第7話

「球技大会とか滅べばいいのに」


「高宮、それ去年も言ってたぞ?」


日陰で隠れるように休んでいる俺の隣へ、辻野が腰を下ろした。


「なんだよ、サッカーの切り札様がこんなところで油売ってていいのか?」


「今はちょうど試合がないんだよ。ちょっとは休ませろよ」


現在俺たちの所属する1年C組はエース辻野の活躍によって絶賛全勝中だった。


「高宮も参加したらどうだ?そんな端でコソッとサボってないで」


「俺の友達は辻野と椎葉だけだからな。ボールは俺との交友を断った。はっ、なにが『ボールは友達』だ。言った奴出てこい、ぶっ殺してやる」


「深い深い、闇が深いぞ高宮」


俺だって一度は頑張って参加した事もある。

だがボールは俺の思うようには動いてくれないし、なんなら攻撃までしてくる始末。

そんなのと友達になれる気がしない。


「でもほら、女子も結構応援来てくれてるし、ここで頑張って活躍すればモテモテだぞ?」


「辻野ってちょくちょく俺のトラウマ抉ってくるよな?」


恋愛がらみの案件は俺にとって割とトラウマであることは辻野も知っているところのはずなんだけどな。


「だいたい俺は俺を好きになるような女に興味はないんだよ」


「お、あいつのシュートスゲーな。ってなんか言ったか?」


「聞こえてないんならいいよ。それよりそろそろ時間じゃないか?」


「うわっマジじゃん。そんじゃちょっくらまた勝ってくるわ」


「勝つ前提なのがムカつくけどな。まあ頑張ってくれたまえ」


グラウンドへ走り去って行く辻野の背中を眺めながら思う。

やっぱりカッコイイよな、スポーツのできる男って。

辻野はサッカーだけでなくスポーツ全般を人並み以上にできるし、顔だってそれなりにカッコイイ。

それこそモテモテの素質は十分にある。

なのになんで彼女の1人もできないのだろうか?


そんなことを思っていた時だった。


「相変わらず協調性のない男ね。あなたは」


「真代か」


いつのまにか真代が隣に立っていた。

その手にはスポーツドリンクが2本握られている。


「女子の方はどうなんだ?」


「負けたわ。とっくの昔にそれは見事にね」


「そりゃ残念だったな」


「えぇ、残念ね」


……。

………。

間。

お互いなにを話すでもなく目の前で繰り広げられる白熱のゲームを眺めていた。


「そういえばあなた随分と普通に話せるようになったのね。最初は私の顔を見るたびに泣きそうになってたのに」


「別に泣きそうになんてなってない。それに1ヶ月も同じ教室にいれば慣れるだろう」


「あらそう?その割には一向にこっちを見ないわね」


「必要がないだけだ」


本音を言えば、俺はまだどんな顔で真代と話せばいいのか分かっていない。

真代の顔を見るたびに湧き出てくる罪悪感が消えることはきっと今後一生ないだろう。

それでもなんとか顔さえ見なければまともに話せる程度にはなった。

同じクラスになった時は不登校になろうかとも思ったことがあったが、怪我の功名だ。


「そういえばあなたはその…最近どんなアニメを観ているの?」


「……」


このシリアスな雰囲気になんて空気の読めない話をブッ込んでくるんだ

思わず振り返っちゃったじゃないか。


「なによその顔は?」


「いや、このタイミングでする話だったのか…と」


言いながら顔の向きをグラウンドへ戻す。


「仕方ないじゃない。私がこんな話ができるのはあなたくらいなのよ?」


「別にもう良くないか?真代は今やクラスの中心人物、クラス内カーストでいけば頂点に君臨する女子なんだろ?普通にオタバレしたって誰も引かないって」


「なにを言ってるの?むしろだからこそオタバレが致命的なのよ。バレればその瞬間今まで築き上げてきたものが一瞬で崩れ去るの」


まあ否定はしないけど。


「そんなことよりどうなの?最近は」


人が来ない今のうちにと思っているのか、やけに焦ったように聞いてくる。

こんな真代は随分と久し振りに見た気がする。


「なあ、その前にひとつ聞いていいか?」


「なによ?」


「俺たちってそんな気安い仲だったっけ?」


俺たちの中は2年前の夏に決定的に終わりを告げて俺たちは完全にとなった。

少なくともこんな気安く、まるでのように話をする関係ではなくなったはずなんだ。


「別にいいでしょう?確かに恋人としての私たちの関係は終わったわ。でも、だからって交流まで断つ必要はないと思うの」


なにを…言っているんだ?

お前は一体なにを言おうとしているんだ!?


「そうね、具体的には友達として関係をやり直さないかってことよ」


真代の言葉が頭の中をエコーのように響き回る。

友達としてやり直す?

なにを甘いことを言っているんだよ。

あの日俺を振ったのはお前だろ?

あの日お前を傷付けたのは俺だろ?

だから俺たちはお互いを好きなまま別れたんだろ?

なのに今更なにをどうやり直すんだよ?

なのに______


「どうして今になっていきなりそんな事を言うんだよ…?」


「タイミング的には悪くはないんじゃないかしら?お互いに時間を空けて少なくともこうして会話はできる程度にまでは傷が癒えてきている。それに簡単な話でしょ?他人から友達へ。友達から恋人へ。そして恋人から他人に戻り、私たちはもう一度からになるの」


まるで輪の中をぐるぐると回っているようだ。

関係を進めていたつもりでいても結局俺たちはスタートへ戻ってきただけで、なにも進んではいない。

俺たちの関係が閉じられた輪のようなものならばきっとその先に待つのは約束された破滅の未来だ。


それでも、どこかに真代の言葉を喜んでいる俺がいる。

頭では誘いに乗ってはいけないと理解している。

でも、心の奥底の封印したはずの2年前の俺が、また真代と関わりを持つことを歓迎している。


「あなたは人間関係に潔癖だからそういう反応をするわよね。別れたなら2度とか関わってはいけないって思い込んでる。でも世間を見れば、元恋人同士が普通に仲良くしているなんてことは普通によくある話よ。そして私たちに限ってそれが例外にならないという話でもない」


「じゃあ真代は俺がしたことを許すって言うのか?お前は俺を許せるのか?」


「許さないわ」


ぴしゃりと言い切った。


「でも、それはそれこれはこれ。私はあなたを許さない。あなたも私を許さない。それでも友達。それでいいじゃない」


「そんな関係…歪んでる」


「この世に歪んでいない関係なんてないわ。大なり小なりどんな関係も歪んでいるもの。あなたの妹さんとの関係だってそうでしょ?」


「っ!」


「兄は血の繋がらない少女を妹として愛し、その妹はお兄ちゃんと呼び慕いながら、そのお兄ちゃんを性的に愛している。それこそあなたのいうそのものなんじゃないのかしら?」


「…」


なにも言い返せない。

俺と真代が互いを許せないままに友達としてやり直すなんて歪んでいる。

でも俺にはそれを糾弾する資格なんてない。

少なくとも今の俺と璃子の関係を容認している俺には、真代に対して間違っているなんて間違っても言えなかった。


「本気…なのか?本気で友達としてのやり直すつもりなのか?」


「本気よ。不本意ではあるけどあなたの前が一番自分を飾らなくて楽だもの」


涼しげに言う真代だけれど、多分本音のところは本人の言う通りに不本意なはずだ。

それでも俺にそんな話を持ちかけてくるということはそれだけ仮面を被っていることが負担になっているということに違いない。

だったらそんなこと辞めればいいのにとも思うが、今更真代も引くに引けないのだろう。


「分かった分かった、今日この瞬間から俺たちはまた友達だ。それでいいか?」


「言い方が気に食わないけれど、ね」


相変わらずの減らず口だ。

だがそんな真代こそが、俺の知る真代優姫だった。

むしろ今のクラスでの真代は俺が知っている真代とは180°違う、もはや別人だった。


「それじゃあそういうわけで、これからよろしく。


「…っ、あぁよろしくな


皮肉のような真代の言葉に俺もまた皮肉で返す。

それは昔、俺たちが友達だった頃を思い出してのことだった。





「あれあれ?そこに見えるは高宮くんじゃないかい?」


「うわぁ」


真代がどこかへ行ったところで俺も移動するべきだった。

お陰で面倒な人に絡まれた。


「うわぁって…それはちょっと失礼なんじゃないかな?高宮くん」


「お願いですから今日のところだけは見逃してもらえませんか?恋海さん」


真代の相手をした後にこの面倒くさい先輩の相手をするのは流石にしんどい。

そんなことならまだ試合に出ていた方がマシだとも思える。


「なによー、そんな邪険にしなくてもいいじゃないのー。私と高宮くんとの仲じゃない」


「どんな仲ですか」


「次期生徒会役員と現生徒会長の関係」


「生徒会に入る気はないですよ」


「強情だな〜。もう諦めて頷いてくれればいいのに」


「絶対イヤです。あんまり目立つことは好きじゃないので」


「いいじゃんいいじゃん。目立てばモテるかもよ?」


「別にモテなくてもいいです」


頬絵を膨らませて不満を露わにする恋海さん。

到底高校3年生とは思えない。

小学生の子供かこの人は。


「今生徒会に入るって言ってくれれば、恋海お姉さんがいろいろサービスし・ちゃ・う・ぞ☆」


寒い…。

っていうか痛い。

この先輩は自分の歳を分かっているのか?

腰にシナを作り、唇に人差し指を当ててウィンクをする恋海さんへ、気付けば俺は冷ややかな視線を向けていた。


「………はっ」


「……」


俺の冷笑を受けた恋海さんが顔を耳まで真っ赤にしてプルプル震えだす。

やっぱりやってる本人も恥ずかしかったらしい。


「…こほん。で、なんの話だっけ?」


うわ、この人強引に話を逸らしにきた。

あれはもうなかった事にしたいらしい。

まあ俺も出来ることなら見なかった事にしたかったからちょうどいい。


「俺はこれで失礼しますって話です」


「あー、そうそう。高宮くんが生徒会に入ってくれるって話だ!」


「そんな話は1ミリたりともしてませんよ」


「その言葉はそのまま高宮くんに返そうかな」


「ははは、別に返してもらわなくて結構ですよ。生徒会入りを断ったお詫びとして受け取ってください」


「いやいや、返すから是非とも生徒会に」


「……」


「……」


「平行線ですね」


「平行線だね」


2人してバチバチと視線を交わす。

結局お互いに歩み寄る気がないのならこんな会話はいくらしたって無駄でしかないのだ。


「はぁ、しょうがない。今日のところは諦めてあげよう」


肩を脱力させながら恋海さんが言う。

この人は普段バカっぽくは見えるけれど、それでも生徒会長を務められるだけあって基本的に頭はいい。

これ以上の問答は無駄でしかない事くらい恋海さんも気付く。


「そのまま完全に諦めてくれれば嬉しいんですけど」


「明日は明日の風が吹くのさ」


どうやら完全に諦めてはくれないようだ。

いくら押されても俺は梃子でも動く気はないんだけど。


「そういえば高宮くんの妹ちゃん、結構凄いらしいね」


「凄いってなにがです?」


恋海さんは『知らないの?』と言わんばかりの目で俺を見た。


「璃子ちゃん、今中等部では彼女にしたい女子ナンバーワンの称号を得ているんだって」


「あー、なんかそういうのもありましたね」


俺が中等部にいた時にもそんな話題はあった。

なんでも毎年中等部中の男子全員に意見を募り、その中で一番人気の高かった女子が選ばれるとか。

ちなみに俺のところにそんなアンケートが来たことはただの一度もない。

ああいうのは基本的陽キャだけが参加できる行事なのだ。

俺みたいな隠の者に関わることが許されるイベントではない。


「しかもその話題性は他校にまで及んでいるらしくって、他の学校からわざわざ璃子ちゃんを一目見ようとせんがために校門で張り付いている人もいるとか」


「それは…確かに凄いですね」


そこまで行けばちょっとしたアイドルだ。

まあ璃子は普通にしていればそこいらのアイドルなんか目ではないほどに可愛いから仕方ない話ではあるのだろうけれど、兄としては妙な連中に付け狙われないか心配だった。


「まあ璃子ちゃんのファンクラブがガッチガチに守ってるから変な事にはならないと思うけど」


「え、ファンクラブとかあるんですか?」


「あるよ?非公式ファンクラブ。入会費2000円。月々は1500円」


「非公式なのに金取るのかよ」


「その方が民度は良くなるんだって。ウチの子も一応会員になってるらしいし」


「そりゃまた…」


まるで怪しい宗教団体だ。

っていうかその集めた金は一体どこへ消えているんだか。


「恋海さんトコの弟、そのうち怪しい壺とか買わされそうですよね」


「あはは…それもまた社会勉強ってことかな」


なんとも冷たい姉だ。


「恋海!ここにいたのか!」


ぷりぷりと怒りながらやって来たのは我らが副会長、橘先輩だった。


「突然いなくなるな。捜すこっちの身にもなってくれ」


「ごめんごめん、ちょっと見知った顔を見つけちゃって」


恋海さんがそう言うとようやく橘先輩が俺を確認した。


「おぉ高宮じゃないか。どうしたんだこんなところで」


「見学ですよ。俺基本戦力外なもので」


「そ、そうか?それは…ドンマイだ」


居た堪れないものを見るような視線を俺に送る橘先輩。

同情するなら金が欲しい。


「ってそうじゃない!恋海、お前は巡視もサボってなに日陰で涼んでいるんだ。早く仕事に戻らないと他の役員に示しが付かないだろ!」


「だって今日凄く暑いんだもん。こんなの5月の気温じゃないよ。夏だよ夏!」


「駄々を捏ねても仕事は減らないし、気温も下がらない。みんな同じ環境の中で頑張っているんだ諦めろ」


「ぶー」


不満タラタラという様子ではあるけれど、恋海さんは大人しく橘先輩の言葉に頷いた。


「それじゃあ高宮、ウチの恋海が邪魔したな」


「えぇ、今度からはちゃんとリードを着けといてくださいよ?」


「善処しよう」


「待って!?2人とも私に対する扱いがおかしいよ!?」


引きずるように橘先輩は喚く恋海さんを連行していく。

なんというか、いいコンビだ。

ふと視線をグラウンドへ戻すと、ちょうど今やっていた試合が終わったところだった。

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