第28話

衝撃の事実の判明から数時間、いつの間にやら放課後になっていた。

正直午後の授業はなにも頭には残っていない。

今の俺の頭にあるのは、如何にしてもあの2人に謎の美少女Xの招待がバレないようにするのかだけだった。


「____くん、な___くん」


とりあえずは常にあの2人と行動を共にして真実に近付かないように見張り誘導するしかない。

そうと決まれば早速部室へと____。


「わっ!?」


勢いよく立ち上がったところ、それに驚いたように誰かが引っ繰り返った。

視線を落とすとそこにはマヌケに尻餅を着いた森守の姿。


「なにしてるんだ?」


「なにしてるんだ?じゃないよ!何度も呼びかけてるのになんで無視するのさ?」


膨れながらも俺の差し出した手を握って立ち上がる森守。

うん、怪我はなさそうだな。


「ちょっと考え事をな…」


ってこんな悠長に話している場合ではない。

今日からの同好会はどうあってもサボることはできないのだ。


「悪い、ちょっと急ぐから」


「あっ!ちょっと那由くん!?」


俺はカバンを引っ掴むと駆け足に教室を飛び出した。


________というのがほんの数分前の出来事。


「へぇ〜那由くんって部活に入ってたんだ?」


「…いや、なんでいんの?」


何故か目の前に座っている森守は、感心したように周囲を見渡している。

俺は森守から視線を外してその横でスマホをいじる花奈へと振った。


「部室の前でうろうろしていたので高宮さんになにか用かと思いまして。やはりそういう気遣いのできてこそ出来る後輩というものでしょう」


「出来る後輩を自称するならそこは追い払って欲しかったよ」


ドヤ顔の花奈から視線を切って、再び森守へ戻る。


「ここって去年まで生徒会室だったところだよね?備品庫になったって聞いてたけどいつの間に部室になったの?」


そういえば森守も去年からこの高等部の校舎に通ってたんだから知ってても不思議じゃないのか。

でもよくもまあ生徒会室の場所なんか知ってるな。

俺なんて恋海さんと関わってなければ一生知らなかっただろう。


「まあな、前の生徒会長から好きに使えって鍵を貰ってたんだ」


ってこれは話してもいいことだったのだろうか?

正義感の強い森守のことだからまたなんらかのお小言が飛んでくると思って身構えたが、なかなかそんな様子はない。

むしろ羨ましそうに俺を見ていた。


「前の生徒会長って羽科先輩だよね!?那由くんってば先輩と仲良かったの!?」


「え…ま、まぁ?」


謎の興奮を見せる森守に俺も花奈も去年の文化祭の資料を漁っていた神崎さえドン引きだった。


「羽科先輩といえば高嶺の花だよ?頭脳明晰で運動神経抜群の文武両道超絶美麗な絶世の美女だよ?そんな人と仲が良かったなんてなんでもっと早く言ってくれないんだよ!?」


森守が目に涙を浮かべながらポカポカと叩いてくる。

まるでどこかで聞いたことのある評価だと思うけれど、あえて突っ込むまい。


「なんでって、森守と知り合ったのは今年に入ってからだし、だいたい森守がそこまであの人の熱狂的なファンだとは思わなかったし」


というかあの人ってそんなに人望が厚かったのか?

俺の記憶の中にいる恋海さんはただの面倒くさい先輩なんだけれど…。


「あの、その羽科先輩っていうのは誰なんですか?」


そして当然といえば当然、後輩たちが恋海さんに興味を示し出す。

そりゃああんな過剰評価を耳にすればどんな人物だったのか興味くらいは出るだろう。


「そうだな…一言で言えば_____」


「_____一言で言うのなら完璧な生徒会長だよ。美人でなんでもできるから男子からも女子からもモテモテだったんだよ」


俺の言葉を遮るように森守が重ねる。


「ほへぇ…去年までそんな人が生徒会長をやってたんですね。…しかも高宮さんはそんな人といい仲だったそうで?」


花奈の言葉と共にジトッとした視線が3人分。

どうもみんなしてなにか勘違いしているようだ。


「別に俺と恋海さんはお前らの勘ぐるような仲じゃないぞ?そもそも森守の言う恋海さんのイメージと俺の知ってる恋海さんのイメージは本当に同じ人物の話をしているのか不安になるくらいに全く違うしな」


「ほほぅ、では高宮さんから見た羽科先輩とはどういう人物だったのでしょう?」


「一言で言えば残念美人。美人なところよりも子供っぽさとか間抜けさとかが一際目立つような人だったな」


そう、校内放送を私物化したり、仕事中に菓子ばかり食べてたり、仕事をサボろうとして橘花先輩に怒られたり…うん、やっぱりロクでもない人だったな。

しかしこの3人には今の俺の言葉は別の意味で捉えられてしまったらしく、3人から向けられる視線は変わらない。


「それはつまり先輩でだけ見せる素顔ってことじゃないですか。なんですか?惚気ですか?」


なんでそうみんなして恋愛ごとに結び付けようとするのだろうか?

あの人にとって俺はただの弟分でしかなく、俺にとってあの人はかなり世話の焼ける姉のような人だった。


「で、結局森守はなんの用だったんだ?」


「わっ、この人今話逸らしましたよ!」


外野の花奈がうるさいが無視である。

無視無視!


「特に用はないんだけど…ね」


「だけど?」


「ほら、那由くんっていつも気付いたら居なくなってるじゃない?だからいつもどこに行ってるんだろうって思って」


「それで跡を付けてきたと…」


「それは…ごめんなさい」


まるでストーカーの言い訳を聞いているようだったが、こうしてしおらしく謝られると大抵のことは許せてしまうあたり美少女というのはズルい。


「うわぁ、高宮さんなに女の子泣かせてるんですか」


「…はい?」


しんと静まり返った教室で花奈がとんでもない言い掛かりを付けてきた。

なぜか神崎まで俺に非難の視線を向けている。

お前は大人しく資料でも漁ってなさい!


「いやいや、泣かせてないから。泣いてないから、な?」


「…ぐすん」


同意と救いを求めて森守へ視線を向けるが、森守はわざとらしく鼻をすすって見せる。

幼稚園児だってもっと上手に泣き真似するぞ。


「これはアレですね。土下座しかないんじゃないでしょうか?」


そこに花奈が更に悪ノリを重ねて土下座を要求してくる。

なんだよこの後輩、先輩の土下座姿なんて見て楽しいのか?

…まあ面白いか面白くないかで言えば面白かったけど。

ふと脳裏に浮かんだのはこの教室で繰り広げられた橘花先輩と恋海さんのコントだった。


「どーげーざ、どーげーざ」


土下座コールとともに両手を叩いて煽り立てる花奈。

その顔にはこれ以上ないほどの極上の笑顔。

しかし少しばかりこの後輩調子に乗りすぎではないだろうか?


「おい後輩、あんまり調子に乗るなよ?」


「っ!?」


俺が少しドスを効かせて言うと、花奈は神崎の背後に隠れてぷるぷると震えながら涙を浮かべた顔だけをのぞかせた。


「…ごめんなさい」


「いや、怖がりすぎだろ。半分くらい冗談だから」


「つまり半分は本気!?」


そういえば花奈はメンタルがそこまで強い方じゃなかったっけ?

なんて思い出しながら場を和ませようと言った冗談だったが、どうにも逆効果だったようだ。


「大丈夫だよ、那由くんの場合それも冗談だから」


「おい森守、お前に俺のなにが分かる?」


たしかにその通りだったが、人に言われるのはなんか嫌だった。


「少なくとも他の誰かよりは分かるよ。伊達に半年もお隣さんやってないんだから」


えっへんと無い胸を反らす森守へ花奈が食いついた。


「え、森守先輩って高宮さんとお隣さんなんですか?」


「うん、今年の頭くらいに隣に引っ越してきたの。それでお互い1人暮らし同士ってことで仲良くなったんだよ」


「え…?1人暮らし?」


1人暮らしという言葉に反応した花奈がこちらを見てくる。

まあ去年の俺たち兄妹について知ってる花奈ならそこに違和感を感じても不思議ではないだろう。

しかし不幸中の幸い、森守は璃子や梓のことは知らないためその口から2人の名前が出てくることはなく、聡い花奈もなにか言いたそうにしながらも敢えてこの場でそこについて言及はしてこなかった。


「そうだよ。しかも自分でご飯作ったりしないから三食毎日コンビニ弁当ばかり」


「コンビニ弁当って…ちょっと高宮さん、弁当屋の娘の後輩がいながらどうしてそんな物買うんですか?ウチに来れば特別価格でお安く提供しますよ」


「え…?そういう問題?」


コンビニ弁当というワードに弁当屋のプライドが刺激されたのか花奈が立ち上がる。

なんだよその無駄なライバル意識は?

そして自炊させたい派の森守といえば、予想の斜め上の発言にキョトンとしていた。


「いやほら、俺も一瞬考えたんだけど、知り合いの店って気分的にどうにも行き辛くない?っていうかお安くってそんなの花奈が勝手に決めていいのか?」


「大丈夫ですよ、両親も高宮さんには心底感謝していますから、きっと大丈夫です」


『きっと大丈夫』のあたりでそっと目を逸らした花奈。

自分でも自信がないのなら言わなきゃいいのに。

そんな微妙な空気の漂う中、神崎が手を挙げた。


「あの先輩、無駄話しもそこそこにして本題に移りませんか?会話に参加していた身としては言い辛くはあるのですけど、流石に脱線しすぎかと」


「そ、そうだな。うん、それで本題っていうと_____」


「取材です」


そうだった。

森守が突入してきたことですっかり忘れていたけれど、それこそが俺の最大のピンチだった。


「な、なぁ?やっぱり謎の美少女Xの正体は諦めないか?」


「なにを言ってるんですか?書類を提出した以上もう変更はできませんよ。それに先輩はこれ以上のネタを思いつきますか?」


「…ですよね」


諦める作戦はわずか数秒で失敗に終わった。


「謎の美少女Xって去年の文化祭の?」


新聞部(仮)の会議に横槍を入れたのは完全なる部外者である森守だった。

しかしこの発言を切っ掛けにその立場は一変し、神崎たちの取材対象へランクアップを果たしたのだった。


「もしかして森守先輩は実際に会ったことがあるんですか!?」


先に食いついたのは謎の美少女Xを調べようと言い出した花奈だった。


「う、うん。実際にビラももらったよ。たしか家にまだ取ってたと思うけど…」


「ナイスです!ファインプレーですよ森守先輩!」


いきなり手掛かりをひとつ掴みやたらテンションの高い花奈と対照的に、俺は去年貰った他クラスの出し物のビラなんかを未だに持ち続けている森守に呆れていた。

あんなの帰って2秒でゴミ箱に捨てたぞ?


「森守先輩、写真とかは持っていないですか?」


「う〜ん、写真は流石にないけど、すごく可愛い子だったと思うよ?ただなんでか知らないけど焦点の定まっていないような目をしてたかな」


「「「…」」」


「…なんだよ?」


なぜか3人して俺へ一斉に視線を向ける。


「いえ、先輩ってよくそういう目をしますよね?それに女装説もありましたし」


代表して神崎が言うと他2人が「うんうん」と頷く。

まさかそんなことでバレたのか?

と思った時だった。


「すみません、よく考えたら先輩はそんな話題になる程美形ではなかったですね」


「どういう意味だコラ」


たしかに真代曰く『良くも悪くもパッとしない顔』らしいけれど、ハッキリ言われるとそれはそれで思うところがあった。


「いやぁ、完全に高宮さんだと思いましたけど、冷静に考えたら有り得ませんよね」


「だね、那由くんは絶対ないね」


なぜかみんな勝手に納得した。

どうにも引っ掛かるが、このまま放置の方が都合がいいので耐えた。


しかし…まさかあの時に森守と既に対面していたとはな。

そう思うと部屋が隣になったのもなにか縁のようなものを感じるな。


「それでは容疑者が1人消えたところで取材に行きましょうか。実は有力な情報を握ると思われるとある人物にアポを取ってあるんです」


そう自信満々に言う花奈に連れられてやって来たのは2年A組。

俺の背筋に冷たい汗が垂れる。

たしかに俺の想像通りの人物であれば謎の美少女Xの正体を知っているだろう。

しかし、一体誰が花奈に彼女のことを教えたんだ?


「なぁ、やっぱりやめ____」


「失礼します!」


やめないか?と言い切る前に花奈がガラガラッと勢いよく扉を開けると、そこには数名の生徒がちらほらと見られた。

そしてその中に______いた。

数人の女子生徒の真ん中にその姿はあった。

クラスが変わっても人気は相変わらずのようだ。


「あら、いらっしゃい」


そう言って花奈へ微笑みかけるのは現生徒会会計にして次期生徒会副会長と噂される少女、真代優姫だった。


「…」


真代は俺と目が合うと、なにか言いたげに目を細める。

しかしそれも一瞬、瞬きののちにはいつもの『表モード』に切り替わっていた。


「ごめんなさい、少しこの子達に用があるの」


真代はそう言って周囲にいた取り巻きを追い払うと、俺たちに取り巻きが座っていた席へ座るように促した。


「それで、新聞同好会の皆さんは私に取材がしたいということだったわよね?」


「はい!例の謎の美少女Xについて真代先輩が1番詳しいと聞きましたから」


誰にだよ?

というツッコミは置いておく。

そんなことよりも俺は目の前の真代の違和感しかない態度が気持ち悪くて仕方なかった。


「なるほど、ところで少し話は変わるのだけど、いつの間に新しい会員が増えたのかしら?今日の昼の時点でたしか所属会員はあなたたち3人だけだったと記憶しているのだけど」


「あ、いやこいつは______」


「はい、新しいです」


『こいつはただの野次馬』と言おうとしたところで神崎が先回りして言う。

っていうかいくら部員が欲しいからって勝手に部員にするなよ。

しかもちゃっかりと部員と言い直してるし。

そこに一体なんの拘りを持っているのやら。

それでもって当の森守は満更でもなさそうだ。


「まあどちらでも構わないのだけど、それよりも取材だったわね。いいわよなんでも聞いてちょうだい。私に答えられることなら答えてあげる」


そのやんわりとした口調は、俺たちにというよりは俺を除いた3人に言っているような話し方だ。

というか真代は俺たちが教室に入ってから1度も俺に向けて言葉を発していない。

真代の中では未だ継続中ということだろう。


「まずはですね、真代先輩が謎の美少女Xと仲が良いという噂ですが、こちらは真実ですか?」


いや、だからそんな噂どこから聞いてきたんだよ。


「真実よ。ただとは今は少し疎遠になっているけれどね」


チラッとこちらへ向けられる視線に俺はそっと顔を逸らした。

わざわざ『あの子』なんて表現するのはなにかの皮肉だろう。


「つまりは正体を知っている…と」


「えぇ、もちろん知っているわ。だってあの時にあの子を文化祭に呼んだのは私だもの」


「ほう!なるほどなるほど!」


しゃしゃしゃっと花柄のメモ帳に凄い勢いでメモしていく花奈。

そんな激しくメモすることなんて今の文にあっただろうか?

そっとメモ帳を覗くと、およそ読めたものではないミミズの這ったような文字でなんらかの単語が書かれていた。


「ではズバリその正体を教えてもらえませんでしょうか?」


ノリノリの花奈がマイクを向けるようにペンを真代の口元へ向ける。

それに対して真代はくすりと笑うと、とても楽しそうに口を開いた。


「どうしてもと言うのなら教えてあげることは吝かではないのだけれど、いきなり答えを教えてしまっては面白くないでしょう?文化祭まではまだまだ日はあるわ。せっかくだもの、もっと時間を掛けて調べてみたらどう?」


「それは自分たちで真実にたどり着けということですか?」


「そういうことよ。まああなたたちがどうしても今すぐに答えを知りたいと言うのなら話は別だけれど…ただその場合あなたたち全員私に借りをひとつ作ることになるわよ」


待て、なにを口走ってるんだこの女は。

ここで本当にどうしても聞きたいと言われたらどうするつもりなんだ?

俺が一寸先の闇にビクビクしていると、沈黙を貫いていた部長がいよいよ声を上げた。


「そうですね、あなたの言う通り自力で調べることにします」


「ましろん正気!?答えはすぐ目の前にあるんだよ!?」


「だとしても、例え答えにたどり着けなくても、自分の足で地道に調べることに意味があると私は思うから」


いつからこの部はそんな熱血系な部になったんだろう?

しかしそんな暑苦しい光景を前に、真代は何故か嬉しそうに口元緩めていた。


「そう、それじゃあ私からいくつかヒントをあげるわ。1度しか言わなからしっかりメモするのよ?」


花奈がメモ帳を構えるのを見てから真代は『ヒント』とやらを口にした。


「ひとつ、『1年C組』。ふたつ、『青春倶楽部』。三つ目はそうね…意外な人物って感じかしら?」


そう言って真代は3つのヒントを並べ立てた。

…っていうかそれってほぼほぼ答えのようなものじゃないか?

その段階で絞られるのって俺か辻野か椎葉の3人だ。

そこに既にこちらで持っている情報を合わせれば、一発で俺にたどり着くことができる。


「ま、精々頑張りなさい」


その言葉は誰に向けられたものなのか。

少なくとも今度は俺たち全員に向けられた言葉だと感じられた。

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