第2話

「やっぱり寝坊しやがった……」


あと十分で家を出なければ完全に遅刻になるにも関わらず、我が義妹 いもうとが起きてくる様子はない。

昨日遅くまでなにやらごそごそやっていたせいだろう。


「ったく、おい璃子。このままだと遅刻確定だぞ?」


……………………。

無反応か…………。

……仕方ない。乗り込むか。

というわけで、俺は璃子の部屋の前に来た。


「入るぞ?」


返事がないので勝手に入る。

そして絶句した。


「…………なんだこれ?」


壁一面に貼られた俺の写真。

見上げれば、天井にまで貼られていることに気づく。

写真の中の俺の目線から察するに、これはすべて盗撮されたものだろう。

それも、先週入った時はなかったから、ごく最近撮られたものと思われる。


「全然気付かなかった……」


撮影されているのもそうだけど、自分の妹の部屋がこんな魔境になっている事にも全く気が付かなかった。

勉強机の上に置いてあるあの一眼レフで撮ったのか。


「おい璃子、話がある。起きろ」


「グへへぇ〜。おにいぢゃ〜ん」


涎を垂らしていた。

美少女にあるまじき醜態。

とても他所様には見せられない。


「グへへじゃねぇよ!起きろ!」


「痛いっ!なになにっ!?ってあー!璃子の一眼レフがぁ!」


はい、投げましたがなにか?


「お、お兄ちゃん…………なんて非道なことを……」


「ストーカーじみたことをしているお前が悪い。カメラなら今度新しいの買ってやるから泣くな」


「うん……」


はぁ、なんで被害者のはずの俺がこんなに気を使うのか……?

これが兄としての宿命か。


「それにしても、なんだ?この盗撮写真の数は」


「お兄ちゃんの姿をいつまでも見ていたいからつい……」


「つい……じゃねぇよ。俺だったからまだ良かったものの、他の人にしてたら訴訟ものだぞ」


「安心して、お兄ちゃん。心配しなくても璃子はお兄ちゃん以外にはしないから!」


「ごめん、なにも安心できない」


ホントに、中学に進学して彼氏の一人でも作って落ち着いて欲しい。


「なあ、璃子。せっかく新しい環境に変わるんだ。彼氏でも作ってみたらどうだ?」


「お兄ちゃん付き合ってください!」


「え、やだ」


「即答!?」


当たり前だろう。

妹であることを抜きにしてもちょっとお断りしたい。

というか妹でなければ関わり合いたくないレベルだ。


「だいたいなんで俺なんだよ?俺に告っても仕方ないだろ」


「それは瑠璃の好きな人はお兄ちゃんだ・か・ら…あ、ごめんなさい。ちょっと調子に乗りました」


背を向けると璃子は焦ったように謝り始めた。


「取り敢えず、起きたのならそのまま着替えて降りてこい。このままだと確実に遅刻だぞ」


そう言い残し、璃子に背を向けると、


「お兄ちゃん手伝って」


「ふざける暇があるのなら早く着替えろ」


「はい……」


さて、朝飯なんて食べてる時間もないし、おにぎりでも作っといてやるかな。

俺は璃子に気を使いながら階段を降りるのだった。


「………………」


登校中、俺と璃子_____厳密には璃子は周囲から注目を集めまくっていた。

璃子は外見だけは美少女だから仕方ないと言えば仕方ないのだが、一緒にいる俺を睨のはやめてもらいたい。


「中高一斉に入学式なだけあって、人数が凄いことになってるなぁ」


なんとか入場通路のすぐ隣を陣取れたのはいいが、この空間はおじさんとおばさんばかり。

どちらかと言えばおばさんの比率が多く、香水の匂いが混じりあってめちゃくちゃ臭い。


「隣いいかな?」


「えぇどうぞ」


言いつつ、通りやすくするために足を引っ込める。


「ありがとね」


声のする方向、要するに右隣に立っているであろう声の主を見上げると、ウチの高等部の制服を着た女の人がいた。

その人は俺の前を通り、よいしょと腰を下ろすと俺に話しかけてきた。


「もしかしてキミ兄弟の入学式を見に来た感じかな?」


「『も』っていうことは貴方も?」


てっきり、学生が保護者として入学式に参加する家庭なんてウチだけだと思っていたが、案外いるものなんだな。

そう思うと妙に親近感が湧いてきた。


「うん、今日弟がここに入学するの」


「ウチは義妹が」


「妹さん?名前を聞いてもいいかな?」


「高宮璃子って言います」


「璃子ちゃんか〜。可愛い名前だね」


「名前だけでなく見てくれもなかなか可愛いですよ」


「そっか、今度会ってみたいなぁ」


「機会があれば。そちらは?」


「ウチの弟は羽科幸太わしなこうたっていうんだけど、最近ちょっと生意気盛りなの」


生意気盛りってなに……。

まあ言わんとすることは分かるけど、ウチとは正反対だ。

ウチのは違う意味で年中盛ってるからな。


「でもそれが逆に可愛くって」


「羨ましい限りですね。ウチの義妹はもう毎日ベッタリで、そろそろ兄離れをしてもらいたいものなんですが」


「でも実際に離れられちゃうと、寂しくなっちゃうよ?」


「それでもそっちの方が安心しますよ」


「確かにそれはそうかも」


自分でも不思議なくらいに話に花が咲いた。

お互い下の兄弟を持つ苦労が多いせいか、話がよく合って、思ったより楽しかった。

しかし、そんな時間は会場に響く先生の声によって終わりを告げた。


「そろそろ始まるみたいだよ」


「席の位置はいいほうですし、写真はよく取れると思いますよ」


『新入生入場。中等部の新入生は入場してください』


声に合わせてバックミュージックが流れ出す。

これはウチの学校の校歌。

そして、新入生たちが開いた入場口から入ってきた。


「始まった!始まったよ!」


「分かりましたから落ち着いてください!」


一列に並んで行進する生徒の列に璃子の姿はまだ無い。


「まだ来ないなぁ」


彼女の弟もまだ来ないらしい。

それから数分後、よく目立つ金髪が現れた。

見間違いようがなく璃子だ。

真っ直ぐ前を見ていた璃子は、まるで俺の場所を初めから知っていたかのように、ちらっとこっちを向くと、小さく手を振ってきた。

そんな璃子に前を向けと顎で示すと、ショボンと前を向いて歩き出した。

一応スマホで写真を撮っておいたが、あんな姿を撮っても良かったのだろうか?


「あ、来た!来たよ!幸太く〜ん!」


「落ち着いてください!大声出したら周りの人に迷惑ですから!」


拍手の音が大きくて助かった。

その後、高等部の行進が終了し、新入生が全員着席すると拍手は自然消滅した。


「途中いた金髪の子、すごく可愛かったね?」


「ん?えぇ、見てくれは」


「知ってる子?」


「さっき言った義妹です」


「ふ〜ん。……………………えぇぇっ!!」


静まり返った館内に響き渡る驚きの声。

あーあ、やっちゃった。

校長の話の途中に大声出すとか勇者すぎる。

父兄さんたちの迷惑そうな視線を受けて2人して縮こまった。


「あの子キミの妹さんなの?こう言っちゃなんだけど全然似てないよね?」


「養子ですから」


「キミが?」


「あれがです」


「そ、そうなんだぁ。そうだよね。髪の色とか違うもんね」


「落ち着きました?」


「……うん」


一瞬沈黙した館内も、いつの間にか時間を取り戻していたらしく、校長の話が終わった。

しかし、次は俺が驚かされる番だった。


『生徒会長お祝いの言葉』


生徒がプログラムを読む。

そして返事をしたのは、


「はい!」


すぐ隣の人だった。


「!?」


確かに俺と同じくらいの歳だとは思っていた。

でもまさか、それが俺達の学校の生徒会長だったとは……。

中等部はあまり生徒会選挙に関係ないから顔までは知らなかった。


「じゃあ行ってくるね」


そう言い残し、生徒会長は舞台に上がっていった。

これが今日一の驚きだったのは言うまでもない。


「高宮くんも今日が入学式だったんじゃない?良かったの?」


式が終わると、保護者と新入生は各クラスの教室へ向かわせられる。

その道中生徒会長が話しかけてきた。


「義妹の入学式の方を優先したかったので、自分の方はすっぽかしました」


「入学式をすっぽかすなんてすごい度胸だね…………。スタートで出遅れたら友達できないよ?」


「それは大丈夫ですよ。俺ボッチには慣れてますから」


「それって自慢できることじゃないよね?」


自慢じゃなくてただの自虐だから当然だろう。


「それにしても、まさか一緒のクラスになるなんて思いませんでしたよ」


「私もだよ。すごい偶然」


そう、璃子と会長の弟は同じクラスになったのだった。


「会長、一つ頼んでもいいですか?」


「高宮くん。その会長っていうのやめて欲しいな。なんか生徒会やってるみたいで鬱な気分になるんだけど」


「じゃあなんと呼べば?」


「ファーストネームで」


「会長のファーストネームってなんですか?」


「まさかの覚えられてない!?」


「すみません。興味の無い人の名前なんて覚える気にならないので」


「興味が無い!?」


「あ、すみませんホントのことを」


「ホントのこと…」


あー、放心しちゃってる?

放心しながらでも歩けるって随分と器用なものだな。


「会長、大丈夫ですよ。今はもう覚えましたから」


「ホントに?」


「はい」


「それなら良かった」


多少だけどね。

でもせっかく復活したところに水を指すのもあれだから黙ってよ。


「そうだ高宮くん。さっきさりげなく会長って呼んでたでしょ?」


「空耳でしょう」


「ううん、絶対言った!って私がまだ名乗ってないからか。私は羽科恋海わしなれみ。恋海ちゃんとかレミレミとかレミお姉さんとか好きに呼んでね」


「分かりました。会長」


「名前教えても結局会長言ってるじゃん!」


「じゃあ羽科さんで」


「ファーストネームで呼んでって言ったのにぃ〜」


うっぜぇ〜!


「……恋海さん」


「ん〜。まだ他人行儀な感じがするけど今はこれでいいや。それで、高宮くんのお願いって何?生徒会に入りたいの?」


「死んでもお断りです」


「そこまで!?」


生徒会なんて入ったら面倒なだけじゃないか。

注目も浴びるし、遅くまで学校に残らないといけないし。

何よりこの人がいるし……。

今までの会話からこの人の性格はだいたい把握した。

結論を言えば、面倒臭い。

無駄にリアクションはデカいし、熱血系っぽいし、なによりリア充オーラをバンバン感じる。

絶対に下につきたくない上司だな。


「で、頼みなんですが、弟さんに璃子と仲良くしてたって欲しんですよ。なんなら口説き落としてもらって構いません」


「え?なんで?」


「いや、相手は正直誰でもいいんですけど、ウチの義妹はブラコンが過ぎるので彼氏の一人でも作って欲しんです」


「誰でもいいんだ……」


璃子が好きになったと言うのならこの際誰でもいい。

と言っても流石にヒモやクズや暴力男を連れて来たら反対するけど。


「そりゃ、あんな可愛い子口説いてもいいって言われて悪い気はしなけど、結局は幸太が何と言うかだね」


「それはそうですね。さて、教室ここみたいですよ」


「そうみたいだね」


案内されるがままに教室内に入る。

璃子の席は窓から四列目の一番前で、気のせいか教室中の視線を一点に集めていた。


「璃子ちゃんすごい見られてるね?」


「そうですね。まあ本人は気づいてないでしょうけど」


「えっ、これだけ見られてて気づいてないの?」


「ええ、そのせいで登校中もひどい目に遭いましたから」


周りの視線にお構い無しで腕組んでくるから、いろんな人達から殺意を向けられた。


「それで高宮くんはなんで璃子ちゃんを見ようとしないの?」


そう、俺の視線は璃子の位置を確認してからずっと窓の外に向いている。

だからと言って、あんなんでも俺の可愛い妹なのだ。決して璃子の姿を見たくない訳では無い。

これにはちゃんと理由があるのだ。


「実は、ウチの義妹は他人からの視線には無頓着なんですが、俺の視線には聡いんです。数秒俺が見るだけでその視線を辿って俺がどこにいるのか、人混みとか距離とか関係なく逆探知できるんですよ」


小学校の運動会の時、走りながら俺に手を振ってきた時は本気で寒気がした。

あの時の俺は、人が込み合う観客席にいたのにも関わらず璃子は一発で俺を見つけ出したのだった。


「もしも幸太がそんな能力を持ってたらって考えるとすごい寒気がしてきた」


「でしょ?ですから俺はこうして見つからないように窓の外の小鳥の数を数えてるんです」


「でも、璃子ちゃんこっちをチラチラ見てるよ?」


視線を向けると、璃子と目が合う。


「………………」


目が合ったことが嬉しいのか、璃子は頬を赤らめながらこちらに微笑みを向けるが、俺は恐怖で固まっていた。


「多分声で逆探知されたんじゃないかな?」


「……あの距離まで聞こえるほど大きな声出してませんよ?」


「でも、さっきの話を聞いてると出来ても不思議じゃないと思うよ?」


「やめてください。ホントに怖いですから」


そこのところ帰ったら確かめた方が良さそうだ。

このままだと、お兄ちゃん下手に喋れなくなりそうだよ。

それから、担任の話が終わるまでの十五分、俺は一言も喋ることが出来なかった。

蛇足だが、璃子の担任が、俺の去年の担任でビビった。

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