第10話

「お兄ちゃん!デートしよ!」


「断る!」


せっかくの休みの日になにが悲しくて妹とデートごっこをしなければいけないのか?

今日は朝から積みゲーの消化作業に徹すると昨日の夜の決めたばかりだというのに。

それに出来ることなら璃子と2人で出歩くことは避けたい。

あの値踏みするような視線や嫉妬の視線に晒されるのは何度経験しても慣れないものだ。

というかこの妹、家の中だからってなんて格好をしているんだ?

下着にワイシャツ1枚とか風邪を引いても知らんぞ俺は。


「ぶー、お兄ちゃん梓とはデートしたんでしょ?だったら璃子ともデートしてくれてもいいじゃん」


「ぶーじゃない、お前俺とデートするよりも友達でも誘って遊びに行ってこい。お前なら友達の1人や2人いるだろ」


「お兄ちゃんじゃないんだからそれはもちろんいるけど、今日はお兄ちゃんとデートの気分なの」


「大丈夫だ、それはきっと気のせいだから」


「気のせいなんかじゃないよ!梓から話を聞いてからずっとこの日を楽しみにしてたんだから」


梓とデートと称した買い物に行ったのが今月の頭で璃子が旅行から帰ってきたのがゴールデンウィーク最終日だから、多くても一週間程度じゃないか。

その程度でそんな何年も待ったみたいに言われても困る。


「とにかく、今日はお兄ちゃんは璃子のデートに付き合う義務があるの」


「残念だったな。俺にはこの積みゲーたちを消化するという最優先の義務があるんだ。だからまた今度な」


「出た、『また今度』!そうやって言ってその『また今度』が来た試しは一度だってないんだよ」


「そうだったか?お兄ちゃん最近物覚えが悪いからよく覚えてないんだ」


「だったら余計に今日は璃子とデートするべきだよ。忘れる前に」


人の言葉の揚げ足を取るかのように最後の部分を強調する。

昔はもっと素直に騙されていてくれたのに、こうやってどんどん小狡くなっていくんだな…。

でもよく考えたら、この調子だとしばらくはしつこく言い続けるだろうし、その度にゲームの時間を妨害されるのも堪ったものじゃない。

それを思うと一回付き合って大人しくなるのなら今日くらいは犠牲にするのもありだろう。


「分かった。ただし今日だけ特別だからな」


と釘を刺しながら璃子の要望を聞き入れる。

オッケーが出たことではしゃいだのか、何度も頷いていた。


璃子を部屋から摘み出し、外行き用の服に着替える。

こうして俺はせっかくの休日を妹に捧げることとなってしまった。


「璃子、兄さん、行ってらっしゃい」


梓に見送られて家を出ると、璃子は俺の腕に抱きついてきた。


「璃子、くっそ暑いんだけど」


「わたしは気にしないよ?」


「誰がお前の都合を聞いたか?いいからもう少し離れろ」


「またまた、照れちゃって。ほら、お兄ちゃんの大好きなおっぱいだよー」


とほとんど膨らんでもいない胸をぐいぐいと押し付けてくる璃子。

肋骨がごりごり当たって痛い。


「それでどこに行くんだよ?言っとくけど俺にはなんの計画もないからな」


「そこは大丈夫、安心して。ちゃんとわたしがプランを考えてきたから」


「ほう?じゃあその最初のプランを聞くとしようか」


「いいよ。プランその1、まずは2人で映画を観るの」


「映画か、月並みだけど鉄板とも言えるな。なにか観たいやつでもあるのか?」


「それは着いてから決めようかなって」


中途半端なプランだな。

デートで映画を選ぶなら先になにを観るのか決めてからの方が、映画選びで時間を無駄にしなくて済むし、なによりあれ観たいこれが観たいと揉めることも少ない、それに道中の会話のタネにもなる。

まあこれも妹の勉強のためだ。

身を以て実感してもらうしかないか。


2人並び立ってショッピングモールに内接された映画館へやってきた。


「うわ、プリキ○アやってんじゃん。よし璃子、プリキ○ア行くぞ」


「お兄ちゃん、それはおかしいよ。デートでそれは絶対有り得ないって!」


「有り得ないだって?お前プリキ○アは俺たちに愛と勇気の大切さを教えてくれるドキュメンタリーだぞ?」


「違うから!プリキ○アは女児向けのアニメ映画だから!そもそもデートでプリキ○ア観たがる女の子はいないからね?」


案の定俺たちは観たい映画で揉めた。


「俺にもそう思っていた時期がある。でもな、世の中には嬉々としてプリキ○アを観たがる女もいるんだ」


言いながら自分の初デートを思い出す。

誰とは言わないがもちろんあの女だ。


「そ、それは一部の特殊な人だけだから!とにかくプリキ○アはなし!」


胸の前で×を作って嫌なことをアピールする璃子。

そこまで嫌がられては仕方ない、今度1人で観に来よう。


「分かった、プリキ○アはやめる。他にはなにがやってるんだ?」


現在公開されている映画の一覧を眺める。

そこで俺はプリキ○アに次いで気になるものを見つけた。


「璃子、ゴ○ラやってる!ゴ○ラ観ようぜ」


「待って、それってプリキ○アとなにが変わったの?ゴ○ラとかプリキ○アと同じくらいデートに向かないよ?」


「なに言ってんだよ?ゴ○ラだぞ?世界のゴ○ラだぞ?」


「あのね、デートでゴ○ラを観たがる女の子はいないんだよ?」


「残念ながら璃子、デートでもゴ○ラを異常なほどに観たがる女はいるんだよ」


もちろんあの女である。


「じゃあ逆に聞くけど璃子は何が観たいんだ?」


「わたしはやっぱり恋愛モノかな。薄暗い中でそっと触れ合う手、キスシーンに合わせるように2人の唇と唇も…きゃっ」


両手で頬を挟むようにしていやんいやんとくねくねする璃子。

側から見たらただの変人だ。

俺はくねくねする璃子の両肩に手を置き、璃子の動きを止める。


「璃子、アドバイスしてやるからよく聞け。デートでは恋愛を観るのだけはやめた方ががいい」


「お兄ちゃん、いくらプリキ○アとゴ○ラを否定されたからって、デートの鉄板である恋愛映画を否定するのはダメだよ」


「確かに、デートいえば恋愛映画というのは割とみんな持っているイメージだろう。でもな、実際に恋人と2人で恋愛映画を観るとあまりの気不味さに思わず帰りたくなる。割と本気で」


璃子が俺の迫力に息を飲んだのがわかる。

無理もない、なにせ俺の体験からくる話なのだから説得力もあるはずだ。

しかも俺の場合スクリーンを出た後に彼女は鼻で笑った。

それ以来恋愛映画はいろんな意味でトラウマしかない。


「そういうわけでここはプリキ○アかゴ○ラにしておいた方が間違いないと思うんだけどどうだろう?」


「それだけは絶対ヤダ」


結局俺たちは間をとって名探偵コ○ンを観ることになった。

いやぁ、やっぱりコ○ンは安定だ。

迫力のあるアクション、脳を揺さぶる爆発音、クライマックスは終始アドレナリンが出っ放しだった。

特に今作は適度にラヴシーンがあったため璃子も満足だったようだ。


「で、次はどうするんだ?って時間的に昼飯なんだろうけど」


「そうだよ、この辺りに美味しいって評判の店があるの」


と言われて連れてこられたその店は、外装がお洒落なイタリアン。

店からは確かに美味しそうな匂いが漂ってきて程よく空いた腹に響いた。

が、


「めっちゃ並んでるな」


表の看板には50分待ちと書かれている。

流石にそんな時間このいい匂いのする場所で待機するのは厳しい。


「こ、こんなはずじゃなかったのに…」


璃子は俺の隣で沈んでいた。

その目には光るものが見える。

まあデート初心者にありがちないミスだろう。

人気の店は予め予約を取っておかないと、なかなか入ることは難しい。

それも今はちょうど昼時でみんなご飯を食べるために行動している。

つまりこの状況は璃子の見通しの甘さが招いた事態なのだ。


「せっかくのデートなのに…こんなチャンスもうないかもしれないのに…」


隣で未だに沈んでいる璃子。

しょうがない。ここは兄が一肌脱いでやろう。


「璃子、移動するぞ」


「…え?お兄ちゃん?」


璃子の手を引き店の前から移動する。

実は俺も前に同じミスをやらかしたことがあった。

だから璃子の気持ちは分からなくもない。

それに、だからこそこの時間でも空いている店を俺は知っていた。


「へいらっしゃい」


引き戸を開けると腹を刺激する香りと共に野太い声が飛んできた。


「お、お兄ちゃん?ここって…」


「ラーメン屋だ」


「ら、ラーメン…」


言いたいことは分かる。

デートでラーメンとか俺だって舐めているとしか思えない。

少なくとも俺が女の立場で男に連れてこられたら間違いなく文句を言う自信がある。


「親父さん、醤油ラーメン2つ」


「あいよ!醤油二丁!」


カウンターに陣取って禿頭にタオルを巻いた店の親父に注文を伝えると、俺は璃子へ向き直った。


「今回のは混むことを想定してなかった璃子のミスだったな」


「うん…」


失敗をまだ引きずっているようで表情が暗い。

全く、デートだって言うのならせめて楽しんもらわないと困る。


「璃子はデートの意味を勘違いしている」


「勘違い?」


「そうだ、別にデートっていうのは恋愛映画を観ることでもお洒落な店で飯を食べることでもないんだ。ただ2人で同じ時間を共有することにこそ意味がある」


「2人で同じ時間を共有…」


なんて言ってみたけれど、こんなの人からの受け売りだ。

けれど、どうやら今の璃子には特効薬だったらしい。

何度も頷いて納得していた。

しかし___


「それ絶対お兄ちゃんの言葉じゃないでしょ?誰の言葉?」


普通にバレてた。

まあ俺の性格を考えれば分かることだよな。

自分でも似合わないと思ってるし。

だからそんなジトッとした目で睨まないでくれ。


「そうだ、前に来たことがあるけどここのラーメンは美味いんだよ」


「そうなんだ」


多少強引だったが話をそらすようにラーメンの話題に切り替える。

璃子も気持ちを切り替えるかのように深くは追求してこず俺の話に乗っかった。



「あざっしたー!」


店員の野太い声を背に店を出る。

それからもスムーズにことは運べず、あっちで躓きこっちで躓きだったが、なんかと無事に今日の予定を終える事ができた。

流石に最後のホテルだけは却下させてもらったが。

璃子は再戦に燃えていたが、悪けどもう付き合う気はない。

今日だけでもあちらこちらから嫉妬や品定めの視線を浴びせられていた。

注目されることの苦手な俺にとっては地獄そのものだった。

今度デートする時はちゃんと彼氏として欲しいものだ。


「それじゃあデートは概ね成功だったということですね」


「バカ言え、失敗だらけだよ。まあ今回の経験が今後本番で活かされるのなら俺の苦労も報われる」


リビングのテーブルに向かい合う梓がニヤニヤと気持ちの悪い笑みを向けている。

どうにもイラッとくる顔だ。


「でも兄さんも楽しめたみたいで良かったです。最近の兄さん、難しい顔ばかりしてましたか」


「…そうか?」


「はい、これでも心配してたんですよ?わたしも璃子も」


そう言って疲れて寝ている璃子の部屋へ視線を向ける梓。


「兄さんは不安とか悩みをわたしたちには打ち明けてはくれませんからね。今回のデートも単に璃子の我儘ってだけではなく兄さんのリフレッシュも兼ねていたんですよ?」


「妹のくせに気にし過ぎなんだよ。2人共」


「妹だからこそですよ。家族ですもの。心配くらいします」


ぷくっと頬を膨らませながらジロッと睨まれる。

しかし全然全く怖くはなく、むしろ可愛らしく映った。


「兄さんになにがあってなにを悩んでいるのかは分かりませんが、兄さんにはわたしたち姉妹が付いていることを忘れないでください」


梓に言われずとも忘れたことなんて一度もないさ。

俺が1人でいられるのは2人がいてくれるからだ。

2人がいてくれるからこそ俺は『独り』ではない。


「あぁ、しっかり覚えとくよ」


そのことをもう一度胸の深くに刻みつけ、俺は梓に頷いたのだった。

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