ある後輩〜その2「戸倉さん」(1)

私が新卒で勤めた会社の「後輩」。

二人目は、ゴトウちゃんよりも1年早く入ってきた女子で、大学の後輩でもあった(同じ専攻ではなかったので顔は知らなかったが)。彼女は私の下に配属されて、一年後、つまりゴトウちゃんが入社した時には、私は彼女とは課が離れたので、ゴトウちゃんとは別の課での話です。



戸倉さんも仮名である。

ぽっちゃりして色白で、いつもポパイみたいにドシンドシンと歩いているような子だった。これまたコピーライター養成講座で勉強したことがあるらしく、そこで良い成績を修めた新人が入って来ると噂になっていた。その実績と彼女の風貌はかけ離れているように感じられ、ゴトウちゃんと違っておっとりのんびりした、もっと言うと「天然」なタイプだった。


一度、仕事で小さなミスをして、会社に大きな損害を与えた。その時のうちの課の課長は、もはや名物級にキャラ立ちした奥さんとスッタモンダの末に離婚し、慢性的にやや肥満ゆえに持病をかかえ、人生を達観したような人で、淡々と戸倉さんの尻拭い——主には謝って回ること——をしていた。一方では私に向かって「俺は課長だから最終的な責任を取って謝るけどさー、俺があれを事前にどうにかできたとは思えないからさー」とこともなげに言って、心底反省してるふうには見えなかった。


確かに課長の見解には一理あり、部下がやった仕事の全部を課長が見直していたら、課長が何人いても足りない状況だった。その時のミスは、具体的には原稿段階で値段を一カ所間違えたことだったのだが、本人が見直さなかったか、見直しても見逃したか、だとしても、うちの会社の厳しい校正を通ってしまったのはなぜなのか。クライアント自身も気づけなかったのか。私もいろいろと不思議に思ったけど、常にバカみたいに忙しい会社だったので、みんな疲れていたのかもしれない。

いずれにしても、最初の原稿を間違えてなければ……という話で、戸倉さん本人は落ち込みながら反省していた。


この時の印象が強いせいか、はたまた実際になかったのか、コピーライター養成講座成績優秀者としての面目躍如といった働きぶりを戸倉さんが見せた記憶はまったくない。


彼女は私の向かいに机を置いていて、仕事中になんか視線を感じると思って顔を上げると、戸倉さんがメガネの向こうの小さな目で私を見据えている。え、なに!? と思った次の瞬間、おもむろに寄り目気味の白眼になってガクッと崩れ落ちる。

ちょっとちょっとぉ〜寝るなら休憩室に行ってよね〜

私の席から見る戸倉さんは、いつもこんな感じだった。


ある時、「たまきさん、たまきさん!(呼ぶ時はいつも二回だ)見てください! メガネがずり落ちるんで、お店で直してもらってきたんです!」と言うので顔を上げて見ると、目の位置のだいぶ上にメガネをかけている戸倉さんのドヤ顔があった。

えっっ。それ、ちょっと上過ぎない??

戸倉さんは「そうですかぁ?」と訝りながら、クィクィッとメガネのつるを持って上下させるのだけど、また目より上の高さにメガネの鼻当てを据える。本人的には真剣だけど、端から見るとトボけたようなその顔が可笑しくて「ぷぷっ」と私が笑うと、「何かおかしいですかっ?」と気を悪くした様子。まあ、本人がメガネのフレームの下の部分が視界にかかってジャマだと思わないのであれば、私はどうでもよかったのだが、鏡を見て位置を調整したら? と言っておいた。


近所のデパ地下や上階の催し物会場で、全国駅弁フェアとかXX物産展とか開かれると、誰よりもその情報を確実にキャッチして買いに行っては、私の向かいの席で幸せそうに食べていた。打ち合わせが長引くなどで予定の買い物ができなかった日にゃ、たいそう不機嫌そうに不満を言っていたものだ。

そんなふうに「食べ物の恨み」を地で行くような人だったが、おいしいものさえ食べさせておけば、だいたいおっとりのんびり機嫌がよかった。最後の仕上げに湯のみ茶碗の下にお行儀よく手を添えて、ズズッと緑茶をすすっていた姿が忘れられない。


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