第3話
ホームルームが終わり解散を宣言されると、生徒達は一様に璃子の周りを取り囲んだ。
こっちから見ていると璃子が若干イラついているのが分かるが、その理由も分かる俺は今の状況のおかげで大いに助かっている。
こうして見ていると、このクラスの子供たちの性格がよくわかる。
どうやらこの中では既にクラス内カーストが決まりつつあるようだ。
「恋海さんの弟はどれですか?」
「幸太?えっと、あれだ。ほら、一生懸命璃子ちゃんに近づこうとしてるけどなかなか前に入れさせてもらえてないあの子」
「あー、確かにいますね」
予想以上にイケメンだった。
なんと言うか、璃子がいなければこの瞬間最も注目を集めていたと思われるくらいにイケメンだった。
「恋海さんたちって姉弟揃っていい面してますね」
「なんでだろ?褒められてるはずなのに全然褒められてる気がしない……」
だって嫌味な上に妬みだし。
「高宮くんもそんなに悪い顔はしてないと思うよ?可もなく不可もなくって感じで」
「それ褒めてるんですか?」
「当然」
今のはどう聞いても褒めているようには聞こえなかったんだけど、俺がおかしいのかな?
「でも実際高宮くん普通にモテそうだよね」
「お世辞はいいですよ。自分が冴えない奴ってことは自覚してるつもりですから」
「そうかな?そんなことはないと思うんだけどな」
出たよ、女子特有の習性。
思ってもいないのに『モテそう』とか『カッコいい』とか男を勘違いさせるような事を平気で言う。
「じゃあ聞きますけど恋海さんは俺と付き合いたいと思いますか?」
「え?えっと…ごめんなさい」
「そういう事ですよ」
勘違いして下手に告ったりすれば大怪我を負うことになる。
だから女子が言うこの手の褒め言葉は決して信用してはいけない。
「うぅ…振ったのはこっちなのになんか悔しい」
「いや、勝手に振らないで下さい。むしろ恋海さんみたいなめんどくさい人はこっちから願い下げなんで」
「あの、私これでも一応先輩だよ?なんなら結構モテるんだよ?」
「知ってますよ?」
「余計質が悪い!?」
確かに恋海さんが美人であることは俺も認めるけれど、性格が俺とは合わない。
というか
「さて、子供たちは忙しそうですし帰りますか?」
「ん〜、私はこれから生徒会室に行かないと行けないんだよ。高宮くんも遊びに来る?お菓子くらいなら出せるけど」
「いえ、遠慮します。できれば璃子が解放される前に帰りたいので」
「そんな意地悪言わないで一緒に帰ってあげたら?」
「恋海さんは知らないんですよ。璃子の隣を歩くことの意味を」
集まる嫉妬の視線視線視線…。
そんな事を続けていたらその内鬱になる。
「そっか、じゃあまた別の日にって事でいいかな?」
「なにか企んでます?」
さっきからやたらと恋海さんが俺を生徒会室に誘ってくるのが妙に気になった。
「や、やだなぁ、なにも企んでなんてないよ?」
嘘だ。
絶対に嘘だ。
嘘なのは分かりきっているんだけど、今は一分一秒を争う状況だ。
これ以上恋海さんに付き合っている暇はない。
「分かりました。後日伺いますんで今日はこれで」
「うん!それじゃあまたね。……ふぅ、なんとか誤魔化した」
去り際に恋海さんが漏らした言葉が耳に入る。
いや、全然全く誤魔化せてないから。
明日からは極力恋海さんに近付かないように気を付けようと固く誓った。
家に着き鍵穴に鍵を差し込む。
しかし鍵が解除された感触がない。
もしかして鍵を掛けずに家を出たのだろうか?
今朝は璃子のおかげでバタバタしてたから可能性としては十分にあり得る。
そう思ったのも束の間、家の中からガタンと音が聞こえてきた。
「…マジで?」
璃子はまだ学校だし、父さんも母さんも帰ってこないはず。
だとしたら考えられるのは泥棒一択だ。
俺は極力音を立てないように、箒を片手に気配を消して自宅に侵入する。
未だに鳴り止まない物音はどうやら2階から聞こえてきているようだ。
そっと階段を昇り、音の場所へ歩を進める。
辿り着いた先は俺の部屋の前だった。
「選りに選ってなんで俺の部屋なんだよ」
右隣には璃子の部屋があり、左隣にも今は空き部屋となっている部屋があるというのに、どうしてピンポイントで俺の部屋なのか。
入るなら璃子の部屋の方がお宝は多いはずだ。
「ま、どっちにしても俺のやる事は変わらないんだけど」
俺はそっとドアノブを回し切ると、勢いよく部屋へ踏み込んだ。
「動くな泥棒!ウチに侵入したのが運の尽き!ぶっ殺してやる!」
「きゃっ」
自分でもなにを言っているのかよく分からなかったが、そんな事を叫びながら部屋の中の人影に箒を向けた。
「きゃっ…?」
突入時に聞こえた悲鳴がやけに可愛らしい。
そうまるで女の子みたいな声で…。
「に、兄さん…なんでっ!?」
聞き覚えのある妙に懐かしい声。
6年経ってかなり綺麗になったけれど、変わらない面影は確かに残っている。
そこにいたのは、ピンクのショーツが半脱ぎの状態で俺のベットの上で横たわる実の妹、
「いろいろ聞きたいことはあるけど、とりあえずは…おかえり」
「えへへ、ただいま」
にへらとだらしない笑みを浮かべる梓。
どうやら6年経っても相変わらずのようだ。
「それで、高校を卒業するまではアメリカで暮らしているはずの梓が、一体全体どうして日本にいるんだ?」
そう、俺の実の妹である高宮梓はとある理由によって6歳の時に単身アメリカへ留学しているはずなのだ。
「そんなの約束の条件を満たしたからに決まってるじゃないですか」
「…は?」
予想外の言葉に俺の思考が停止する。
条件を満たした?
それは…それはつまり
「高校を卒業したってことか?」
「はい、兄さんに会いたい一心で一生懸命勉強して、飛び級に飛び級を重ねてなんとか6年で高校を卒業できました」
「…本当に?」
「もちろんです。ほら」
そう言うと梓は1枚の分厚い紙を俺へ見せてきた。
そこにはなにやら英語の羅列。
読めはしないが、なんとなくそれがなんなのかは分かる。
「卒業証書です」
マジなのか…。
「そういうわけで高宮梓、6年ぶりに日本へ帰って来ました!」
ビシッと眩いばかりの笑顔で敬礼をする梓を前に俺は自分の頬を抓ってみる。
しかし、嬉しいかな悲しいかな普通に痛かった。
夢…じゃない。
梓は本当に帰って来たんだ。
「ところで1つ聞きたいんけど」
「なんですか?なんでも教えちゃいますよ?」
「俺の部屋でなにをしていた?」
「………」
さっきまでの太陽のような満開の笑顔が一瞬で真顔に変わった。
「そ、そうでした。わたしシャワーを浴びようと思ってたんです」
「おい待て、なんで逃げる?」
背を向けたその首根っこを掴み、逃走を阻んだ。
「わ、ワタシニホンゴワカリマセン」
「さっきまで流暢に喋ってただろ?」
どうしてそんなすぐにバレる嘘を吐くんだよ。
「なんでも教えちゃうんだろ?ほら教えてくれよ。一体俺の部屋でなにをしてたんだよ?ん?」
逃げられないと判断したのか、梓の動きが止まった。
「______ダメですか?」
「ん?」
「お、女の子がオナニーしたらダメですか!?」
「……」
まさかの逆ギレだった。
「だって仕方がないじゃないですか!?兄さんの_______好きな人の匂いを嗅いだら我慢できなくなっちゃったんですから!女の子だって性欲はあるんですよ!?女の子だってムラムラしたらオナニーするんですよ!悪いですか!?」
「な、なんか…ごめん…」
あまりの迫力に思わず謝罪の言葉が口を吐く。
なんとなく察してはいたけれど、やっぱり真っ最中だったのか…。
「謝らないでください!惨めになるじゃないですか。あーもぅ、兄さんにだけはあんな姿見られたくなかったのに…。それじゃあわたしがエッチな子みたいじゃないですかぁ」
「だ、大丈夫。大丈夫だから」
そう、我が家には梓よりよっぽど変態な奴がいるんだ。
まだ璃子に比べたら梓の痴態なんて可愛いものだ。
………?
待てよ?なにかとんでもなく大事な事を忘れているような…。
「お、お兄ちゃん…?そのわたしのお兄ちゃんに“兄さん”なんて呼んでる女は一体全体誰なのかな?」
地鳴りのするようなその声に振り返ると、そこには新品のセーラー服に身を包んだ眼を見張るような金髪の美少女が鬼のような形相で立っていた。
「り、璃子…」
その名は高宮璃子。
重度のブラコンを患った変態にして、俺の義理の妹である少女だ。
「こっちは高宮璃子、梓がアメリカへ行ってから入れ違いでウチに養子に来た。で、こっちは高宮梓、璃子がウチに来るちょっと前にアメリカへ留学に出た俺の実の妹だ。2人とも同じ歳だし変な遠慮のし合はいらないから。それと俺は別に義理だからとか実妹だからって差別をするつもりはないからそこは安心してくれ」
「兄さんを兄さんとして扱ってもいいのは実際の血の繋がりのあるこのわたしだけです!わたし以外の妹なんて所詮は偽物、わたしだけが本物の兄さんの妹なんです!」
「偽物はそっちでしょ!後からいきなり現れてお兄ちゃんの妹面しないでよ!だいたいわたしはお兄ちゃんと6年という歳月を2人協力しながら生きていきたの、お兄ちゃんとわたしのこの絆の前に血の繋がりなんてあってないようなものだよ」
俺に話を聞いているのかいないのか、2人はお互いを罵り合う。
なぜ…なぜこうなってしまったのか…。
「それをいうのならわたしだって6歳まで兄さんと一緒に住んでましたし、過ごした期間は変わりません!確かに陰謀によってアメリカへ飛ばされはしましたが兄さんの事を忘れた日なんて1日だってないんです。兄さんへのこの愛はあなたを含めた他の有象無象に
負けたりなんかしません!」
「う、有象無象…っ!?言ってくれるじゃないこの泥棒猫!」
「それはそっちじゃないですか!」
ばちばちと今にもお互い掴みかからんばかりに言い争う妹たち。
元々似た者同士の2人、だからこそ互いの存在が認められないのだろう。
「わたしなんて今朝お兄ちゃんにおっぱい揉まれたんだから!」
「「なっ!?」」
キッと梓が俺を睨みつける。
確かに揉んだけど!
だからって今言う事じゃないだろ!?
こっちにまで飛び火してきたじゃないか。
「そ、そんな事を言ったらわたしなんてさっき兄さんに、お、おおおおオナニー見られたんだから!」
「「!?」」
今度は璃子が俺を睨んでくる。
梓も泣くほど恥ずかしいのなら言わなきゃいいのに。
「な、なんて羨ま_____怪しからん話っ。わたしのオナニーはどれだけ誘っても見てくれないっていうのに!」
「え!?に、兄さん、この子なんかおかしい」
璃子の吐いた本気で悔しがる言葉に梓はドン引き。
もちろん俺もドン引きだ。
「大丈夫、むしろこれで正常運転だ。璃子の頭のネジは何本か紛失してるんだよ」
「自分から見せたがるなんて…変態っ!?」
どうやら梓は都合の悪い記憶を失っているようだ。
昔の梓も今の璃子と対して変わらない事をしてたんだけど。
まあ言わぬが花…と。
「変態?違うよ偽物。これはお兄ちゃんへの愛故なんだから!」
「ごめんなさい、わたし段々とあなたがなにを言っているのか分からなくなってきました…」
どうやら梓はこの6年で多少はまともになって帰ってきたらしい。
これなら父さんも母さんも涙を飲んでアメリカへ送り出した甲斐もあるというものだ。
「ふふん、どうやらお兄ちゃんへの愛ですらあなたはわたしに負けているという事が証明されたね、この有象無象!」
その一言で分かった。
璃子は俺が思った以上に有象無象と言われた事を気にしていたようだ。
得意げにドヤ顔を梓へ向ける璃子。
その背後には“論破!”とロゴが見えるほどだ。
「そこまでだ2人とも。2人とも俺の妹だし、2人は姉妹に当たるんだぞ?仲良くしろよ」
俺に“姉妹”というワードに2人はピタリと固まる。
俺の妹であるということはそのまま2人は姉妹になるのは当然なのだが、どうやら2人ともその事実に気が付いていなかった様子だ。
「それってつまりこの子はわたしの妹ってこと?」
璃子が梓を指差して言う。
その表情からはさっきまでの敵対的な意思は感じられなかった。
「待ってください。どうしてわたしが妹であなたが姉なんですか?そこは逆でしょう?」
しかし璃子のその認識が気に食わなかったのか、梓が璃子に再び食ってかかる。
あぁ、せっかく収まったと思ったのに…。
「だってどう見たってあなた小学生じゃない。だったら中学生のわたしの方が姉に決まってるでしょ?」
ついこの間まで小学生だった璃子がよく言う。
「だ、誰が小学生ですか!?だいたいその理屈で言えばわたしはもう高校を卒業しているわけですからわたしの方が姉になります」
「嘘だ!絶対嘘だ!ね?お兄ちゃん」
なんでそこで俺に振るのか分からないけれど、聞かれたからにはたとえどれだけ残酷な事実であっても伝えなければいけない。
「梓の言っている事だったら本当だ」
まああれが偽物の卒業証書でなければの話だけど。
その辺はまた後で父さんにでも聞いてみよう。
「ふふん、そちらが言い出した事です。これでわたしの方が姉だって事でいいですよね」
「ぐぬぬぅ」
優越感に浸る梓と悔しそうに歯ぎしりする璃子。
さっきとまるで正反対の構図だった。
さて、2人してどっちが姉かなんて不毛な言い争いをしているけれど、この2人は俺の話をちゃんと聞いていたのだろうか?
「梓、璃子」
2人の名前を呼び、俺に注目を集める。
「最初に紹介したと思うけど、お前ら2人は同い年だぞ?ついでに言えば誕生日も同じだ」
「「!?」」
2人して衝撃を受けたように目を見開く。
その様子を見る限り、俺の話は全く聞いていなかったようだ。
「もう正直どっちが姉でもいいけど、まだ喧嘩するって事なら2人とも2度と口聞かないからな」
俺はそれだけ言うと自分の部屋へ戻った。
これ以上喧嘩するなら勝手にやってくれという意思表示のつもりだ。
ただ2人の気持ちも分からないわけでもない。
璃子からしてみれば、今まで2人だけの空間だった場所に知らない奴が妹面して割り込んできたことになるし、梓からしてみれば、久々に家に帰ってきてみれば知らない奴が自分の居たはずの場所に居座っていた事になる。
お互いに認められないのは分かる。
でも、2人の兄としては、できれば2人には本当の姉妹のように仲良くなって欲しいである。
兄が部屋へ帰っていった後、そこ残ったのは最愛の兄に怒られて傷心の妹2人だった。
「お兄ちゃんがもう口を聞いてくれないって…あなたのせいで!」
「やめよ?これ以上喧嘩したら今度こそ兄さんに嫌われる」
「……」
不満そうにしながらも璃子は梓の言葉に従う。
彼女もまたこれ以上の喧嘩はお互いを苦しめるだけだと分かっているからだ。
「わたしはお兄ちゃんが好き。家族としても異性としても」
「はい」
「わたしはあなたを認めない。でもお兄ちゃんには嫌われたくない」
「はい、わたしも同じ気持ちです」
元々似た者同士の2人だ、その胸に抱く思うもまた同じものだった。
「だから協定を結ばない?」
「協定ですか?」
「そう、お兄ちゃんの前では絶対に喧嘩をしないこと。お兄ちゃんに近づく悪い虫は一緒に追い払う事。そしてどっちがお兄ちゃんを獲っても恨みっこなしって事」
「…」
実の兄と妹が恋人関係になるなんておかしいだなんて無粋なことを璃子は言わない。
梓がどれだけ本気で兄を愛しているのかを、先ほどの言い合いで理解していたからだ。
梓はしばらく考え込み、今璃子の言った協定の内容を吟味する。
そしてそれが納得のいくものだと判断すると、ふたつ返事で答えた。
「はい、それで構いません」
そう答えたのは梓もまた璃子の兄への愛情の深さを理解しているからである。
この少女が兄を悲しませるような事をするはずがないというその一点のみ限って梓は璃子のことを信用していた。
「それではいっそ、仲良しになった証明としてわたしのことは梓と呼んでください」
「それじゃあわたしのことは璃子って呼んで。それとその気持ち悪い敬語も無しでね」
2人は不敵に笑い合うと同時に頷いた。
「それじゃあこれからよろしく梓」
「上等、仲良くしようね。璃子」
どちらともなく手をにぎり合う。
2人の関係は既に敵同士ではない。
然りとて仲良しこよしの“お友達”でもない。
2人の目に映るのは“強敵”と言う名の“友”の姿だった。
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