第40話 人には過ぎた羨望

 それは以前話した、私の昔話よりもっと前の話。そして私が普通の子どもたちのように、気軽に人と関われなくなってしまったこと。



 私は生まれてすぐに孤児院へと引き取られた。母親は私が生を受けることと引き換えに亡くなった。父親のことは誰にも知らされておらず、やっとのことで連絡のついた親戚たちからは引き取りを断られた。生まれたときから、私は誰にも必要とされていなかった。


 私の暮らしていた孤児院は教会に付随したものであり、毎日多くの人が訪れる。教会は交流の場でありながら、私のように居場所のない子供や老人たちが暮す場所でもあったし、手が離せないときに子どもたちを預ける場所でもあった。


 教会での毎日は飽きることがなくて、神父さんやシスターの仕事を手伝ってはいろんな子どもたちと遊んだ。一緒に教会で暮らしている子はもちろん、頻繁に預けられることも友達になって、当時の私には数えきれないほどだった。


 そんな日々が終わったのは、ちょうど私が初等部に入学する時。母方の遠い親戚の、一人暮らしをしているおばあさんのところへ引き取られることになったのだ。彼女は僕のことを本当にかわいがってくれて、僕もその優しさによく甘えていた。その時はまだ仲が良く、人が嫌いになることもなかった。


「君の魔力は、俗に『光の魔力』と呼ばれるものだね。おめでとう」


 そう教えてくれたのは、初等部で魔術を教えてくれていた一人の先生だった。


 光の魔力というのは、とある性質を持った魔力を示すだけで、謎の多いものだった。その性質というのが、周りの人に温もりと安らぎを与え、傷を癒し、魔術の効果を増幅させるなどの曖昧なものばかりで、その原理について分かっていることなど皆無に等しい。ただ有益なものであるから、そう呼ばれているだけだった。


「僕、光の魔力の持ち主なんだって」


 僕の周りは人で溢れていた。誰とでも仲良くなれるし、みんなが僕に親切にしてくれる。誰にも怒られたことがなければ、責められたこともない。どうして僕にだけみんなが優しくしてくれるのか不思議に思っていたのだが、これでその理由がはっきりした。


「そうなのか! どうりでギルの傍は安心すると思ったんだ」


「良かったね。ギルが人気者なのも納得だよ」


「おめでとう!」


 口々に告げられるお祝いの言葉に、僕は違和感しか感じられなかった。


「うん……。ありがとう」


 僕はとりあえず笑ってお礼を言って、その場では何でもない風に振舞った。その違和感が何なのか気づけないほどに、僕の頭は鈍く緩んで、普通ではない日常に染まりきっていた。



「ギル、暇なら遊ぼうぜ!」


 日が経つにつれ、僕が友達に感じていた違和感は不満へと変化していった。多くの友達が僕の名前を呼んでくれる。そのギルという名前は、僕を呼ぶための名前なのだろうか。それとも光の魔力を持つ人としての名前なのだろうか。


「ごめん……」


 僕は僕の名前を呼ぶその人たちが、友達であるようには思えなくなっていった。友達というのが何なのか、初めて考えるようになった。


「いや、大丈夫だ。また今度な!」


 僕は何度も誘いを受けて、その全てを断っていった。一緒に授業を受けることも、ご飯を食べることも、放課後遊ぶことも、廊下を歩くことでさえ断わって一人でいるように努めた。しかし何度誘いを断っても誰も嫌な顔をすることなく、一人終わればまた別の人に声をかけられて、僕が一人になる時間なんてほとんどなかった。


 それを繰り返して一ヶ月も経てば、周りの人たちがどんな風に動いているのか気づくようになった。


 僕がいなくても、みんな楽しそうに過ごす。僕に声をかけて断られれば他の友達の元へと向かって、僕のことなど忘れてしまうようだ。それは僕に友達がいないことの証明で、この場所に僕がいなくても何事も変わらない日常が訪れるということだ。


 今も僕に話しかける人は僕の友達ではない。僕の持つ光の魔力に惹かれてしまっただけ。


「ギル! 今日は空いてるか?」


 それはこの場にいる中で一番頻繁に声をかけてくる人。


「どうかした?」


 僕の中で、一緒にいる時間が一番長かった人。


「気分でも悪いの?」


 そして僕がいなくても、普通の生活が送れる人。


「もう関わらないでくれませんか……」


「えっ?」


「私のことは放っておいてくれませんか!」


 思っていたよりも大きな声は、教室に沈黙をもたらした。


「急に、どうしたの? 何があったの?」


 声を震わせて尋ねる瞳は、焦点も合わせることができずに彷徨っている。私はその瞳をじっと見つめ返した。


「私とあなたは、友達でも何でもないでしょう? これ以上関わらないで頂きたい」


「俺が……何かしてしまったのかな……。それなら謝るから。だから……、そんなことっ言わないで」


 涙でぐしゃぐしゃに顔を歪めて、その人は僕にう。その姿が、私の心には重く響いた。私の言葉で生まれた結果なのに、辛い不快感がつのった。


「お前ギルに何したんだよ!」


「ギルを怒らせて、許してもらおうだなんて酷いんじゃないのか」


「最低だな!」


 ざわざわと周りの人から投げられる言葉に、僕を責めるものはない。ただ独りで泣いている、目の前の少年にだけ向けられる。少年も泣きじゃくるばかりで何も言わないから、騒ぎは大きく広がった。


 心がズキズキと痛む。目の前で繰り広げられている事態は、全て私が中心で、光の魔力が原因だった。私にとってはこの場の誰もが平等で何も変わらないというのに、彼らは一人の少年を見下した。責め立てる言葉が止まることは無く、それを口にする意味を本人たちは分かっているのだろうか。


 彼らは何も知らない。何も見ていない。そのことすら気づかずに、私にとって都合がいいように回る世界は、恐怖でしかなかった。これを当たり前だと感じていた自分の愚かさが憎かった。


 そして私は逃げた。人間の社会の歯車になることを拒み、一人で生きることを望んだ。私さえいなければ、世界は歪むことなく正しく回る。そこには最低でも、光の魔力による理不尽な差別は生まれないはず。




「サイラス君と仲良くなれたのは、この魔力のおかげだと思うから……。ズルをしたような気がして、今まで伝えられなかった」


「確かに、ラヴィボンドさんといると温かい何かが流れてきました。それは幸せのおすそ分けのような気がして、僕は嬉しかったんですよ。今まで誰も、僕の傍にいてくれる人はいませんでしたから」


「そう言われると……、なんだか嬉しいね」


 僕とラヴィボンドさんは対極に存在するのに、同じように苦しんで、同じように悩んでいた。それでも彼は克服して、こうして僕の手を取ってくれた。


 それだけでも、僕は嬉しくて仕方がなかった。

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