(14)
同じ高校の制服をその身に纏った男子高校生だが、その風貌は、岳とは大きく異なっていた。
一八〇センチほどの背丈に、がっちりとした筋肉質の体。
彼がスポーツをやっている事は、一目瞭然だった。
しかも、半袖のカッターシャツから覗く肌が、日焼けして茶色に染まっている事から、その競技が、外でやるものだという事を物語っている。
頭は坊主にしているが、若干、髪が伸びてきているので、マリモのようにも見えた。
肩から斜めに背負った大きなエナメルのバッグには、彼の所属している部活の道具が入っているのだろう。
そして、その部活の正体は、間違いなく野球だ。
岳もすぐにその結論に至ったが、彼の正体には全く覚えがなかった。
彼の名前も、年齢も、分からない。
学校で見た記憶も、岳の中にはなかった。
野球部のクラスメイトと仲が良いわけでもなく、そこから自分を知ったわけでもなさそうだと、岳は頭を悩ませていた。
どう反応すればいいのか困っている岳を見て、彼は自分の行動のおかしさに気が付いたのか、すぐさま謝りだす。
「ごめんなさい! 先輩とは、知り合いでもなかったのに、急に話しかけちゃって……彼女にもよく怒られるんっすよね……『こんなガタイのいいやつに話しかけられたら、相手が怖がっちゃうだろ』って……」
彼女に言われるくらいなのだから、彼はこんな状況を、日常的に繰り返しているらしかった。
また安久のように、過去のトラウマを刺激するような人物がやってきたのかと警戒していた岳。
だが、今の彼の言動からは、そのような感じはせず、岳も少しだけ安心して、口を開く。
「いや、怖かったって言うか、驚いたって感じで……それで、僕に何か用でもあるんですか?」
「特に用は無いんっすけど……あ、オレ、一年四組の
彼の名前を聞いても、心当たりはなく、岳は奥村に尋ねかける。
「奥村君……は、なんで僕のこと知ってるの? こうやって、僕と会って話すのは初めて……だよね?」
「初めてっすけど、椿本先輩のこと、うちの学校じゃあ結構な噂になってますよ? あの笠嶋先輩と付き合い始めた人だ、って。だから、オレも『今日は笠嶋先輩と一緒じゃないんですか?』って意味もこめて、声かけたんっす」
「そーなんだ……」
知り合いでもない学校の後輩にまで、岳が真琴と付き合っている事を知られている。
隠しているわけではないので、知れ渡るのは時間の問題だろうとは思っていたが、二週間で見知らぬ後輩が自分の事を知っているくらいの広がりを見せているとは、岳も思ってもみなかった。
いよいよ真琴以外にも、自分の背中を刺しに来る輩が現れてもおかしくない状態である事に、岳の不安が募るばかりだった。
しかし、見えない敵に怯えているわけにもいかないので、岳は、気を紛らわせる為に、奥村の質問に答えるのだった。
「まこ……笠嶋さんとは、今、待ち合わせてるところだよ。奥村君は、部活の帰り?」
「そーっすね。部活帰りなのと、オレも待ち合わせしてるんっすよ。多分、もういると思うんですけど……」
奥村はそう言いながら、二階から身を乗り出して、階下へと目を向ける。
キョロキョロしながら探していると、待ち合わせの相手を見つけたのか、奥村は両手を大きく振りながらこちらの場所を示す。
同時に、その人物の名前を、駅にいた人全員に聞こえるくらいの大きな声で呼んだ。
「おーい!!! ミコトー!!! こっちこっち!!!」
思わず耳を塞ぐ動作をしてしまう岳と同じように、周りでも何人かが、自らの体をビクッとさせながら、鼓膜を刺激してきた相手の方を見た。
そして、奥村に呼ばれた本人は、奥村をその目で捉えると、血相を変えて、奥村のいるところへと、エスカレーターで上がっていく。
「だからー……――――」
怒りを溜め込むように拳を強く握り締め、二人の前に現れたのは、浴衣姿の少女だった。
身長は一五〇センチくらいで、下駄を履いているため、実際よりも大きいはずなのだが、奥村と並ぶとより小さく見える。
浴衣は薄い水色の生地に、花柄の模様が散りばめられている。
帯は黄色で、髪飾りの薄いピンク色の花も綺麗だった。
しかし、それら全てを台無しにするようなしかめっ面で奥村と向き合っている女の子は、人目もはばからずに怒鳴り散らした。
「――――おおきな声で呼ばないでって、いつもゆってるでしょーが!!! 呼ばれるあたしのほうが恥ずかしいんだから!!!」
「ミコトだって、今、オレに負けないくらいの大きな声出してるけどな。人のこと言えなくないか?」
正論を投げられてしまい、それ以上の反論ができなくなった彼女は、頭に付けた可愛い花飾りを怒りに任せて、彼に向かって、投げつける。
顔も整っていて、綺麗な浴衣を着ているのに、そういうところで損をしているのは、残念だと岳は思っていた。
同時に、彼女の顔立ちに、既視感のようなものを、彼は抱く。
どこかで見た事がある気がしたのだ。
――どうしてだろう……?
その正体を探ろうと、岳が彼女の事を見ていると、その視線を不快に思ったらしい。
彼女は髪飾りを元に戻しながら、今度は岳に向かって、攻撃的な口調で話し出す。
「なに、ひとのことジロジロ見てんのよ! てか、あんた誰なのよ!」
「『あんた』って……ミコトの先輩だぞ?」
「先輩……? こいつのどこがよ!」
岳を庇いにいった奥村だったが、彼の盾を突き破って、岳を攻撃してくる浴衣の少女。
これ以上、被害は抑えたいと思った奥村は、良かれと思って、彼女に伝える。
「それに、この人は! 笠嶋先輩と付き合ってる人だよ!」
それを聞いた途端に、彼女の顔色が変わった。
先ほどまでの怒っていた表情が一変し、冷たく、軽蔑するような眼差しを彼に向けた。
「へぇー……あんたが……」
そう呟いた後、一瞬にして興味を失ってしまった子供のように、彼女は岳から目を離す。
そして、奥村の手を引きながら、言った。
「ほら、行くわよ。あの子、カフェで一人で待ってるみたいだし」
「お、おう」
急に冷めてしまった彼女に戸惑いつつも、奥村はそれに応じた。
何か彼女に対して悪い事でもしたのかと、振り返りながら、岳は二人が去っていく背中を見ていた。
すると、急に立ち止まって振り返った彼女は、自らの右手を目の下に当てて、赤い部分を彼に見せ、そのまま舌まで出した。
「べーっ!!」
侮辱する素振りを彼に見せて、満足したのか、彼女は奥村に怒られながらその場を離れていった。
――ホントになんかしたんじゃないか……?
真琴を待つ間もずっと、岳は思い当たる節がないか、記憶を探っていたが、結局、見つかる事はなかった。
それから、駅の上に併設された百貨店を回りながら、時間を潰していた岳。
回りながらとはいっても、見て回ったのは一瞬で、ほとんどの時間をベンチで動画を見ながら過ごしていた。
そんな中、『あと二十分くらいで駅に着きそう』という真琴からのメッセージを受け取った岳は、ある事を思い立った。
時刻は既に、午後六時の手前。
二、三時間、岳は彼女に待たされていたわけだ。
そのせいもあってか、岳も少しだけ疲れを感じていたのだが、思い立った瞬間に、その疲れも忘れてしまった。
エスカレーターを利用して、階を下り、一階に辿り着くと、漂っている香ばしい匂いを頼りに、その場所へと向かう。
そこは、多くの人が列を成しているクロワッサンのお店だった。
――真琴さん、食べるかな……?
心配なら聞いてみればいいのだが、あえて聞かずに、甘いものが好きな彼女を喜ばせてあげようと、岳はそう思っていた。
列に並んで、待っていた岳の後ろとなりに近づいてくる人影。
「私の為に買ってくれるの?」
真琴の声が耳元で聞こえて、振り返ると、至近距離に彼女の顔があって、岳は思わず仰け反った。
同時に、岳はその姿を目にして、ドキッとした。
いつも、長い髪を結ばずにそのままにしていた彼女が、白と鮮やかなピンク色の花飾りと共に、綺麗に髪を後ろにまとめて結んでいた。
彼女を後ろから見れば、綺麗なうなじを拝む事ができるだろうが、岳を驚かせ、胸をときめかせたのは、それだけではなかった。
紺碧の色を基礎に、白と水色と赤の花が彩られた浴衣に、薄い赤みがかった帯をした美少女が、そこにはいた。
それを見た瞬間から、岳は、彼女のあまりの美しさに言葉を失ってしまった。
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