第4話 それぞれ
カーテンを閉め切った部屋の中。
結奈は、ベットの上から起き上がることができていなかった。
母は何かを察したのか、今日だけだと言いながら学校に休みの連絡を入れてくれた。本当に観察眼に長けた親だと思う。
まだ秋口。まだ蒸し暑さが残る季節だが、結奈の部屋には除湿の空調が掛かっているため、それほど過ごしにくくはない。夏の残り香が漂う寝間着を纏い、掛け布団もかぶらずに、結奈はただ、ぼうとしていた。
学校に行きたくない訳ではない。むしろ行きたい。
だが、体が動いてくれないのだ。
担任と保健医に現在受けている仕打ちを説明し、直接攻撃されても耐え、この二日間学校へ行った。だからこそ、この現状が回復するまで仕事は休みをもらえたし、学校側ともいろいろなやり取りをしていじめについて取り組む姿勢を見せてもらえた。
それは、すごくいいことだと思う。
だが、元から気弱で人と話すのが苦手な結奈にとってみたら、それはなかなか酷なことであったのだろう。保健室へ登校するという特別感も相まって、結奈のココロは疲れ切ってしまっていた。
その限界が、今日来てしまったのだ。
(身体がだるい…こんなにやる気がでないこと、初めてだわ)
はぁ、とため息を吐くが、体の状況が変わってくれるわけでもなく。
酷くおもい体を無理やり動かして体制を変え、苦しくならない程度の気道を確保する。こんなに体が言うことを効かない中で、呼吸困難にでもなってしまえば死にかねないからだ。
「…結奈、起きてる?入ってもいいかしら」
「……うん、大丈夫」
扉越しの声にそう返せば、すぐにそれが開いた。扉の向こう側にいたのは、結奈の母である。
「寝返り、打てたのね。よかったわ」
「もう…私、まだ寝たきりにはなってないからね。そういうのはまだ起きないよ。安心して」
「そう?ならいいんだけど…」
部屋に入ってきたのは、結奈の
「具合はどう?」
「あまり、良くはないかな…起き上がるのは、ちょっと厳しいかも」
「そう…どうする?病院にいけそう?」
「さぁ…でも、精神的なものだから、行かなくてもいい気がする、かな」
「分かった。じゃあ、しばらくは家で様子見ね。とりあえず今日はお母さんが有休をとったから、何かあったら携帯に電話してちょうだい。いい?これ以上無理はしちゃだめだからね」
「うん、分かってる。」
茉那の心配した顔を見るのは、やはり申し訳ないし、少しつらい。
だから結奈は、早く治そうと決意した。
◇
「加藤希さんはいりまーす」
「よろしくお願いします」
衣装に着替えてメイクも済ませた希は、台本を持ったまま用意されていた椅子に座った。
今は、連続ドラマの撮影期間だ。希はこのドラマに、主人公の再婚相手の連れ子役で出演している。
Twins☆Star!が主題歌を担当していて、視聴率は上々だという。希が演じる連れ子、小野奈喜は登場回数こそ少ないけれど、話の中で非常に重要な役を担っている。今回収録する場面は物語の転換部であるらしく、セリフ量も今までに比べて格段に多い。
「希さん。今日はよろしくね」
「笹原さん!わざわざありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」
先に現場に入り、大事なシーンを撮っていた主演の
「今、大変なんでしょう?ネットニュースにも一面で出ていたわ。希さんは、特に問題はないの?」
「はい。私に特別何かがあるわけではありませんね。ユニットとしての活動は、しばらく休止にはなるんですけど…」
「確かに、そう書いてあったわ。私、Twins☆Star!の歌好きなんだけどな…でも、また戻ってくるんでしょう?」
「…相方が、活動再開発表をすればTwins☆Star!はまた動くと思います。休止前ライブができなかったから、せめて復活ライブはやろうね、とは言っていますよ」
「そうなんだ!よかったぁ。好きなグループが活動休止のまま動かないなんてこと、よくあるもの。でも、無理はしないでね。芸能界は魔の巣窟なんだから」
唯子が言った言葉に、希は深く頷いた。
「加藤ちゃん、少しこっち来てくれる?」
「はい、今行きます!…すみません、笹原さん。失礼します」
「はーい。がんばってね~」
のほほんとした唯子の声を背中に受けつつ、希は監督の元へ向かった。
「お待たせしてすみません」
「いや、そんなに待っていないから大丈夫だよ。…それで、ここの部分なんだけどね。さっき撮ったシーンが結構重い感じで仕上がったから、奈喜のセリフも少し重めというか、物憂げな感じにしてほしいんだ。」
「なるほど…例えば、『貴方に私のお母さんが務まるわけ、ないじゃない』っているセリフは、『貴方に…私のお母さんが務まるわけないじゃない!』みたいに、あまり強い語気にしないほうがいいってことですか」
「うーん。まぁ、そうかな。じゃあ、本番の時は、物憂げなニュアンスでお願いね。」
「はい。わかりました」
ONE IDOL LIFE! @hinata-ishinido
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