第41話 導きに従って

「人には人の過去があって、それぞれ苦労も違うってことだね」


「そうですね」


 これまでずっと自分のことしか考えられなかったのに、今は多くのことに目を向けることができた。そのきっかけをくれたのはラヴィボンドさんで、手を貸してくれたのはカフェのみんなだった。


「それで、レコードさんが私を避ける理由は何ですか?」


「理由ね……。詳しくは私から話すべきではないだろうから言えないけど、彼は光の魔力との相性が悪いんだ」


「相性が悪い……?」


「彼の場合は、光の魔力の近くにいると気分が悪くなるの。頭痛が酷くなって目眩とか吐き気がするときもあるって。そういう体質の人もいるってこと、覚えておくといいよ」


「そうなんですね」


 ラヴィボンドさんは少し寂しそうな表情をしながらも、どこかほっとしているようだった。それはこれまで彼の周りにいた人は、誰もがその魔力に惹かれてきたからなのだろう。このような形であっても、その理に外れる人がいてくれることは、彼にとっての救いに近いものなのだろう。


「それでね、話は変わるけど……。そのエトワール、私が貰ってもいいかな?」


 マスターさんが頬を緩ませながら指さしたのは、温かな光りの籠った花の結晶だった。


「これ、サイラス君が作ったのかい?」


「えっと……レコードさんが手伝ってくれて、ほとんど彼のおかげなんですけど……」


 僕一人では結晶の形にすらならない。目の前にあるエトワールという名前を冠するにふさわしい結晶を、自分が作ったと言い切ることはできなかった。


「こんなに綺麗なもの……初めて見たかもしれない……」


「さすがエトワールだよ!」


 二人の口からあふれる誉め言葉に、僕もわずかながらうれしくなった。


「貰っちゃダメかな……?」


「僕は何とも……。作ったのはほとんどレコードさんだし……、アリーさんにも作った結晶を渡すように約束しているから――」


「だったら大丈夫! アルジーは興味ないだろうし、アリーには黙っておけばバレないから」


「それなら……」


 マスターさんは自信満々に宣言するが、それは胸を張って言ってもいいことなのだろうか。とろけるような笑みで結晶に触れるマスターさんの様子に、僕もつられて嬉しくなったが、ラヴィボンドさんはピクリともせず黙っていた。


「私が貰ったからね。ラヴィにはあげないよ」


「あっ、そういうことではなくてですね。……サイラス君、先ほどから謙遜してばかりだけど、サイラス君が一人で作ったら、どんな結晶ができるんだい?」


「それは——」


 繰り返し見続けた光景を思い出すのは簡単だった。失敗しかしてこなかったことを黙っていても仕方がないから、僕はそれらの特徴を伝えた。


「途中で割れて、液体が溢れてしまうのか……。ならこれは、久しぶりの成功例だったってことかな?」


「はい。初めて作った時以外で、成功したのはこれだけです」


「でも今回ので何か掴めたかもしれないんじゃない? 今から試しに作ってみたら?」


 確かに、この結晶を作るときのレコードさんの魔力を見ることができた。たとえ自分の魔力を見ることができなくても、先ほどの感覚を再現すれば上手くいくのかもしれない。


「挑戦してみるだけ無駄ではないと思うよ」


「やってみます」


 マスターさんとラヴィボンドさんに背中を押されて、試さないわけにはいかない。魔術式はさっき使ったものがそのまま残っているから、あとはその中心に粉を積もらせるだけでいい。僕は魔術の準備を終えると、一度深く呼吸した。


 黙って見つめる二人の前で、魔術式に手を添える。温かな光りが導いてくれたように、魔力の糸をゆっくり伸ばす。植物が成長するのと同じように、エトワールの材料に魔力が満ちて、その形を変化させていく。花火のようなまっすぐで強い光はできなかったが、ゆっくりとうねる様な流れは命を育んだ。


 すべての工程を終えて目を開くと、エトワールは結晶の形を保ち、不格好ながらにその内に光を湛えていた。


「綺麗な結晶だ」


 ため息をつくように漏れる言葉。それが魔術の成功を自覚させた。柱のように力強くも、花のように美しくもなく、いびつな形ではあったものの、それは正しくエトワールだった。内側に液体状の晶液を保って輝きを放つ結晶だった。


「でき……ました!」


「おめでとう!」


「良かったね!」


 二人からかけられた祝福の言葉に、僕もだんだん嬉しくなっていって、それが今度は少し恥ずかしいような気がしてきた。


「アリーにも伝えてあげたら?」


「そうします!」


 僕は完成した結晶をそっと転移袋の中に入れた。これでアリーさんの工房からも取り出せる。彼女にも魔術が成功したことを伝えられる。


「ほら、これで手紙も書くといい」


 そう言って、マスターさんに紙とペンを手渡された。


「アリーも状況を知っていた方がいいでしょう?」


「ありがとうございます」


 僕はアリーさん宛の手紙を書いた。花の結晶は秘密にしておかなければならないから、レコードさんが手助けしてくれたことと、少しだけコツが掴めるようになったことだけを記して折り畳み、結晶と同じように転移袋の中に入れた。


「魔術の練習も、着実に進んでいるようで良かった」


「はい。いつもありがとうございます」


「いえいえ」

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