第22話

「いやぁ、相変わらず嫌われてるねぇ」


校門を出た辺りで歌戀さんが切り出した。

嫌われているというのは具体的に『誰に』なのか?

ぶっちゃけこの人、割とみんなから嫌われるんじゃないだろうか?


「あの子、私がいない時はどんな感じなの?」


「恋海さんのことですか?」


「そうそう、あの子ったら私を視界に入れようともしなかったでしょ?私の前じゃあいつもあんな態度。そんな嫌われるような事した覚えはないんだけどね」


いや、あんたの場合は素のままで嫌われる性格してるから。

こんなのが身内にいるとなると、今回ばかりは恋海さんの気持ちが分からなくもない。


「昔はもう、『お姉ちゃんお姉ちゃん』って可愛かったのになぁ。なんであんな無愛想になっちゃったのか…。やっぱりあれかな?小学生の時にランドセルにエッチな本を入れたせいかな?それとも誕生日プレゼントにシュールストレミングをあげたせいかな?それとも____」


「どんだけ出てくるんだよ!?」


そりゃ嫌われるのも仕方ない。

っていうかやっぱりこの人最低だ。

俺だったらどれかひとつでもされれば十分に嫌いになれる。


「だからさ、私がいない時の素のままの恋海の姿が知りたいんだよね。ほら、私にとっては可愛い妹みたいなものだし」


「そう思うのなら嫌がらせをやめたらどうですか?」


「それはそれだよ。那由他くんだって男の子なら分かるでしょ?好きな子ほどイジメたくなる感じ」


「分からないですし、分かりたくもないですね」


だいたいそれは恋愛的な意味での『好き』であって親愛的な意味での『好き』の話ではないだろう。


「まあ別に教えるのはいいですけど、それをネタにしてまた恋海さんにちょっかい掛けたりしませんよね?」


そんな事になればこっちにまで火の粉が飛んでくるのは目に見えている。


「……モチロンダヨ?」


嘘吐けこの野郎!


「やっぱり絶対に教えません」


「ブーブー!仲間はずれ反対!」


「積極的に仲間から外れていく人がなにを言いますか!」


少なくともこの人は絶対に集団行動ができない類の人間だ。

多分友達はいないだろうし、なりたいと志願する勇者もいないだろう。

まあ…俺自身人のことを言えた口ではないか。


「じゃあいいよ〜だ。今度桃花ちゃんから聞くし」


「そうしてください」


すみません橘先輩。

俺は先輩を売る最低な後輩です。


「と・こ・ろ・で、これはデートだよね?」


「はい?…あぁそういえばそんな冗談を言ってましたね」


「ノンノン、冗談なんかじゃなくて本気だよ」


「それもまた冗談と」


「那由他くん?その一向に話が進まないパターンになる返しやめよ?コミュニケーションをちゃんと取ろうよ」


にこっと微笑むその背後にドス黒いオーラが見える。

おかしいな、俺いつの間に超能力に目覚めたんだろう?


「で?デートだったらなんだって言うんですか?まさか後輩に集ろうなんて腹じゃないですよね?」


「まさか、いくら私でもそのくらいの分別はつけるよ」


失礼だなぁと口を尖らせる歌戀さんだったが、その姿はどうにもあざとくわざとらしい。


「ほら、私って高嶺の花じゃん?頭脳明晰で運動神経抜群の文武両道な超絶美麗な絶世の美女じゃない?だから男子たちが妙に遠慮しちゃって恋人とかいなかったのよ」


「うわぁ…」


胸を張って堂々と言い放つ歌戀に俺はもうどこから突っ込んでいいのか分からなくなった。

取り敢えず、自己評価が異常なほどに高いことだけは分かった。

というかそこしか分からなかった。


「ちょっと那由他くん?うわぁっていうのはちょっと失礼じゃない?恋人がいなかったっていうのも私が悪いわけじゃないからね?あくまでだけなんだからね?」


そこじゃないんだよなぁ、俺が引いたのは。

っていうかそこについては引く以前に『だろうね』という感想しかないから。


「まあそんなわけで、せっかくだし現役男子高校生とイチャラブデートをしたいんだけどもちろんオッケーだよね?」


「1時間1万円からでよければ」


「…いやいや、ちょっと待って?ちょっと待てよおい。それは違くない?そういう所謂『ママ活』みたいのじゃなくて、私がしたいのは純粋な下校デートなんだけど」


「あ、なるほど。制服オプションで追加5千円と」


「おいおいおいおい、おかしいだろ?おかしいよね?そこで増えるのはおかしいよね?普通はもっと減額、100%OFFくらいはいくよね?」


血走った眼で妙に焦ったように詰め寄ってくる歌戀さん。

どんだけ男子高校生とデートするのに必死なんだよ。

自称頭脳明晰で運動神経抜群の文武両道な超絶美麗な絶世の美女の名が泣くぞ?


「ふーん、いいもん。だったらもう頼まれたってデートしてあげないんだからねっ」


「あ、はい。結構です」


というかそんな未来はあり得ないし。


「うわぁ〜ん!那由他くんのバカ!冷酷悪代官!」


人を誹謗中傷して泣きながら走り去っていく歌戀さん。

たまにチラチラと振り返ってくるが無視を決め込んだ。

だって絶対面倒くさいし。

初対面の時も思ったが、あの人基本的に構ってちゃんなんだろう。

そういう人種は無視するに限る。


「それでは歌戀さん、さようなら」


「あっ!?」


それだけ言い残して、ついぞ構って欲しそうにトボトボ歩いていただけの歌戀さんへ背を向けて俺は脱兎の如く走り出す。

そして30分ほどの捕物を繰り広げた後に、ようやく歌戀さんを振り切る事に成功したのだった。





「疲れた…」


家に着き、俺は自分の部屋へ這うように転がり込むとベッドへうつ伏せにダイブした。

掛け布団の中の抱き枕が腹に当たって煩わしいが、そんな事今は気にしない。

あぁ、乳酸の溜まった足がジーンと心地よい。

しかし、歌戀さんの『運動神経抜群』がただのハッタリでよかった。

確かに俺を基準としたらなかなか足は速かったと言えるが、それでも俺と同等くらいのものだ。

もしも本当に運動神経がよかったら今頃捕まってなにをされていたのだろう?


「ぐぇへへへ…お兄ちゃんってば大胆…」


もしかしたらあり得たかもしれないifの未来を想像して震え上がる俺の耳によく聞き慣れたくぐもった声が俺の真下から聞こえてきた。

恐る恐る掛け布団を捲ると、今まで俺が抱き枕だと思っていたは妹の璃子だった。


「あぁ…ついにお兄ちゃんがその気になってくれた…。お父さんお母さん、璃子は本日お兄ちゃんで処女を卒業しますっ」


「させねぇよ?」


璃子の妄想を即座に否定する。

こっちはただでさえ歌戀さんなんて変人を相手にした上に走り疲れてくたくただというのにというのに、我が妹は更に俺を疲れさせようというのか?


「っていうかなにやってんの?」


俺の否定が聞こえていなかったのか、俺もベッドの上でキャーキャー悶えている璃子へ冷めた目を向けるとようやく璃子がこちらを見た。


「だって最近お兄ちゃんが構ってくれないんだもん。だから仕方なくお兄ちゃんのベッドの中でお兄ちゃんの匂いを堪能してました…。ご馳走様です」


「ご馳走様してやったつもりは一切ないんだけどな?」


くそっ、1日に2人も変態の相手をするのは流石に骨だ。

もし璃子が妹じゃなかったら絶対に関わり合いになりたくない。

…いや、それ以前に俺が兄じゃなきゃ璃子がここまで俺に依存する事もなかったのか?


「…璃子、俺たち兄妹辞めない?」


「っ!?」


もちろん冗談だ。

しかし璃子は俺の冗談に大きな目を更に大きく見開き息を飲んだ。

そして_____。


「それはつまり兄妹じゃなく夫婦になろうというプロポーズ____」


「ごめん、冗談だから。今後とも仲のいい兄妹でいような?」


どこまでもプラス思考な妹だった。


「それで、まさか本当にそんな変態的な行動のためだけに俺の部屋に来たわけじゃないんだろ?」


というか、もしもそうだとしたら俺はそろそろ1人暮らしを考えるべきだと思う。


「あ、そうそう。お兄ちゃんの匂いを堪能するのはあくまでもののついでで、本当の用は別にあるんだよ」


もののついでって…どうしてこうウチの妹たちって俺の部屋で変態行動起こすのが好きなんだろう?


「ほら、わたしって夏休みにお兄ちゃんへ貸しがあったじゃない?」


「…貸し?」


そんなものあっただろうか?

必死に思い出してみるが、心当たりはもちろんない。


「忘れもしないあの日、お兄ちゃんが璃子を置いて学校へ出かけて行ったあの日だよ」


「あぁ…」


そういえばそんな事もあったな。

あれ以来一度もその話が上がらなかったからてっきり璃子も梓も忘れているのだとばかり思っていたが、まさか夏休みも終わって久しいこの時期にこの話が出てこようとは。


「それで?その貸しを返せと、そう言いたいのか?」


「流石お兄ちゃん、話が早くて助かる!」


なんでだろう?

褒められているはずなのに全然嬉しくない。


「あのね、もうすぐウチの学校って文化祭じゃない?」


「そうだな。それで俺も生徒会を手伝ってるわけだし」


「それでね、当日はわたしと文化祭を回って欲しいなって」


頬を紅潮させながら熱っぽい視線を向け、さながら今からまさに告白するのではないかとも見える表情で言う璃子。

きっと男子なら誰もが羨むであろうシチュエーション。

普通ならふたつ返事で頷く展開。

しかし、しかしだ。

璃子の隣を歩くことの意味を知る俺は簡単には頷けなかった。


「その…俺じゃなくてクラスに他に誘いたい男子とかはいないのか?」


「いないよ?」


キョトンと、なに当然のことを聞いてるの?とでも言いたげな顔。


「いやいや、周りをよく見てみろ?俺なんかより遥かにイケメンな奴がいるだろ?」


確か恋海さんの弟が同じクラスにいたはずだ。

名前は忘れたが、イケメンだったことだけは覚えているし、なにより『恋海さんの弟』と素性がしっかり分かっている点が好ましい。


「確かにお兄ちゃんよりイケメンな人は星の数ほどいるけど、お兄ちゃん以上の人はいないよ」


「ぐはっ」


自覚はしていたが人に、特に身内に言われるとダメージがでかい。

この妹は俺を貶したいのか褒めたいのかどっちなんだ?


「だから…ね?文化祭一緒に回ろ?」


そんな可愛い妹の『お願い』に俺は最終的に頷いたのだった。

しかし____。


「ところでお兄ちゃん」


「…今度はなんだ?」


「お兄ちゃんから知らない女の臭いがするんだけど説明してくれる…よね?」


チワワのような可愛らしさから一転して猛禽類のような眼をした璃子を落ち着かせるために、全力で誤魔化すのだった。





そしていよいよ文化祭前日。

学校全体が浮ついた雰囲気に包まれる。

誰も彼もが明日の本番について話し合い、どのクラスも準備のラストスパートに入っていた。

当然それは俺のクラスも例外ではなく、衣装合わせやメニューの確認、仕入先との連絡と大忙し。

そんな中で俺は1人教室の隅でポツンと突っ立っているだけだった。

なにせクラスに馴染むどころか準備にすら碌に参加してこなかった俺が、急にクラスに戻ってきてもやることもなければ彼らと同じ熱量を持つ事も出来ないからだ。


「なにを冷めた目で傍観者振っているの?あなたも明日はこの中に混じらなくちゃいけないのよ?」


そんな俺の側までやってきたのはやはり真代だった。

辻野と椎葉がこちらの様子をチラチラと伺っているのを見るに2人に俺の様子を見て欲しいと頼まれたのかもしれない。


「相も変わらず『馴染めずに1人でいる俺カッケー』を続けてるのね」


「…その俺がまるで中のみたいな言い方やめてくれない?」


「あら、違ったかしら?私から見たら相当に厨二を拗らせてるように見えるけれど。『やれやれ系』の主人公でも目指しているの?」


「そんなもの目指した覚えはない」


「あなたにその自覚がなくてもあなた自身無意識にそうやって振舞っているのよ。ま、キモオタの性といったところかしら」


「キモオタ言うな」


俺がキモオタということが事実なだけに否定はできないが、人に言われるとなんかムカつく。


「で、このクソ忙しい時にあなたはなにをサボっているのかしら?」


「サボってるんじゃなくて俺には仕事が無いんだ」


「だったらいつものように生徒会へでも行ってしまえばいいじゃない」


「その生徒会から最終日くらいはクラスを手伝ってやれって言われてるんだよ」


そう、生徒会での準備はなんとかひと段落し、いよいよ俺はお役御免となったわけだ。

しかし…。


「だったらクラスを手伝いなさいよ」


「だから何度も言うように俺には仕事がないんだよ」


ついでに言えばこのクラスに俺の居場所もない。

当然だろう、彼らは最初期から苦楽を共にしながら協力してここまで準備してきた仲間同士。

けれど俺はそんなクラスを放っぽり出して生徒会を手伝っていた『裏切り者』。

居場所も仕事もあるはずがない。


「だったら実行委員かクラス委員にでも聞きに行けばいいじゃない。なにかやることないですか?って」


「絶対ヤダ」


いくら同じクラスの人間であっても、向こうから話しかけてくるならともかく、話した事もない奴にこっちから話しかけるとかハードルが高すぎだ。

こちとら店員に話しかけるのにすら躊躇して結局やめるチキンだぞ?


「はぁ、別に誰もあなたを責めたりはしないわよ?あなたが別にサボっていたわけじゃないのはみんな知ってるところだもの」


「は?なんで知ってるんだよ?俺1回も言ってないよな?」


「そうね、だからあの2人にちゃんとお礼は言っておきなさいよ?」


あの2人…真代にそう言われて頭に浮かぶのはある2人の顔。

確かにあの2人なら何度か生徒会の手伝いだと言って避けていた事もあるから知っていて当然だけど…。


「ちなみに、2人がフォローしていなかったら今頃あなたはクラス全員に袋叩きにされていたわよ」


「え?なにそれ超怖い」


「そういうわけだからあなたもこんな隅にいないで仕事をしてちょうだい」


「いや、仕事しろって言われても…」


「大丈夫よ、あなたにはあなたにしかできない仕事があるわ」


「俺にしかできない仕事?」


俺の言葉に頷くと、真代はどこからか大量の紙の束を取り出した。


「まずは校内の掲示板にこれを貼ってきて。それが終わったらあなたも衣装合わせよ」


「…え」


紙の束と共に不穏な言葉が渡され、思わず束を落としそうになった。


「『え』じゃないわよ。あなたにも明日はきっちり働いてもらうつもりなんだから。と言ってもビラ配りに専念してもらうことになるだろうけどね。だから明日は大変だから頑張ってね、


意地悪な笑みを浮かべる真代が今の俺にはどう見たって悪魔のようにしか見えなかった。

その後、ビラを極力ゆっくり貼った俺を待っていたのは、真代プロデュースによる俺のファッションショーだった…。

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