ある後輩〜その1「ゴトウちゃん」(前)

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順番から言えば本当は自分が大学を卒業して会社に入るまでの話の続きを書いた方がいいのだけど、なぜかその会社のほかの人について書きたいという気持ちがムクムクと湧いて押さえ切れなくなったので、時系列としてはおかしいのを承知で書かせていただきました。

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私が新卒で勤めた会社はかなりの大所帯だったので、本当にいろんな人がいた。一時期は、採用できるだけ採用して、辞める人はチョボチョボだったので、どんどん人も増えたし。


本当にたくさんのいろんな人がいたのでおもしろいネタは枚挙にイトマがないのだけど、それだけに話せばキリがないってヤツで、まずは「後輩」というカテゴリに絞って記してみることにしました。



ゴトウちゃんは仮名である。

確か、私が会社を辞める年に入ってきた新人で、うちの課に配属になった。ねずみ男みたいな風貌で「尖った感性」を売りにしてるようなヤツで、コピーライター養成講座か何かそういうもので勉強もしてきたらしかった。

イヤミじゃない感じなのだけど、いつもヘラヘラ笑ってるのが印象的だった。


でも、妙にマジメなところもあって、唯一ヘラヘラしてない時はコピーを考えている時で、その真剣な怖い顔つきにすごい一発が生まれそうなは漂わせていた。


はたして、そんなものが生まれなかったのは、私の記憶にないだけかもしれないが。


ゴトウちゃんの困ったところは、生活管理がまったくできないということだった。

朝、まともに出社する方が珍しいくらいで、いないと困る時には課長が自宅に電話をするのだけど、一人暮らしのゴトウちゃんは「起きれない」と思ったら電話線を引っこ抜いてしまうので(まだ携帯がここまで普及してない時代だった)、そうなるとどうしようもなかった。もちろん、仕事上ヤバい状況が何度も生じ、誰かが自宅まで迎えに行くこと一度ならずで、ゴトウちゃんはすぐに「問題児」認定された。


うちの課長は困難な状況の中に進んで身を置くようなマゾっ気のある人だったので、これまたイヤミのない感じでヘラヘラ笑いながら、ゴトウちゃんの面倒を見ていた。困った事態になればなるほど、困ったように笑っていた。それが可笑しくて、私もヘラヘラっと笑ったりしていた。

そんな感じの課だったので、ゴトウちゃんものびのびと(?)自分のキャラを発揮できていたのだと思う。でなければ、すぐにいづらくなって辞めていただろう。


それとやっぱり、それなりに仕事自体はがんばっていた。だからこそ、すぐに「辞めさせられる」こともなかった。朝ちゃんと出社できないのも遅くまで仕事に没頭してるからで、広告の仕事は好きだったのだろう。


しかし私がわざわざゴトウちゃんをご指名でここに記しておこうと思ったのは、実は彼が本当に(将来的に)やりたかったことは、小説を書くことだったからだ。いま思えば、もしかすると夜を徹して書いていたものは「小説」だった、という日もあったのかもしれない。

私が会社を辞めるまでにゴトウちゃんと机を並べていたのは最長でも1年だったと思うけど(記憶が曖昧)、ゴトウちゃんはなぜか私に小説を見てもらいたがっていた。もちろん私に出版界との何のコネがあるわけでもなく、私も小説家を志したことがあると言ったかどうかも定かではなく、「なぜ私?」と思わないではないけど、とにかくヘンなところで慕われていた。


私がまだ会社にいたころか辞めてからか、夜中に電話のベルが鳴り、寝ぼけ眼で受話器を取るとゴトウちゃんからだったということが数回あった。

「たまきさん、僕、新しいの書いたんで聞いてください」と、いきなり電話口で読み始める。

いや、ちょっと待ってゴトウちゃん、いま何時だと思ってる?

「聞けるところまででいいので」

と、こっちの事情は無視して、ゴトウちゃんが読み始める。

聞いてる私か読んでるゴトウちゃんが寝落ちするまでそれは続いた。


迷惑な話でもあるのだが、ちょっとおもしろくもあった。

それに、初めてゴトウちゃんの小説を時、私は新鮮な衝撃を受けたのだ。


文学の話をしてて、相手に「一文一文が短い小説の書き方が、妙に流行った時代が一瞬あったよね?」と訊くことが時々あって、たいていは「そうだっけ?」と言われてしまうので、そんな時代が本当にあったのかは定かじゃなく、私の勝手な印象だったのかもしれないけれど、ゴトウちゃんの小説を初めて時、「あぁ、これがいま流行のスタイルか」と思ったことをよく覚えている。そして残念なことに、小説の内容はあまり覚えていない。


ただ、その文体はゴトウちゃんの小説の内容にとても合っていることはわかった。若者の焦り、孤独、痛み、渇望……そういうものを、短い一文一文がこれでもかとたたみかけるように突きつけてきて、先へ先へと疾走していく感じ。生き急ぎ、溺れそうになりながら喘ぎ、助けを求めたくてもできない。一刻も猶予ならない切迫感、胸が苦しくなるような叫びが、音声で伝えられるせいでよけいに生々しく響いた。


同時に、あまりに一定のリズムでテンポよく進んでいくので、夜中に聞いているとだんだんお経のようになってきて、読み方も早口だったせいでなおさら内容も徐々に頭に入らなくなってきて、しまいには眠気に襲われる、というのも事実だった(夜中だったし)。文字で読んでいたら、また別だったかもしれない。

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