第3章 綻びから目を背け、幸せな日々は影から軋む

兆候

「災厄……」


 窓辺に佇んだ青い髪の女性。その腕の中に一匹の猫が抱かれていた。


「サリバン、失礼するよ」


「呼んでいないが?」


 扉の前に現れたのは、銀髪の女性。まっすぐに伸びた背筋に無駄のない引き締まった体躯たいくが、彼女を実際の年齢より若く見せる。


「どうしてあの場にいたんだ?」


「教えない」


「では何を感じている?」


「それもだ」


 決して仲が悪いようには見えないが、銀髪の女性の質問にサリバンは答えない。


「何をしに来た?」


 そのドスの利いた声の威圧は、どんな人でも縮み上がらせることができるだろう。ただそこにいた銀髪の女性は、動じる様子を一切見せなかった。


「聞きたいことがあったから来た……が、何も答えてはくれないようだ」


「悪かったな」


「別にいいさ」


 銀髪の女性が窓辺に近づく。


「どうせ私より多くのものを見ているんだろう?」


「そうだな。否定はしないさ」


 サリバンはその女性を見下ろした。彼女に比べて随分と背が低い。窓の外を見つめる女性は、サリバンの皮肉にどんな表情をしただろうか。


「だがもう一つの目的は叶えさせてもらうよ」


 青い髪の束をいて、銀髪の女性は笑顔を見せた。


「ずいぶんと伸びてしまったな」




 サリバンは体勢を変えず、その近くに椅子に乗った銀髪の女性が立った。


「任せてくれるんだな」


「いつものことだろう」


 床につきそうなほど長くなった髪の毛を、その女性が丁寧に切り揃える。


「どうしてわざわざ尋ねに来た?」


「何でもいいから少し話がしたかった、ではだめか?」


 口を動かしながらも、その精密さが狂うことはない。女性は楽しそうに鋏を持ち、言葉を交わさなくても嬉しそうに髪を切った。


「大気が震えている。土の中の騒ぎも、最近はうるさくて眠れなくなるほどだ」


 さっきは答えてくれなかった質問の答えを、サリバンはゆっくりと話し始めた。


「異常ならいくつか報告を受けている。突然の大雨に、雲一つない空で轟く雷。山で小さな火種が見つかったり、強風で大木が倒れることもあった」


「それは単なる自然現象ではない」


「だろうな」


「これを止められる者はそうそういない」


「私が知る限り、止められるのは一人だけ」


 銀髪の女性が手を止める。彼女はその全てが分かっていたうえで、サリバンに言葉を求めているようだった。


「その気配を感じた」


「だから会ってみたくて、あんな場所まで出ていったのか?」


「そうだ」


「結果猫とはぐれたと」


「予定外のこともある」


 銀髪の女性は床に落とした髪の毛を片付け、サリバンと窓の隙間に立って彼女を見上げた。


「行動するのは自由だが、自分の身の安全だけは気を配ってくれ」


 広くなった視界。夕日の光を吸収したかのように輝く髪は美しかった。


「気をつける」


「これは約束だ」


 にっこりと笑った女性は、そのままこの部屋を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る