居ないと思うのだが、どうやら俺が思っていた以上に白崎空乃という女性は誇りを持って『教師』をやっていたらしい。
「それでね、ずっと気になってたんだけど聞いても良いかな?」
ここぞとばかりに白崎先生がぐいぐいと質問を重ねてくる。
できればあの時期の話題は避けたい所だったが、白崎先生には無理に顧問を頼んだ手前無碍に扱えなかった。
「どうぞ」
「ありがと」
そう言って母性さえ感じさせる微笑みを俺へ向ける白崎先生。
そして続く言葉を口にする。
「去年の夏頃、辻野くんと椎葉さんとなにかあった?」
「いいえ、なにもありませんよ」
気が付けば強めの語気で反射的に俺はそう返していた。
だがなにも間違ったことは言っていない。
辻野が悪いわけではない。椎葉が悪いわけではない。
悪いのは俺だ
2人といるのが心地良くて、楽しくて、尊かったから、2人を傷付ける前に関係そのものを切り刻んだ。
俺が俺の都合で勝手に2人を拒絶しただけなのだ。
顔に出やすいと定評のある俺のことだ、きっと今も最低な顔をしていることだろう。
しかし白崎先生はそんな俺を見てもそれ以上問い詰めて来ようとはせず、「そっか」と納得した振りをしてくれる。
去年1年間担任してくれていた人物だというのに、俺はこの時初めて白崎空乃という人物がどういう人間なのか知った気がした。
「それで新聞部ってどんな活動をしていくつもりなの?」
「どんなって、名前の通り新聞作って発行するんじゃないですか?」
定石通りに行くのであれば、新聞部の活動なんてそんなものだろう。
まさかアニメやラノベみたいに『新聞部』を自称しながらゲーム大会に出場みたいなこと生徒会が許すはずもないしな。
「高宮くん、君部長さんなのにそんな曖昧でいいの?」
「部長は俺じゃないですから」
「え?それじゃあ他に3年生の子か2年生の子がいるの?」
「2年生はもう1人いますけど、そいつも部長じゃないです」
「?」
目を点にして首を傾げる白崎先生だったが、考えてみればその反応こそが普通なのだ。
まさか3ヶ月前に入って来たばかりに新入生が部長とはだとは誰も思うまい。
「まあそこは後でちゃんと紹介しますよ。今は丁度みんな出払ってますから」
「そういえば高宮くん以外誰も居ないけど、他の子たちはどこに行ったの?」
「文化祭で配る新聞の取材です」
「えっと…それって高宮くんは行かなくてよかったの?」
「コミュニケーションに乏しい俺がいてもただの足手纏いですから」
「そういう悲しい事を胸を張って言っちゃダメ!」
そう言う先生の目には何故か涙が光っていた。
それから俺は4人が帰って来るまで先生と適当に時間を潰したのだった。
32話へつづく
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