第9話

球技大会の翌日、朝からクラスの様子は賑やかだった。

なぜかみんな一様に昨日の話をしている。

いや、それ自体は不自然でもなんでもないのだが、どうにも内容は球技大会のことだけではないようで、言葉の端々から『打ち上げ』なる言葉が聞いて取れた。

え?なにそれ聞いてない。

まあ聞いていたとしても行かなかっただろうから別にいいのだけれど、これでようやく昨日真代が残した言葉の意味を理解した。


「あの後みんなで打ち上げだったんだな」


それが答えだ。

で、この様子では誘われていないのは俺だけのようで、みんながみんな昨日の打ち上げの話で盛り上がっていた。


「おっす辻野!」


「おはよう辻野くん」


どうやら辻野が登校してきたらしい。

辻野は昨日の球技大会で一躍クラスのヒーローとなってしまい、登校すると同時にクラスメイトたちに囲まれていた。

そんな光景を眺めていると、いよいよ自分も1人に戻る決意を固めなければいけないかと思い始める。

もしも中等部でも球技大会なんて行事があったのなら、多分もっと早くに俺たちの関係は終わっていたはずだ。

思えば意外に長い夢だった。


「おはよう高宮くん」


辻野を囲む集団から目を離すと、いつのまにか机に正面に真代が立っていた。


「…いつからそこに?」


「高宮くんが席に着いてすぐね」


「ほぼ最初からいたと」


「まあそういうことになるわ」


しかしおかしい。

いつも真代は教室に入るなり今の辻野のように囲まれているはずなのだけれど、今日は周りに取り巻き1人いなかった。


「辻野くんがいい感じにスケープゴートになってくれたわ。辻野くんがみんなを引き付けていてくれるおかげで私はこうして自由の身になっているというわけ」


真代が俺の心を読んだかのように言う。

もしかしたら本当に読まれてないかとも思えるほどにクリティカルだ。


「高宮くんは顔に出やすいのよ。それよりも私たちにはもっと真面目な話があるはずよ」


「真面目な話…?」


ゴクリと固唾を飲む。

俺と真代の間で真面目な話というと、どうしても身構えてしまうのだ。


「えぇ、せっかく他に人がいないのだもの。ちょうどいいと思わない?」


「…そうだな」


周囲を見渡しても俺たちに注目している人は誰1人いない。

真面目な話をするなら今しかない。


「この際はっきり聞くわ、高宮くんの今一押しのラノベを教えてくれないかしら?」


「あぁ、そうだな……ん?今なんて言った?」


「はぁ、高宮くん少し時代遅れなんじゃないかしら?今時鈍感系主人公なんて流行らないわよ?」


「そうじゃなくて…真面目な話じゃなかったのか?」


今のシリアスな雰囲気でいきなりラノベの話とか空気を読まないにもほどがある。


「真面目な話よ。本当はあなたの家に行ってでも話をしたいのだけれど、あそこにはチワワに擬態したケルベロスがいるんだもの」


「お前ら人の妹にひどすぎないか?精々、万年発情したチワワだろ」


「あなた、少し見ないうちに随分とシスコンのなってしまったのね」


真代はドン引きと言わんばかりに顔を引き攣る。

いや、俺のどこがシスコンなんだ?

辻野の真代も揃って人のことをシスコンだなんて言うけど、これでも結構璃子のことは邪険にしてる気がするんだが?


「まああなたの惚気はどうでもいいの。とにかく私はとても真剣に、真面目に誰かと意見交換をしたいの」


「ネット民じゃダメなのか?」


「ダメね。あのクズ共とはどうしたって意見が合わないわ。どうして私が邪道だって罵られなきゃいけないの!おまけに◼️◼️◼️◼️だとか◼️◼️◼️だとか匿名で顔も分からないからって人のこと散々好き勝手罵ってくれて…。リアルで会ったらぶっ殺してあげるわ」


その瞳に殺意を乗せて窓の外を睨みつける。

そうだ、これでこそ真代優姫という女だ。

口が悪くて暴力的で冷徹、そしてどうしようもなくコミュ障。

それが本来の真代優姫だ。

今みたいにいつもニコニコしていて人と仲良く話ができる真代なんて偽物だ。


「まあそんなわけで、私に残された選択肢は私のかつての同志、考えが似ているあなたしかいないというわけよ」


「結局は消去法かよ…」


「端的に言えばそういうことになるわね」


あっさりと認める真代。

しかしこれでようやく真代があんなに必死になっていた意味がわかった。


「でも流石に学校でオタ話に花を咲かせるのはリスキー過ぎる」


「そこなのよね。いつ邪魔が入るか分からない以上警戒は解けないし、あまり大きな声も出せない。…どうにかしなさいよ」


「どうにかしろって言われても…」


っていうかなんで俺に丸投げなんだよ?

もう少し自分で考えてもいいだろう。

なんて言おうものなら、また面倒くさいことになりそうだし黙っておこう。


「さっき言ったわよね?あなたは顔に出やすいって」


どうやら言わずとも考えはお見通しだったみたいだ。


「じゃあ電話…は周りに聞こえる可能性があるし、チャットで話せばいいんじゃないか?」


「…そう思うのなら早くブロックを解除してくれないかしら?」


「…あ」


そういえばあの事故の後、真代を思い出さないようにチャットをブロックしたんだった。

完全に忘れてた。

言われてスマホを取り出し、チャットアプリを立ち上げると真代が横から覗いていた。


「おい、プライバーって知ってるか?」


「舐められたものね。私はあなたよりも成績はいいのよ?そのくらい知っているに決まっているでしょ?」


知っててやってるとしたら余計にタチが悪い。

と俺が思っているのも承知で真代はやっているんだろう。

くそっ!


「友達6人…。しかも辻野くんと椎葉さん以外は全員家族って…」


「その2人も近い将来俺の友達一覧から消えることになるだろうけどな。…あ」


しまった、また真代を不機嫌にさせるようなことを言ってしまった。

恐る恐る真代の様子を伺うと、なにか言いたそうにしながらも堪えていた。


「今はいい気分だから今のは聞かなかったことにしてあげる。感謝しなさい」


「ありがとうございます」


素直に礼を言っておく。

今のは確かに俺の失言だった。

少なくとも俺のこういう発言を嫌う真代の前で言うべき台詞ではない。


「で、解除はしてくれたのかしら?」


「あぁ、ほら」


試しにメッセージを送ってみる。


「『友達ではないユーザーからのメッセージです』とあるわね。危険だからブロックしないと」


「なんでだよ」


「冗談よ」


鼻で笑うとスマホを操作する真代。

多分友達追加してくれたのだろう。


「それじゃあ後でまたメッセージを送るわ。既読無視なんてしようものならあなたの学校生活は終わったものと思いなさい」


そう言い残して真代は機嫌良さげに俺の席を離れていった。

そして俺の送った『またよろしく』のメッセージは既読無視に終わってしまったのだった。


「するなって言いながら自分はやるんだもんな」


真代らしいといえばらしいのだろうけど、多分クラスの誰に言ってもこんな真代は信じてはくれないだろう。





「なぜ…こうなった?」


俺の隣に座るのは何を隠そう我がクラスのアイドルこと真代優姫だった。

真代は背筋をピンと伸ばし、模範的な姿勢で授業を受けている。

そう、全ては1時間前。

ホームルームで行われた突然の席替えがきっかけだった。



「それではこれから席替えをします」


1時間目のホームルームで担任の城島きじま先生(27)が宣言した一言が教室を沸かした。

文句を言う人、喜ぶ人、どうでも良さそうにしながらそわそわする人、と三者三様な反応。

俺はどちらかといえば文句を言う側の人間だった。

今のこの席は出席番号順になっており、そのおかげで辻野と前後の席になっていられる。

しかし席替えをしようものなら、俺はいきなり360°知らない顔で囲まれてしまう。

それは嫌だ。

絶対に嫌だ。

とはいえ城島先生が宣言してしまった以上文句を言ったって始まらないのもまた事実。

このクラスがどうやって席を決めることになるかは知らないけれど、いい席になることを願う他にない。


「それでは城島先生がクジ引きを作ってきたので、1人づつ引いてもらいましょうか」


クジだった!

クジは100%運の勝負になる。

城島先生が黒板に教室の縮小図を書き、机ごとに番号を振っていく。

つまり引いた番号の席に移動になるということだろう。

これは厳しい勝負になりそうだ。


「それでは出席番号順に引いていってくださいね」


城島先生の号令で一番から動き出す。

俺の番号は19番。

まだ順番は回ってこない。


「おい高宮、すごい汗だぞ?大丈夫か」


「大丈夫かだって?もちろん大丈夫じゃない。想像してみろ、隣になった女子が俺の隣が嫌すぎて本気で泣き出したらどうする?俺は軽く死ねる自信があるぞ?」


「どんだけ卑屈なんだよ。そんな漫画みたいな展開有り得るもんか」


「はっ、流石に昨日の球技大会のヒーロー様は言うことが違う」


「な、なんか高宮キャラおかしくなってないか?」


「そりゃ辻野みたいにモッテモテな男はあがっても黄色い悲鳴だろうさ。でも俺みたいな人種は違う。無視されるだけならまだマシだ。舌打ちされるかガチの悲鳴か泣かれるかだ。お前にゃこの気持ちは一生分からんだろうさ」


「お、おう…なんかすまん」


ようやく俺がどれだけ危機的状況なのか分かってもらえたらしい。

望むのは廊下側の橋の列、その一番後ろの席だ。

これなら少なくとも隣が1つ潰れる上に後ろもいない。

しかも廊下側なら帰る時にすぐに帰ることもできる。

そんな俺のターゲットの番号は40番。

そして未だ引かれておらず、俺の引く番まであと4人。

俺の番までに引かれさえしなければチャンスはいくらでもある。

そしていよいよ俺の番。

40、40404040404040。

頭の中で何度も何度もイメージする。

そう、イメージするのは常に最強の自分。

真の決闘者デュエリストが引くカードは全て必然なのだ!

俺のターン、ドロー!

その選ばれたカードに書かれていた数字。

それは_____。


21番


俺のライフは一瞬で0になった。


え?なに?教壇の真正面?

よりにもよってなんで教壇の真正面?

こんなところでも物欲センサーって反応するの?


「ははっ、高宮お前21って一番前じゃねぇか。ドンマイ」


辻野がなにか言っているが無視だ無視。

でもよく考えてみればそうだよな。

半分減ってもまだ全部で20枚残っていたんだから、むしろその中でピンポイントに40を狙うとか無理があった話なんだ。

だからって教壇の真正面というのも確率的にはどうかと思うけど、引いてしまった以上諦めるしかない。

そうだ、大人になろう。


「40?お、ラッキー。一番後ろ」


……。

…辻野殺すべし。


「どうした高宮?そんな親の仇を見るような目で」


「辻野、お前を交渉といこう」


「なに急に?っていうか誰だよ?」


「お前の持っているそのカードと、俺の持っているこのカード。交換してやくれないか?」


「え、無視?カード?あー、もしかして席を変わって欲しいってことか?それなら別に____」


「いや待て、そう結論を急ぐことはない。なにタダでとは言わんさ。俺のカードがお前のカードと釣り合っていないことくらい俺だって分かっている。だから代わりにお前の望む物をくれてやろう。金か?地位か?それとも権力か?さぁ、望む物を言ってみろ」


「…じゃあ権力で」


マジか。


「そ、それは流石に今すぐってわけにはいかないから、ちょっと恋海さんに確認してからでもいいか?」


「いや冗談だぞ?」


……。

調子に乗って滅茶苦茶言ったけど、今思うと頭がおかしいとしか思えないな。


「っていうか恋海さんって生徒会長だよな?知り合いなのか?」


「あぁ、でも知り合い程度の関係だけどな」


「お前あんまり人と関わらないくせに、関わる相手は大抵大物だよな」


あの人が大物?

…大物?


「高宮、ほら」


そう言って辻野が紙切れを寄越してくる。


「なんだ?ゴミ捨てて来いってか?」


「違ぇよ、さっきの今でなんで分かんねぇんだよ?席変わるんだろ?」


「…神か」


「あん?なんで俺拝まれてんだ?」


こうして俺は神____辻野から席を変わり受け、念願の40番を手に入れることができた。

そして全ての席が決まり終えて席を移動させたわけなのだが______。


「よろしく高宮くん」


「…どんな確率だよ」


たったひとつしかない隣の席へやって来たのはどんな偶然か、はたまたなんの因果か真代だったのだ。

そして今に至るわけである。


「…なに?さっきからこっちをじっと見つめて。気が散るじゃない」


「いや別に」


真代に注意されて前を向くが、黒板に書かれた文字列わ全く理解できなかったので諦めた。

特にやることもなく机に突っ伏して目を閉じる。


おやすみなさい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る