第30話
「と、いうわけで妹の梓だ。なんでか知らないけど入部したいらしい」
放課後になり、約束通り梓は旧生徒会室へとやってきたので、俺は梓を他の3人に紹介した。
「はじめまして、高宮梓です」
「うん、よろしくね」
「梓ちゃん久し振り〜」
「…」
梓のあまりにも簡単な自己紹介に3人は三者三様な反応を示す。
森守はほんわかと梓へ微笑みかけ、既に顔見知りの花奈は呑気に梓に手を振っている。
神崎に至っては極力目を合わせないようにか、やはり去年のクラス分けの資料に目を通して頑なにコミュニケーションを拒否していた。
「ボクは森守暦だよ。那由くんとは同じクラスで住んでる場所も隣なんだ」
「え、そうだったんですか?」
素で驚く梓に俺はとある事実を教えておいてやる。
「あぁ、おかげで今朝は例の発言の弁明で大変だったんだからな?」
「あ、あれは兄さんの自業自得です!兄さんがいらないことを思い出すから」
チワワが自分より大きな存在に威嚇するようにキャンキャンと吠える梓。
なるほど、自業自得ときたか。
なるほどなるほど…。
「じゃあ一体俺がなにを思い出したのかこの場でみんなに聞いてもらうか?おん?」
「っ!?」
流石にそれは困るのか梓が息を飲んだ。
そりゃそうだろう、実の兄の部屋でオナニーしていた現場をその兄に目撃されたなんてプライドに賭けて口が裂けても言えないだろう。
もしも今回の件で自業自得という言葉が当て嵌まる人間がいるのだとしたらそれは間違いなく梓自身であり、俺は100%被害者なのである。
しかし形勢が逆転したと思われたその時だった。
「はいっ!というわけで2番手はこの私、葉風花奈が務めさせてもらいます!」
再会してからというもの空気の読めなくなってしまった花奈が出しゃばってきた。
「私は葉風花奈、しがない弁当屋の1人娘でございやす。と、言っても梓ちゃんとは初めましてってわけではないんですけどね!」
はっはっはっと演技臭く笑う花奈を指差して梓がこちらを向く。
「…兄さん、この人ってあの葉風さんですよね?」
「言いたいことは分かる。でも認めるしかない、これが今の葉風花奈なんだ」
梓もまた花奈のキャラ崩壊に混乱していた。
で、最後に神崎の番なんだが、当の本人は資料とこちらへ視線を行ったり来たりさせてチラチラとこちらの様子を伺うばかりでこちらの会話に混ざって来ようとしない。
そうしているうちに自然と視線は神崎に集まっていくわけで、神崎は余計に縮こまっていく。
なんというか俺が言うのもなんだけど、こいつの人見知りには困ったものだ。
「…こっちは神崎真白だ。この同好会___「部です」…部の創設者で現部長だ」
資料で顔を隠したままの神崎が俺の同好会発言に突っ込んできた。
そういえば昨日も真代を相手にそこだけは譲らなかったっけ。
一体なにをそんなの『部』であることに拘るのだろうか?
「で、今日ここに梓を連れて来たのは、神崎に梓の入部の是非を問うためなんだけど、どうだ神崎?」
森守は流れで認める形になってしまったけれど、こうして段取りを整えてやれば人見知りの神崎のことだからきっとNOと言ってくれるはず____。
「そんなの聞くまでもないですよ!当然オッケーに決まってます。ね?」
「お前には聞いてない」
やはり空気を読まずに出しゃばってくる花奈を一蹴して再び神崎へ視線を戻す。
さあ神崎、俺の心の安息のためここはハッキリ却下と言ってやってくれ。
「あの…私はいいと思います。先輩妹さんなら悪い人じゃないと思いますから」
「なっ!?」
蚊の鳴くような声だったが、ハッキリと神崎は梓が入部することを許可した。
そうだった、俺はこの部の設立目的を完全にド忘れしていた。
そもそもこの部を神崎が立ち上げたのには理由がある。
それは今から2ヶ月前、俺と神崎の最初の交流まで遡る。
遡る…のだが、それは今語ることではない。
「ボクももちろん大歓迎だよ。って言ってもボクもつい昨日入ったばかりなんだけどね」
「そうですよね!名誉部長が連れて来た人にケチなんて付けられませんよね!」
「ちょっ、お前らっ」
「皆さん快く承諾してくれたんですから、当然兄さんもいいですよね?」
ニンマリと嫌味ったらしく笑う梓。
この空気では流石にNOとは言えなかった。
「名誉部長ってなんですか?」
「うんうん、ボクも梓ちゃんと同じこと思った。部長がいるのに名誉部長もいるの?」
2人の視線が発言元である花奈のもとへ向かう。
そして当の訊ねられた本人はふふんと笑うと、鼻高だかにドヤ顔で言い放った。
「分かりません!」
「なんで得意顔だったんだよ!」
本当に一体なにがあったらあの葉風さんが、こんなアホの子みたいになってしまうんだ?
…いや、思い返してみれば前からアホの子の気はあったような気がする。
だとしたらこれは…素か。
「なんですか?その可哀想な子を見るような目はなんですか?」
「さぁ、なんなんだろうな?」
目の前に可哀想な子がいれば自然とそうなるだろう。
現に森守や梓、神崎さえも花奈へ憐むような視線を向けていた。
「なにか引っ掛かりますけどまあいいでしょう。それでましろん、新メンバーが加わったところで今日の方針はどうする?」
どこか納得いっていない様子だったが、花奈は部の進行を優先して神崎へ話を振る。
いつの間にか梓の加入は部内において可決されてしまったらしい。
「あの…つかぬ事をお聞きしますけど、今は一体なんの活動中なんですか?」
加入したばかりの梓がおずおずと手を挙げる。
そういえば森守も含めて2人にはちゃんと説明はしていなかったな。
とはいえ内容が内容なだけに俺の口から説明するつもりはない。
俺は花奈へ視線を向けて無言のままに説明を要求した。
こういうことは言い出しっぺにやらせるのが1番だ。
「それでは高宮さんからの熱い視線にお応えして、僭越ながら私が説明しましょう」
「「「…」」」
なぜか他3人が俺を睨んでくるが、面倒臭いので気付いていないフリをして無視した。
「我ら新聞部は現在文化祭に出す新聞の取材として、去年の文化祭に颯爽と現れた謎の美少女Xの正体を追っています。そして昨日、謎の美少女Xの正体を知るとある生徒に話を聞いてきました。諸事情により残念ながらその正体を知ることは叶いませんでしたが、我々はその正体に迫るための3つのヒントをその生徒から聞き出すことに成功したのです」
聞き出すことに成功って、真代のやつが勝手にペラペラと話しただけだっただろう。
なにを手柄のように言っているのだろうか?
「そのヒントというのが_____ましろん部長」
「え!?わ、私っ?えっと…『1年C組』、『青春倶楽部』、『意外な人物』でした」
突然の指名に虚を突かれたようで、名前を呼ばれた神崎はビクリと跳ねる。
完全に自分は関係ないモードに入ってたな、あれは。
しかし、正解を知っている俺からしたら、そのヒントを聞いただけでヒヤヒヤする。
「その通りです。そして我らが新聞部は以上の3つのヒントを頼りに謎の美少女Xの正体を突き止めなければいけないのです!」
いや、別に突き止めなければいけないことはないだろ。
俺たちの新聞なんて1㎜だって期待されていないのだから適当に濁しておけばいいんじゃないだろうか?
…とはこの空気の中では流石に言い出せなかった。
「そういえば1年C組といったら確か去年の兄さんの在籍してたクラスじゃなかったですっけ?」
梓が可愛らしく小首を傾げながら要らないことを口走る。
途端に全員の視線を俺は独り占めする羽目になってしまった。
「…知らないな。ほら、俺って友達少ないから」
「「「それなら仕方ないですね」」」
後輩3人が仲良くハモる中、森守だけが俺を気遣って肩を叩いてくれた。
「そうなると高宮さんをアテにするのはやめた方が良さそうですね」
「どうせ兄さんのことですからクラスメイトの顔も名前も覚えてないでしょうからね」
散々な言われようだ。
事実だけになにも言い返せやしないけれど。
「ちなみに誰か『青春倶楽部』という名前に心当たりはありませんか?」
花奈が周囲を見渡すが、誰の手も挙がらない。
あの同好会の存在を知っているのは俺を含めてたったの6人しかいないのだから当然だろう。
「そうなりますととりあえずは元1年C組の方あたってみるしかないかもしれませんね。ましろん的にはどうしたい?」
「花奈の意見に賛成。もしかしたら誰かなにか知ってるかもしれないし」
ということは、俺は極力辻野や椎葉と遭遇しないように尽力しなければいけないわけだ。
「森守先輩は誰か元1年C組の方に心当たりはないですか?」
「そうだね…うん、ウチのクラスに2人居たはずだよ。内1人は那由くんなんだけど」
視線を右上に彷徨わせながら、少し考えた森守は頷きながら言う。
クラスメイトの去年のクラスなんてわざわざ覚えてるのか…。
「それではその方に突撃取材と行きましょう!」
「待って花奈」
「ぐぇっ」
勇んで部屋を出て行こうとする花奈の首根っこを神崎が掴んで引き止める。
今女の子が出していいとは思えない音が出たが大丈夫だろうか?
「突撃取材ってどこに行くつもりだったの?」
「そりゃあ直接クラスに乗り込む所存でございますので!」
「クラスの場所は知ってるの?」
「そこはほら、高宮さんと森守先輩に案内してもらう流れで…」
スゥーっとこちらへ視線を流してくる花奈へ俺は一言。
「俺はパス」
日陰で生きてきたから普通に生活する分には俺の事なんて思い出しはしないだろうけど、流石に顔を突き合わせたら思い出される恐れがある。
極力元クラスメイトとは顔を合わせたくはなかった。
「ボクはいいけど…その子もう帰っちゃったと思うよ?部活にも入ってないみたいだし」
「そんなぁ〜」
情けない声を出しながら花奈机にベタッと倒れ込んだ。
やる気を出していただけにその反動も少なくないようだ。
仕方ない、せっかくやる気を出していたんだし、そのやる気を別のことに宛てわせてやろう。
「じゃあ顧問でも探しに行くか?」
「顧問?」
不思議そうに首を傾げる花奈を他所に、神崎はなにかに気が付いたように椅子を鳴らしながら立ち上がった。
「あっ!5人揃ったから顧問の先生さえ見つけられれば正式に部活として認めてもらえる!先輩!」
今日一のテンションで神崎が嬉しそう叫ぶ。
「そういうことだ」
「えっと…どういうことですか?兄さん」
状況を理解していない3人を代表して梓が手を挙げた。
「学校に正式に部として認めてもらうには3つの条件をクリアしないといけないんだ。その内の1つが部員を5人集めることなんだよ」
「なるほど、ということは他の2つの内の1つが顧問をつけることということですね?」
流石に梓は状況理解が早い。
「でも顧問の先生を見つけても、もう1つ条件が残ってますよね?」
「そうだな。でもそれについてはもう解決している」
「解決しているって、一体いつの間に…?」
「最初から、だ」
そう、最初からこの条件だけは果たしていた。
恋海さんのおかげというのは少し癪だけれど。
「3つめの条件は部室を確保すること。そしてこの旧生徒会室を新聞部(真)の部室として申請する」
という話は既に生徒会には通している。
だから人数と顧問の問題さえ解決すればいつでも部として成立させることは可能なのだ。
しかし問題はその顧問である。
当然教師たちも時間的拘束の長い部活の顧問なんて引き受けたがらないだろうし、万が一顧問を持っても構わないと言う教師がいたとしてもそういう人材は既にどこかの部に捕獲されているだろう。
この顧問問題、人数問題よりも達成難易度が高いのだ。
「ちなみに、自分のクラス担任でやってくれそうって人はいるか?」
「ウチの担任は確かもう女バレの顧問だった気がします」
と花奈。
そうなると同じクラスの神崎も当然ダメだな。
「わたしのところも天体観測部の顧問を受け持っているって言ってました」
梓のところも撃沈。
「田中先生も黒魔術研究部の顧問だって言ってたよね」
「いや、初耳だけど…その黒魔術研究部ってなんだよ?よく認められたな」
まさかそんな漫画や小説の中くらいでしか出てきそうにない部活がウチの学校に存在するとは…。
「どうしましょう…まさかここに来てこんなに大きな課題があるなんて…。こんなことならもっと早く取り組んでおくべきでした」
ガックリと肩を落とす神崎。
新学期が始まってもう2ヶ月弱、たしかにもう少し早く行動しておけば今年度からの新人の教師を捕まえることもできたかもしれない。
「まあ地道に探すしかないだろうな。もしかしたら誰かしら引き受けてくれるかもしれないし」
「そう…ですよね。まだ諦めるのは早いですよね」
両手に握り拳を作り、ふんっと気合を入れる神崎だが、正直希みはかなり薄いだろうと思う。
「野郎ども!いざ、顧問の先生の捕獲に出発だぁ!」
「「おー!」」
「お、おー」
花奈の音頭で拳を突き上げる4人のやる気を見ていると、そんな無粋なことは口が裂けても言えなかった。
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