第11話
空前の辻野ブームと席替えによって俺と辻野の関係は終わったと思われたのだが、席替えから1ヶ月経った今でも俺たちの友人関係は続いていた。
「だからさ、やっぱり青春といえば部活動だと俺は思うんだよ」
「はぁ」
朝っぱらから辻野が山を探検する子供みたいな目で俺に言う。
「で?」
「つまりさ、______部活作らね?」
「ごめん、意味が分からない」
なにがどうなってそんな話になるのか全く理解ができなかった。
「つまりさ、俺に足りないものは青春なんだよ。青春」
「青春ならもう十分にしてるだろ?このモテ男」
「まあな、俺スポーツ全般得意だし?球技大会のヒーローだし?なんならあれからもう10回以上告られてるし?」
「うっざっ」
言い方が新人をいびる陰湿OLそのものだった。
「でも違うんだよ!俺が欲してるのはそうじゃない!もっとこぅ、友情・努力・勝利!みたいなのを俺は求めてるんだ!」
「スポーツ系の部活に入りなよ。それで解決する」
「分かってないなぁ、高宮、お前はなにも分かっていない」
わざとらしく首を振る辻野。
なんかイラッとくる。
「そんな誰が立ち上げたか分からない、出来上がった部活に入ってもなにも面白くないだろう。俺がやりたいのはジェネシスなんだよ。みんなで協力していくつもの苦難を乗り越えたいんだよ!」
ジェネシス…創世記・起源という意味。
要するに某少年漫画にあるような展開を再現したいって事なのだろうか?
そんな無茶な…。
「それでだ、映えある部員第2号として高宮が選ばれたわけなんだ」
「謹んで辞退させて頂きます」
「まままま、そう言わずに話だけでも聞いていかないか?な?な?」
『な?』にすごい圧を感じる。
どこのセールスマンだよなんて思いながら、その熱意に免じて話だけは聞いてやることにした。
「一応話だけは聞く」
「流石高宮、話が分かる」
「で、活動は具体的になにをするつもりなんだ?」
「あぁ、ズバリ_____」
勿体ぶるように溜めを作る。
鬱陶しい限りだが、辻野はどうにも演出に拘る性格をしているのだ。
「無計画、なにも考えてない」
「論外」
よくもそれで部活を立ち上げるなんて言い出せたものだ。
「待て待て、そう早まるな。俺はむしろ活動内容を決めるところからが青春だと思っているんだ」
「なかなか無理がある言い訳をしてきたな。まあ決まったら教えてくれ」
「それじゃあ意味がないんだよ!高宮と2人で知恵を出し合うことにこそ意味があるんだ」
「嫌だよ面倒くさい」
全く、なにに影響されたのかは知らないけれど、やるのならもっと具体性を持ったプランを持って来て欲しい。
そうすれば俺だって少しは考えてもいいのだが…。
「なるほど分かった。つまりそういう路線って事だな?『俺を納得させられるプランを持って来い』とそういう路線なんだな。よし分かった、絶対に高宮が頷くプランを持ってきてやる。首を長くして待っていろ」
そう言うと辻野は自分の席へ帰って行ってしまった。
それより辻野、この場合は『首を長くして』じゃなくて『首を洗って』だと思うぞ?
さて、あのやる気がいつまでもつのか?
まあしばらくすれば飽きるだろう。
そう高を括って俺は辻野の背中から目を離した。
そして翌日の昼休み。
「という感じでどうだ?高宮」
「……」
辻野は飽きるどころか本当にプランを練ってきた。
しかしそれはとてもプランとは呼べない穴だらけのものだった。
「お前さ、これで本当に恋海さんが許可を出すと思ってるのか?」
「恋海さん?あぁ生徒会長ね。…ダメか?」
「俺が生徒会長だったら絶対に判子は押さない」
「マジかぁ…」
ショックを受けたように両手を地面に着けて落ち込む辻野。
「いやだって、活動内容が『青春っぽい事』ってなんだよ?適当にも程があるだろ?」
「これでも真剣に悩んだんだよ。でもほら、俺って頭悪いじゃん?どうやったってこれ以上の案は出てこない」
その哀愁漂う姿に、辻野は辻野なりに真剣だったことだけは伝わってくる。
でも流石にこんな適当にしか見えない活動内容で恋海さんがいいと言うはずがない。
…少しだけ手を貸してやるか。
俺は密かに放課後の予定を決めたのだった。
「失礼します」
「え?高宮くん?どうしたの?」
ドアを開けた先では今回の目的の人、恋海さんと橘先輩は机の前で仕事をしていた。
他の役員達は_____いないようだ。
「まあどうぞ、座って座って」
恋海さんに促されてテーブル前の来客用のソファに座った。
「コーヒーでも淹れよう」
橘先輩が立ち上がり、コーヒーを淹れたカップを俺の前に置いてくれた。
「ねえねえ高宮、いくらなんでもアポなしで来るのは非常識なんじゃないかな?」
「恋海さんの連絡先も橘先輩の連絡先も知りませんからアポなしで来るしかなかったんですよ」
「あー、そういえばまだ教えてなかったっけ?じゃあ今交換しちゃおっか」
俺は一瞬迷った後に、メリットの方が大きいと踏んで恋海さんの提案を受け入れた。
こうして俺は恋海さんと橘先輩の連絡先を手に入れた。
「生徒会って暇なんですか?2人以外誰もいないようですけど」
「暇…ってことはないけど、忙しい時に比べればだいぶ暇ではあるかな」
半笑いで恋海さんが答える。
「だってほら、もうすぐテストもあるわけだし生徒会の仕事だけってわけにもいかないんだよ」
「…テスト」
恋海さんの言葉の中に嫌な単語が聞こえた。
「その顔全然勉強なんてしてない顔だよね?」
鋭い!?
「そ、そんなことはないですよ?よゆーよゆー」
「そんな顔で言われても信用できんぞ?」
「高宮くんって結構顔に出るよね」
2人して苦笑いで言い合う。
真代にもよく言われるけどそんなに顔に出るのか?
「なんならお姉さんが勉強くらい見てあげてもいいけど?」
「いえ結構です。自分でなんとかしますから」
「そう言う奴に限って赤点を取るんだ。別に変に遠慮する必要はないんだぞ?」
確かに生徒会会長と副会長に勉強を見てもらえば成績アップは確実だろう。
だが俺には天才な妹がいる。
わざわざこの2人に借りを作ってまで見てもらう必要はない。
「やっぱり遠慮します。恋海さんたちは今年受験なんですから自分たちの勉強に集中してください」
「む、そうか?」
「でも困ったらいつでも連絡していいからね」
「えぇ、そうします」
と、ようやく雑談が終わった。
何気なく言ったことでここまで長い話になるとは思わなかった。
「それで本題なんですけど」
「あぁ、そういえば今日はどうしたんだ?」
「実は______」
2人に掻い摘んで事情を説明した。
辻野が部活を立ち上げたいと言っていること、部員はまだ辻野1人しかいないこと、そして活動内容が明確に決まっていないこと。
話し終えると恋海さんは顔をしかめた。
「毎年何件かそう言う話は来るんだよ。でもだいたいみんな同じような理由で不受理にしてるんだよね」
「ウチの場合部活を立ち上げるには最低5人は部員が必要になり、活動内容も明確に示してもらう必要がある上に部室や顧問は自分たちで探してもらわないといけない。しかし、今はどの先生も顧問を持っているし空き教室も無いに等しい。正直なところ新しく部活を作るのはほぼ不可能と言ってもいいだろう」
「まあ普通に考えればそうですよね」
「すまんな」
実に現実的な壁だ。
例え立派な活動内容を掲げようとも意味がないということだ。
「でも、どうしてもっていうのなら手がないこともないんだよ?」
「そうなんですか?」
「部費は出ないけど、同好会って形であればそれほど苦労なく立ち上げられるよ」
「同好会…そんなのウチの学校にありましたっけ?」
「う〜ん、多分何個かはあるんじゃないかな?特別生徒会への申請も要らないから私もよく分からないんだよね」
「そんなんでいいんですか?」
「まあ部活と違ってあくまで生徒同士の個人的な集まりだからね。私たちが干渉する理由もないんだよ。でも流石に悪いことしてたら止めには入るけどね」
「つまり個人的に集まってなにをしようと生徒会は関与しないと」
「そういうことになるね」
なるほど、確かに部室や部費に拘らないのなら同好会という形でやっていた方がいくらか楽にはなるか。
「分かりました、明日話してみます」
「そうしてあげて。あ、でももしも本気で部活として立ち上げたいって事ならまた言ってね。私の権力の及ぶ範囲でなんとかしてあげるから」
「おい恋海、それは職権乱用だぞ」
「でも桃花ちゃん、それで私たちは高宮くんに貸しを作れるって思えば安いと思わない?」
「…多少のことならいいんじゃないか?」
「おい」
一体なにをやらされることになるのやら。
まあ借りを作らなきゃいいんだけど。
「それじゃあ相談に乗ってもらってありがとございました」
聞きたいことは聞けたので席を立つ。
「いいんだよ、生徒の相談に乗ってあげるのもまた生徒会の仕事なんだから」
「またいつでも来るといい」
2人から温かい言葉を頂き、俺は生徒会室を後にしたのだった。
翌日。
「ってことらしい」
俺は辻野に昨日恋海さんから聞いた話をそのまま伝えた。
「俺が思うに辻野の言う青春っぽいことって別に部活でなくてもいいと思うんだよ」
「あぁ、確かにその通りだ。部室や部費は惜しくはあるけど必須ってわけでもないからな。それよりも俺は高宮が生徒会長に相談に行ってくれたことの方が驚きだ」
「そんなにか?」
むしろこういう場合は知っている人に相談に行くのが普通だと思うんだけど。
「だってあの高宮だぞ?必要がなければ他人と話そうともしない高宮が、俺のために生徒会長に話に行ったんだぞ?そりゃ驚くだろ」
「そりゃ人が困ってれば手くらいは貸すさ」
「…そうだった、お前はそういうやつだったな」
なにかを1人で納得したように辻野は頷いた。
「さて、会員番号2番高宮那由多。俺たちはこれから同好会を立ち上げるわけなんだが、会員がたったの2人というのは非常に寂しいとは思わないか?」
「待った、なんで俺が既に入会している前提なんだ?」
「そういうわけでこれから会員集めを始めようと思う」
「聞けよ、俺の話を聞けよ」
俺の質問を無視して話を進めていく辻野。
とはいえどうせ丸め込まれて入る事になるのだろうから言い合いするだけ無駄だろう。
俺は諦めて大人しく会員番号2番を受け入れることにした。
「面白そうなお話ですわね」
「げ…蓮乃」
「『げ』とはなんですの?失礼な男ですわね。おはようございます高宮さま」
辻野に眉を歪めたかと思うと、こちらに挨拶をする時にはまるで花が咲いたかのような可憐な笑顔を向けていた。
物凄い変わり身だ。
「なんの用だよ。お前はお呼びじゃない」
「と申されましても、今あなたがお座りになっておられるのは正しくわたくしの席なのですが」
俺のすぐ目の前の席を勝手に拝借していた辻野だが、その席の正式な主は椎葉だった。
「なに、心配しなくても朝礼までのは返してやる。それまではどこか行ってればいいだろ」
「単細胞生物の分際でよくも言いますわね。千切りますわよ?」
「なんだと?この腹黒狸」
「ぷっちん」
椎葉がキレた。
もう恒例となったいつもの一連の流れだ。
「やんのか?こら」
「受けて立ちましてよ?」
2人の間にバチバチと(以下略)。
「ふん!」
「ツーン」
いつものように2人とも顔を背け合う。
なんとも仲のいいことで。
「飽きないわね2人とも。毎日同じ下りをやってるじゃない」
「もうこれがないと1日が始まった気にもならないよな」
「おはよう高宮くん」
「おはよう真代」
朝礼の始まる5分前、最近では登校直後には群がられることの少なくなってきた真代が登校してきた。
というのも真代が決まって始業の5分前に登校してくるようになったためその周りへ集まる時間の余裕がないのだ。
「今日も遅い登校だな」
「えぇ、この方が群がられなくて済むの」
「他のクラスメイトには絶対聞かせられない言葉だな」
「こんなことを言うのもあなたの前だけよ?嬉しいでしょ?」
「そうだな、涙が出るよ」
辻野と椎葉の喧嘩が彼らの毎日の挨拶のようなものだと言うのなら、この軽口の言い合いが俺たちにとっての挨拶と言える。
「それで、それほど興味はないけど今日は一体なにが原因でこんなことになっているの?」
そう言って視線を辻野と椎葉へ向ける。
興味がないと言いつつも質問してくるあたり安定の天邪鬼だ。
俺は真代にことの顛末を説明した。
「同好会ね。驚いたわ、まさかあなたが参加するなんて」
「気が付いたら勝手に参加させられてただけだ」
「でも前のあなたなら絶対断ってるわよね?それがどういう心境の変化なにかしら?」
「別に、どうせなんだかんだで入ることになりそうだから抵抗をやめただけだ」
「あらそう、いい心がけね。その調子で人の意見にも素直に耳を貸すようになれば上出来よ」
「なんで上から目線なんだよ」
「そう聞こえたのならごめんなさい」
全く悪びれた様子もなく、口だけの謝罪を口にする真代。
今日も真代節は平常運転だ。
「で、同好会のメンバーが足らないって話だったわよね?なんなら私が参加してあげてもいいわよ?」
「それは…俺は別にいいけど、辻野がなんて言うかだぞ?」
「平気よ、私辻野くんたちと話をして和解したの。そもそもがあなたのせいで目の敵にされていただけだったわけだけど」
ジトっと真代は俺を睨む。
それについては俺も申し訳なく思っている。
「俺もそのうち誤解を解かないととは思ってたけど、自分で解いたんだな」
「できれば『そのうち』ではなくてすぐにでも解いて欲しかったのだけれどそれは大目に見てあげるわ。それで同好会設立者の1人である高宮くんとしては私の参加は認められないかしら?」
少し前の俺ならまずここは拒否していたところだが、今の俺はそこまで真代に対しての忌避感を持っていない。
真代が入りたいというのなら人数も増えるしむしろ望むところだった。
「俺は問題ない。あとは辻野に自分から言ってくれ」
「そう?だったら遠慮なくそうさせてもらうわ」
真代がそう言って笑ったところで予鈴が鳴った。
その後、
「高宮さまが参加なされるのであれば当然わたくしも参加せて頂きますわ」
という椎葉が辻野と再び言い合うことになるのだがそれはまた別の話。
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