第4話

「随分と仲良くなったな」


昨日はあれだけ口汚く罵り合っていたというのに、1つのベッドで背中合わせに眠る2人の妹たちを眺めると自然と頬が緩む。

あの後で一体なにがあったのかは知らないが、俺の行動はいい結果へ転がったようでなによりだった。

自分の可愛い妹たちが仲良く眠っている光景は見ていて微笑ましい限りだが、残念ながらそろそろ起こさなければ学校に遅刻してしまう。


「2人とも、朝だぞ」


璃子と梓に2人を交互に揺する。


「ぐへへぇ〜お兄ちゃんったら本当にエッチなんだからぁ〜」


「兄さん…そんなにおっぱい触りたいの?しょうがないなぁ…」


2人してなんの夢を見てるんだ?

マジで外ではそういう事絶対に言わないでくれよ?

でないと俺死ぬぞ?社会的に。

だがおかげで起こすことへの罪悪感がなくなった。


「さっさと起きろ!」


「「うぁいたっ!?」」


幸せそうな妹たちの側頭部へ容赦なくチョップを落とすと、2人は驚いたかのように飛び起きた。


「兄さん乱暴です…」


「ひどいよお兄ちゃん…もっと優しく起こしてよ。どうせなら優しいキスで起こして欲しかったな」


「あ?」


「あ、ごめんなさいごめんなさい!」


妹が2人に増えたことで朝の労力もまた2倍に増えたのだった。




昨夜もことである。


「まだ生きてるか?」


『息子からの電話の開口一言目が生存確認だなんてな』


「そっちが不穏なことを言うからだろ?」


確かどこかのお姫様を誘拐して指名手配されているというのが昨日の電話の内容だった。


『はっはっ心配しなくてもちゃんと生きてるよ。昨日の今日で少し進展があってな、今は王宮で接待を受けてるんだ』


昨日は指名手配で今日は王宮で接待か。

マジでなにがあったんだよ父さん…。


『それでお前のことだ。なにか用事があって連絡してきたんだろ』


「なんでそう思うんだよ?」


『あーよちよち、寂しくなってお父さんの声が聞きたくなっちゃったんだねぇ?』


「ぶっ殺すぞ」


『おいおい、父親にマジなトーンでそういう物騒なこと言うのやめろよな』


「そっちが気色悪いこと言うからだろ」


マジで吐き気がしたぞ。


『それで結局なんなんだ?』


「いや、実は梓が帰ってきたんだけどさ」


『マジで?もう帰ってきたのか。どんだけお兄ちゃんに会いたかったんだよ?妬けちゃうぞコラ』


『コラ』が実際には『ゴラ』に聞こえたんだけど?


「父さんが知ってるってことは梓が言ってることは全部本当だってことか」


『梓がなにを言っているのかは知らないけど、高校を卒業したのはマジだぜ。いやぁ、兄とは違って優秀な妹だな』


「あ?」


一言が余計なんだよ。


『怖い怖い、お前ちょっと見ない間にグレちゃったのか?お父さん心配だぞ』


「梓の言うことが本当だって分かっただけでも収穫か」


『ちょっと?無視は良くないよ?無視は』


「んじゃ父さん、またそのうち気が向いたら連絡入れるわ」


『おーい?聞いて?お父さんの話を聞い______』


ブツと音を立てて通話が切れる。

スマホを放り捨ててベッドに寝転んだ。

すると甘い香りが鼻をくすぐる。

そういえばさっきこのベッドでは梓が___。

黙って身体を起こすと、シーツをベッドから取っ払い窓辺に干す。

夜の空気はまだ冷たいがこうして干しておけばその内匂いも取れるだろう。

俺はシーツの匂いが取れるまでの間ゲームをしながら時間を潰すのだった。





学校に着くと俺へ集まっていた嫉妬の視線は完璧に無くなっていた。

中等部校舎へ向かった璃子が全部持って行ってくれたからだ。


「さて、」


俺は高等部校舎の前に立ち尽くし、自分の致命的なミスを悟る。

そういえば俺、昨日クラス分けの紙を見ていないから自分のクラスを知らないんだ。

まずい、これじゃあせっかく遅刻しないように登校してきたというのに結局遅刻じゃないか。


「通行の邪魔よ。遅刻したくなければついて来なさい」


なにもできず途方に暮れていた時、すぐ隣から声がかかる。

その声を聞いた瞬間、身体中も血液が沸騰したかのように体が熱くなった。

その冷たく突き放したかのような言い方、そして湧き水のように透き通る声。

俺は誰よりも知っている。


「優姫っ!?」


その名前を呼ぶと少し前を先行して歩いていた女子生徒が立ち止まり、こちらを振り返る。

その常になにかにイラついていようなムッとした表情、陶器のように白い日焼けを知らぬ肌、そして表情とは対比的になにに対しても無関心な瞳。

あぁ、間違いない。

真代優姫ましろゆうひだ。


「…優姫」


「馴れ馴れしく呼ばないでくれないかしら?私たちは友達でもましてや恋人でもない、ただの他人なのだから。そうでしょ?


優姫の____真代の言う通りだ。

俺たちの関係は一昨年の夏、決定的に絶望的に、修復不能なくらいに終わってしまった。

俺がバカだったから真代を傷付けた。


「分かったのなら10歩空けてついて来て。あなたのクラスまで案内してあげる。忌々しいことにあなたと同じクラスになってしまったわけだし」


忌々しい…か。

真代は俺を嫌っている。

俺自身が真代に嫌わせたから。

それでも俺は真代と久し振りに話せて、同じクラスになれてこれからの高校生活に少しだけ気分が高鳴るのだ。


優姫に続いて校舎を歩く。

外部から入学してくる生徒もいるためかやっぱり中等部の校舎とは違ってなかなかに広い。

そして教室の前に着く。

そこに掲げられたのは『1年C組』の立て札。

ここが俺のクラス。

教室のドアを潜るともう殆どの生徒が登校して、みんな思い思いに生活していた。

席に近い人と話している人もいれば1人でスマホのゲームに熱中している人もいる。

ふと視線を巡らせて真代姿を探すと、1つの席の周りに何人か人だかりができているのが目に入った。

そしてその中心には俺の知らない笑顔を向ける真代の姿。

真代が俺以外の誰かと話しているのを見るのは新鮮なようで寂しくもあり、俺はその場所から視線を外すと自分の席を探した。


幸い席順はまだ黒板に張り出されていたため自分の席はすぐに見つかった。

俺は指定された席へ鞄を置き、腰を下ろす。

ちょうど教室の真ん中に位置する俺の席は居眠りには都合が悪そうだった。


「高宮、おはよう」


真後ろからの声に振り返る。


「辻野かよ」


「また同じクラスだな」


気さくに笑うこの男は辻野正敏つじのまさとし

俺と同じく中等部からの進学組で、去年も一昨年も同じクラスで必ずと言っていいほど俺のすぐ後ろの席に陣取るという謎の宿命を背負いし男だ。


「昨日は入場の時に保護者席にお前がいてマジでビビったぞ?」


「驚いてもらえたようで俺も嬉しいよ」


「…驚いたといえばさ、アイツも同じクラスなんだな」


声をひそめて言う辻野の視線の先には未だに人集りに囲まれる真代の姿。


「大丈夫か?」


「大丈夫だよ、もうあれから2年近く経つんだぞ?もうなにも気にしちゃいないよ。真代も…俺も」


「そっか、ならいいんだ」


もちろん嘘だった。

真代はともかく、俺は本当はめちゃくちゃ動揺しているし、今も敢えて真代を見ないようにしている。


まあ辻野ともそれなりの付き合いだ。

多分俺が強がっているのはバレているだろう。

それでも辻野はそんな俺に気付かないフリをしてくれている。

ずっとボッチだった俺には勿体無いくらいいい友達だ。


「そういえば辻野がいるってことは当然椎葉も同じクラスなんだろ?」


椎葉というのは、辻野の幼馴染である少女で、フルネームを椎葉蓮乃しいばはすのという。

椎葉財閥のひとり娘で、かつては大名の家だったとか。

時代が時代ならお姫様と呼ばれている人物だ。

そして辻野と椎葉は今年に至るまで一度もクラスが離れたことがないらしい。

辻野に言えば『アイツとはただの腐れ縁だ』なんて否定するけれど、俺には運命の相手同士にしか見えなかった。


「えぇ、誠に遺憾ながら」


「なにしに来た蓮乃」


「高宮さまから呼ばれたような気がしましたので」


「呼んでねぇよ、さっさとどっか行け!」


噂をすれば本人がやってきた。

そしていつものように戯れる辻野と椎葉。


「もうさっさと付き合っちゃえよお前ら」


「高宮さまも奇なことを仰いますね。なぜわたくしがこのような男と恋仲にならねばならないのですか?このような頭の中が下品なことばかりで埋まっているような男はこちらから願い下げですわ」


「こっちだって、お前みたいな猫っ被りの陰湿腹黒女なんて願い下げだ。こんな女と付き合うくらいならまだ一生彼女できない方がマシだな」


「なんですって?」


「なんだよ?」


バチバチと睨み合う2人。

なんか昨日も似たような光景を見せられた気がするんだけど、流行ってんのか?


「それにどうせならわたくしは高宮さまのような殿方の方が好みですもの」


「はっ、お前と高宮じゃ全然釣り合わねぇよ。BL本ばっかり読んで到底人様に見せられないような笑い方するような奴が高宮に釣り合うわけないだろ」


「た、高宮さまの前でなんてこと言うのですか!?ぶち殺しますわよ?」


動揺してなのか椎葉の口が悪くなる。

っていうか椎葉って腐女子だったのか。

初めて知った。


「ま、まあBL本くらい気にししなくてもいいんじゃないか?俺だって百合ものの漫画とか読んだりするし」


「まぁ、まぁまぁまぁ!高宮さまはなんとお優しい。どこかのボンクラとは訳が違いますわ」


「ああ?誰がボンクラだ!」


「誰もあなたの事だなんて言っておりませんわ。それとも思い当たる節でもありまして?」


「なんだと!」


「…ぷい」


「この___」


再びヒートアップしそうになった時、ちょうどチャイムが鳴った。


「あら、もう時間ですわね。それではわたくしは席へ戻りますわ」


そう言うと椎葉は自分の席へ歩き去って行った。


「騙されるなよ?アイツ高宮の前では良い子ぶってるけど、本当はズボラで腹黒で性格が悪いんだ」


「いや、それは辻野に対してだけだと思うぞ?仲がいいからこその遠慮のなさってやつだろ。それだけ信頼されてるんだよ」


「鳥肌の立つこと言うのはやめてくれ。アイツは単に俺のことを見下してるだけだよ」


そうだろうか?

少なくとも俺には仲良し夫婦がいちゃついているようにしか見えなかったが。


「……」


「なんだよ?」


「いや、幸せそうで結構だって」


「は?どこが?」


「ま、そのうち気付くさ」


「?」


大切なものというのは失って初めて気付くものだと言うけれど、できれば辻野には失う前に気付いて欲しいものだ。


その後、俺と辻野の無駄話は担任と思われる女性が入ってきたことによって中断されたのだった。





「高宮、飯どうする?」


昼休みになると同時に後ろから声が掛かる。

言うまでもないが辻野だ。

この教室で俺に話しかけてくるのは男では辻野、女では椎葉だけだ。


「辻野、別に俺なんか放っておいて他のやつと食べてもいいんだぞ?」


「はぁ、春休みは明けてもそうやって率先して1人になろうとするところは相変わらずか」


「…そうか?」


辻野の言葉で胸にチクリとした痛みが走る。

特にそんな率先して1人になろうとは思っていないんだけれど…。


「自覚なしかよ。少し目を離しただけですぐ居なくなる」


「それは…」


思い返せば結果的にそうなっていたことは多々ある。

まあ確かに小学校の時も中等部1年の時も友達がいなかったせいで誰かと行動するなんてことがなかったからな、無意識にそういう行動を取っていてもおかしくはない。


「どうにも友達のいる生活に慣れなくてな」


「…そういう寂しいことをサラッと言うなよ」


俺の言葉に頭を抱える辻野。

別に慣れれば寂しいと感じることもないんだけどな。


「それで?なんの話だっけ?」


「昼飯をどうするかって話だ」


「なにをなさっていらっしゃるのですか?おふたり共」


「「うわっ!?」」


いつの間にその場にいたのか、俺たちのすぐ隣に椎葉が立っていた。


「蓮乃、俺たちの心臓止める気か?」


「っていうかなんの用だ?」


「なんの用かと問われましたら、高宮さまとお食事を共にと思いましてお待ち致しておりました」


「おい、俺を無視するな」


「…高宮さま、どうやら喧しい《《虫》》が飛んでいるようなので場所を移しませんか?」


「虫!?お前今俺のことを虫って言ったか!?」


「ツーン」


どうあっても辻野を無視する椎葉だが、やっぱり俺には仲良し夫婦が夫婦喧嘩をしているようにしか見えない。

というか椎葉って辻野と話している時が一番活き活きとしてるんだよな。


「まあなんだ、2人がいいのなら3人で一緒に昼飯にしようぜ?」


「はぁ、高宮さまが仰るのであれば致し方ありませんね。例えそこに甲虫類が混ざっていたとしても我慢致しましょう」


「蓮乃の言うこと引っ掛かるところはあるが、時間が勿体無いから気にしないでおく。いいぜ、高宮のためなら俺は例え腹黒狐がそこに居たって気にせず飯を食ってやる」


「なんですって?」


「なんだよ?」


バチバチと火花を飛ばし合う2人。

ホント仲がいいよなぁ。


その後バチバチとし続ける2人をなだめながらの昼飯となった。

2人とは流石に毎日一緒に食べているわけではないが、2年も付き合えばそれなりに食事を共にする回数も多い。

それでもやっぱり家族以外の人と一緒にご飯を食べるのは慣れなかった。


それはきっと、結局俺はあの日から俺はまだなにも変わったはいないことに他ならないのだろう。

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