第8話
大盛況な球技大会も一旦休憩。
今から昼休みである。
「高宮さま、ようやく見つけましたわ」
「椎葉、どうした?」
ニコニコと嬉しそうに駆け寄ってきた椎葉の手には風呂敷に包まれたお重箱のようなものが抱えられていた。
「えぇ、高宮さまさえよろしければお昼をご一緒にと思いまして」
「そんな事ならお安い御用だけど、いいのか?他の友達と一緒じゃなくて」
「心配はご無用ですわ。他の方とはまた他の時でいいのです。今日はもう高宮さまと決めましたから」
「それって俺が断ったらどうなってたんだ?」
「その時は1人寂しく校舎の裏で頂いていたところでしょう」
ポツンと1人喧騒とは離れた校舎の裏で昼食を摂る椎葉の姿を思い浮かべる。
サラッとなんでもないことのように言うけれど、この誰かと一緒が当たり前という空気の中で1人なのは素人には結構キツイことだと思う。
「そうか…そこまでの覚悟を持って…」
断らなくてよかった。
俺はまだ1人には慣れているけれど、椎葉を1人にさせるわけにはいかない。
「冗談ですわ」
「…は?」
「冗談ですわ。本当は高宮さまに断られたのなら他の友人とご一緒しておりました」
さっきまでの深刻そうな表情とは打って変わってケロッと告白する椎葉。
頼むから冗談だって分かりづらい冗談はやめてくれ…。
「ふふ、わたくしの演技力もなかなか捨てたものではありませんね。少し本気で主演女優賞というものでも狙ってみましょうか?」
「いや流石にそれは冗談だって分かるぞ?」
「え?」
「…え?」
まさか今度は冗談じゃなかったのか?
「2人してなにやってんだよ?」
椎葉と首を傾げあっているとそこに声がかかる。
「あらあら、海洋微生物如きがなんの御用でして?」
「お前海洋微生物に謝れ!それ以上に俺に謝れ!」
「そうでしたわね。こんな男と一緒にされては海洋微生物が可哀想でしたわ。失礼致しました」
海洋微生物こと辻野はまだなにか言いたげだったが、椎葉からこっちへ向き直った。
「高宮、お前昼はどうする?」
「一応椎葉に誘われてる」
俺が言うと辻野は椎葉へ憎々しげに視線を送る。
当の椎葉は気にした様子もなく、勝ち誇ったような笑みを辻野へ向けていた。
「悪いことは言わない。今からでも俺に乗り替えろ。お前はこの女狐に騙されているんだ」
「女狐だなんて失礼な方ですわね。わたくしは高宮さまを騙すつもりなどプランクトンほどにも御座いませんわ」
「まだそのネタ引っ張るのか!?いい加減海洋微生物から離れろよ」
あれ?俺さっき椎葉に騙された気がするんだけど、それは気のせいだったか?
まあ冗談と嘘は紙一重だし、あれはあくまで椎葉なりのお茶目な冗句として受け取っておこう。
「ま、わたくしの方が先だったのですから、あなたは1人寂しく校舎裏で食べていなさいな」
「そりゃこっちのセリフだ。俺は高宮のダチなんだから高宮と飯を食うのは当然の権利だ」
「なにを仰いますか?わたくしこそが高宮さまの真の友人。つまりあなたよりもわたくしの権利の方が格上ですの。第1あなた如きが高宮さまの友人を名乗るなんて100年_______いえ、100万年早くてよ?」
「なんだと?」
「なんですの?」
ホント飽きないよのこの2人は。
いつものオチがついたところで俺が3人で食べようと提案しようとした時だった。
「あら、楽しいそうな話をしているのね」
背後からかけられる声。
なんとなくそんな気はしていたけれど、まさかホントにさっきの今で来るとは。
「良ければ私も混ぜてくれないかしら?」
振り返ると、アイドルのような眩い笑顔を貼り付けた真代が自分の弁当箱を持って立っていた。
「おいおい、お姫様みたいな階級上位者が俺らみたいな階級弱者になんの御用で?」
辻野は言葉こそおちゃらけたような軽い感じではあるけれど、どうみたって喧嘩腰だった。
「階級弱者だなんて辻野くんは冗談が上手ね。あなたこそせっかくの女の子たちからの誘いは全部断ってしまってよかったの?」
「俺、特定の女の子とは仲良くしないようにしてるんだ」
「ふふっ、清々しいほどに女の敵ね」
ゾワゾワと全身の毛穴が逆立った。
俺の知ってる真代はあんな風にはお淑やかに笑わない!
ホント誰だよこの女?
「それに“お姫様”と言うのなら私なんかよりもよっぽど似合う子もいるようだけど?ねえ?椎葉さん」
「はて、一体どちらの方のことでしょうか?」
「さぁ?私からはなんとも言えないわ」
分かっていてわざとすっとぼける真代。
にこやかに言ったって取り用によっては完全に挑発行為だ。
なんでそんな喧嘩を売るような真似するんだよ?
「それで、結局なんのようなんだ?まさか俺たちに混ざって飯が食いたいなんて言わないだろうな?」
「そのまさかよ?私はあなた達とも親交を深めたいと思ってるの」
「親交を深めたい…ですか」
「俺たちとも…ね」
「そうよ。もちろん高宮くんともね」
ノーコメントだ。
俺に振るなと言わんばかりに視線を逸らす。
「悪いな、俺らはダチ同士で食うことにしてるんだ」
「そうなの?でもそれなら尚のこと私にも混ざる権利はあるんじゃないかしら?ねえ高宮くん」
だからなんでそこで俺に振るんだよ?
楽しんでるだろ?
この女俺が困るのを見て絶対楽しんでるだろ?
「おいおい、どういうことだよ?」
「そうですわね。その理由を是非お聞かせ願いますわ」
「いいわよ。別に勿体ぶることでもないし。私と高宮くんは友達になったの。ついさっきね。友達の友達と_____ましてや同じ教室に机を並べて学ぶクラスメイトと仲良くしたいと思うのはなにかおかしいかしら?」
「いいや?真代ちゃんは正しいぜ?ただ、高宮と友達になったってところはおかしいだろ?」
「この男と意見が重なるのは遺憾ですが、わたくしもそう思いましてよ?」
辻野と椎葉の指摘に真代は数秒考えるような振りをして口を開く。
「心配ない。真代の言うことは全部本当だ」
が、真代が声を出す直前に俺は口を挟んだ。
これ以上は真代がどれだけ言っても無駄だと判断したからだった。
「本当ってお前……まあ高宮がいいのなら俺から言うことはないな」
「…ですわね」
2人して剥き出しにしていた敵意を引っ込めた。
「それより早く食べないと時間なくなるぞ?」
時計を見れば昼休みも残り30分を切っていた。
50分は休み時間が設けられているはずなで、およそ20分以上も無駄にしてしまったようだ。
というような流れで俺たちはいそいそと弁当を広げた。
辻野の弁当は相変わらずの肉、肉、肉。
野菜なんてものは必要ないと言わんばかりの男弁当だった。
椎葉の弁当はどうやら俺へのお裾分けが込みらしく、重箱3段。
辻野の弁当とは対照的に色とりどりなバランスの取れた弁当だ。
ただあまりに量が多いため4人で少しずつ貰うことになった。
そして真代の弁当は手の平に収まるほどの小さな弁当箱におにぎりと申し訳程度のおかずが2、3種類。
そういえば2年前から弁当箱が変わっていない。
相変わらずの少食のようだ。
「高宮くん、さっきはフォローが少し遅かったんじゃないかしら?」
椎葉のが分けてくれた弁当を突いていると真代が恨みがましそうにこちらを睨んで言う。
「あれはむしろ真代のためを思って敢えて口を挟まなかったんだ」
「私のため…ね?」
訝しげな視線を俺に送ってくる真代。
絶対に信じてはいない目だ。
まあ確かに嘘だけど。
「あぁ、ほら真代さっき2人とも仲良くしたいって言ってたろ?だから親交を深める手伝いをしてやったんだ」
「あらそう?それは感謝しなくちゃいけないわね」
そう言って目の笑っていない笑顔を浮かべる真代の表情からは『あとで覚えていなさい?』と怒気とも殺気とも或いはその両方とも取れるほどに迫力がある。
「あぁ、存分に感謝してくれ」
俺もお返しとばかりに最上の笑顔を作ってやる。
まるでいつもの辻野と椎葉みたいだななんて心の中で思いだし、不意に可笑しくなった。
球技大会も佳境に差し掛かった。
ウチのクラスは準決勝も順調に勝ち進み、そして決勝戦まで登りつめ、更には今上級生チーム相手に一点差で勝っていた。
「今年の1年はスゲーな」
「っていうかあいつ1人がスゲー上手いって感じだよな」
もちろんその『あいつ』とは辻野のことだ。
っていうか先輩方、スゲースゲーしか言ってないけど語彙力ないのか?
「まあ実際スゲーよな、辻野は」
勉強はイマイチではあるけれど、スポーツに関してはなにをやらせても人並み以上にこなすことができる天才だ。
なんでそんな奴が俺なんかの友達になろうなんて思ったのか未だに分からない。
本人に聞いてみたところで、『ダチになるのに理由なんているのか?』なんて素で返ってきそうだからな。
でもいつかきっと離れていく。
いつか夢は覚め、1人という現実に引き戻される日は必ずやってくる。
それが7年後なのか、それとも3年後なのか、はたまた1年後なのか。
少なくともそう遠くない未来の話。
2人は俺にとって大切な友達であるが、同時にいずれは全く別の人生を歩むであろう他人でしかないのだ。
だから俺はせめてこの夢が少しでも長く続くことを願う。
そしてその日が来た時は1人ひっそりと忘却の彼方へと消え失せよう。
球技大会の結果は惜しくも準優勝に終わった。
辻野の頑張りによって途中までは勝っていたのだが、流石の辻野も体力の底がつき、そこから上級生チームに逆転負けを受けてしまった。
だがクラスの雰囲気は盛り下がることはなく、むしろ辻野を讃えるように盛り上がった。
「彼は私を階級上位者だと言ったけれど、これで彼も晴れて階級上位者ね」
隣からの声に振り返るとそこには俺のよく知る真代が一歩引いたような視線で盛り上がるクラスメイトたちを見ていた。
「まあ彼の場合は元々クラスに馴染んでいたし、当然の結果と言えるわね」
ここからでもクラスメイトたちと楽しそうに笑う辻野が見える。
いい顔だ。
「知ってたさ。辻野も椎葉も俺には勿体無い友達だ。いや友達っていうのは対等な存在のはずだ。つまり2人に貰ってばかりの俺に彼らの友達を名乗る資格は無いんだろう」
「その通りね。あなたは2人の友人であるためになにも努力をしていない。あなたは諦めているのよ。自分の可能性を棄てている。どうせ自分なんてなにをやってもダメなんだと諦観している。それじゃいつまで経っても2人には並べないわ」
真代が感情の込もっていない平坦な声で俺を叱責する。
正直図星すぎて全く反論の余地がない。
いつだってそうだった。
真代はいつだって正しい事しか言わない。
そして俺はいつだって間違えるのだ。
「いいんだよ。俺は2人が友達だと言ってくれている間だけの友達でいいんだ。それ以上を望む気は無い。たとえ将来2人が俺を忘れてしまったとしても、俺は今のこの思い出だけで一生満足できる」
「とてもあなたらしい考え方。でも、個人的にはあなたのその考え方、大嫌いだわ」
声に怒気が孕むのが感じられる。
そう、まるで2年前のあの日のように。
「あなたはいつも自分のことしか考えていない。あなたの行動や言動で周囲の人間がどう思うのか、どう感じるのかを一切考えない。まるで自分のことなんて誰も気にしていないと思っているようなその考え方がどうしても私は嫌いだわ」
真代は言うだけ言うと長い黒髪を靡かせながら俺に背を向けて歩き出す。
まるでもうお前に用はないと言われているかのようだった。
「それじゃあ高宮くん、私はそろそろ帰るわ。集まる前に一度シャワーを浴びておきたいし」
「?」
アイドルモードに切り替えた真代がなにを言っているのかは知らないけれど、真代が帰ることにしたのだけは分かった。
「あぁ、気を付けて帰れよ」
「えぇ、それじゃあまた明日」
パンツが見えそうなほどに短くしたスカートを翻して真代は教室を出て行った。
それにしても『また』ってことは友達の関係は継続ってことでいいのだろうか?
疑問に思っても既に問いかけるべき相手はここには居ない。
俺もまた鞄を掴んで、誰にも知られぬように未だ沸き立つ教室を出るのだった。
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