ある後輩〜その2「戸倉さん」(3)
戸倉さんのそういうキャラをただ面白がりたいだけならここに書かなかったと思うのだけど、私の中に一番強烈に引っかかっている戸倉さんのある言葉が、今でもちょっと納得がいかないので、それを書いておこうと思う。
彼女の出身地は、東京からやや遠い地方都市。私と同様、大学の専攻とはまったく関係なく、コピーライターになりたくて会社に入ってきた。そういう勉強もしてきて、それなりによい感触を得て、自信も持っていたのだろう。
それが、なかなか気に入った仕事、大きな仕事をやらせてもらえない。それなのに、やった仕事は彼女からすれば「そんな小さなこと」「どうでもいいようなこと」でいちいちダメ出しされたり指導が来たり。いったい、いつになったらイメージ通りのコピーライターとして華々しい活躍ができるのか。このままでは、そういうチャンスすら永遠に与えられないのではないか。
いつからか、そんなふうに彼女は悩んでいた。
私は一応、課では彼女の先輩で(ついでに出身大学も)、席も向かいだし、話しやすかったのだろう。私も彼女の不満は察知していて、腐りそうになっているのも見ていたので、「何かあったら相談して」と言ってはあった。
ある日、話を聞いてほしいというので、会社のビルの地下の喫茶店へ行った。そこで彼女がぶちまけた不満、その考え方に、私は内心ブチッとなった。
「差別されている」「何か理由があって特別に冷遇されている」。
そして、極めつけはこれ。
「そもそも、ここの大学を出たからそのままその土地の会社に入ったけど、私の田舎では、能力ある人は『東京』へ出るんです。近いですから」「私も、東京へ行けばよかった」。
「今から行ったら?」と私は言った。
「もう遅いです」と彼女は言ったが、本当にやれるという自信があるなら行って、そこで試してみたらいいよ、となおも言うと、「そうですよね……もういいです」とショボンとした。
私も苦手なのだが、やりたい仕事を引き寄せるにはアピールが必要だ。でなければ、営業から制作部に振られた仕事を、各課の課長が適性やスケジュールに合わせて課員に振り分けるだけ。好きな仕事が課に入ってこなければ、どうにもならない。
ふだんから、どういう仕事に興味があるか、どんなコピーが好きなのか、自分にどんなアイデアがあるか、周りにわかってもらっておく努力が必要だ。営業の人と飲みに行って、コミュニケーションを取っておくのもいい。自分の課にご指名で好きな仕事を振ってもらえるかもしれない。
駅弁フェアのスケジュールをチェックして、欠かさず買いに行ってるような暇はない。とまでは言わないにしても、そういうのをアピールポイントにすることだってできる。
私はこれが得意です。これなら誰にも負けない。そういうことは私に訊いてください! って。
そういうこと、やってる?
与えられた仕事もただやるんじゃなくて、もっと上の仕事も任せてみたいと思わせるくらい、いいもの出そうとしてる?
そういうことを意識してみて、それでもチャンスすら与えられないと思ったら、あるいは、この会社でやり残したことはもうないと思えるくらい十分に力がついたら、東京に行ってみたら?
そう言った。
はい……と頷いて、「また、話聞いてくださいね」と戸倉さんは言った。
が、それから相談されたことはなかった。彼女が目覚ましい活躍をした記憶もない。
私が先だったか、彼女が先だったか、どっちかが会社を辞めたせいかもしれないが。そのあと戸倉さんが東京に行ったのかどうかも知らない。
黙っていても環境が与えられ、何もしなくてもチャンスが巡ってくる人もいるかもしれない。しかしそういう人は多くないし、本当にやりたいことがあるならアピール上手になって損はない。
そういう恩恵にあずかりづらいくせにアピールも苦手という最悪な私でも、「やりたいこと」を標榜するだけはしていたのだ。だから、先輩風を吹かせてみたのだが。
彼女は、もしかしたら私が何とかしてくれると思ったのかもしれない。でも、私にそんな力はないし、彼女がどんなことをどこまでやれるのかもよくわからなかった。
今ごろどこで何をしているのか。
戸倉さんのキャラ的には、田舎に帰って結婚して家事子育てをして、昼下がりにお行儀よく緑茶をすすっている図が想像されてしまうのだけど、もしも東京あたりでバリバリやっているのなら、ぜひいっしょに食事でもしながら話を聞きたいものだ。おいしいランチに彼女の大好きなフルーツのデザートを添えて。
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