常の日とは誰の常なのか
第26話 生誕と人生の根源
「今日は自分の魔力量を測ってみましょう」
冬休み明けの最初の授業は教壇に立つ先生の一言で始まった。騒がしくなった教室も、先生の咳払い一つで静かになる。
「魔力の測定にはこの石を使います。これが何という石かは分かりますね?」
その言葉に返事をする人はいない。
「これは
一人目の学生の名前が読み上げられた。教壇に立った学生の手に魔鉱石が渡る。先生がいくつか指示を出すと、その学生は僕たちの方を向いた。片方の掌に魔鉱石を乗せ、もう片方の手で覆うように蓋をする。ゆっくりと呼吸を整えて、学生はじっと動かなくなった。
しばらくして、学生がそっと手を開いた。魔鉱石が白く輝き、その存在感を魅せる。先生がそれを受け取ると、魔術式の刻まれた指輪によって青い文字が空中に浮かび上がった。そこで示された数字が、その学生の魔力量だった。
「魔力を流し切った時、何か音が聞こえませんでしたか?」
その学生の小さな返答は聞こえなかった。
「測定終了の合図は、耳鳴りのような高い音です。この後測定を行う学生はそれを意識しておいてください」
一人目の測定を終えて、教室はまた騒がしくなった。先生はそれを注意することなく、次の学生の名前を読み上げた。
「素晴らしい魔力量ですね」
それは僕が生まれたときの担当医師の言葉だった。
魔力は魔術を発動させるために必要なエネルギー。体の中心に存在する
「ただ一つだけ問題がありまして……」
僕の異常な量の魔力を祝福した医師の言葉は、その後に続く説明で無に帰った。それはただでさえ僕の姿に不安を隠せなかった両親に、とどめを刺したようだった。ただ一人、ゆりかごで呑気に笑っていた僕だけが、その状況を把握できていなかった。
通常の人は一つの魔力篭から多くの魔力管が伸びている。しかしごく稀に、魔力篭の一部が捻じれて細くなり、あたかも二つの魔力篭を持っているような人や、魔力管の数が少なくて体内を巡る魔力が薄くなる人が生まれた。そして僕は、その両方に当てはまった。
魔力篭が二つある。とてつもなく大きなものと親指の爪ほどの小さなもの。その二つの繋ぎ目は細く、魔力の流れが悪かった。加えてそこから伸びる魔力管は、小さい魔力篭から一本だけ。膨大な魔力があるにも関わらず、全身を巡る魔力は薄く、一度に扱うことのできる魔力量が制限された。それは魔術を発動させることさえ危ういほどで、実際に僕は生まれてから一度も魔術を発動させたことがなかった。
「サイラス=アシュレイ」
先生の声が響いた。席を立った僕を見て、教室は水を打ったかのように静かになった。全員の注目が僕に集まる。僕の動きに合わせて動く視線は、初めての授業を思い出させた。
教壇に立った僕の手に、先生は小さな魔鉱石を乗せた。
「両手で包み込むようにして魔力を流してください。音が聞こえるまで止めてはいけませんよ」
魔鉱石は白く、羽のように軽い。少しでも力を加えれば壊れてしまうような繊細さを感じる一方で、人の手で作られたかのようになめらかな表面はまるでおもちゃのようだった。
僕は魔鉱石を手で包み込み、目を閉じた。人は集中すれば自らの魔力を見ることができるらしい。中心にある大きな光の塊が魔力篭で、網のように張り巡らされている光が魔力管。でも僕に見えるのは大きな光の塊だけ。その
僕はゆっくりと息を吸った。自分の魔力を感じないから、操る感覚など分からない。それでも魔鉱石を魔力が通過するように願い、意識を手へと集中させた。
規則的な呼吸。トクトクと響く心臓。誰かがペンを鳴らす音や、紙が擦れる音も聞こえる。願いを続けて、もうずいぶんと経つような気がする。測定終了の合図はまだ聞こえない。
誰か一人の呟き声が、次々に言葉を紡いでいった。次第に教室が騒がしくなり、ざわざわと耳障りの悪い音が届く。自分のことくらい、自分が一番分かっている。魔力が扱えないことくらい、嫌というほど実感してきた。だからもういいじゃないか。これ以上、まだ足りないというのだろうか
手が震え始めた。今までの挑戦と失敗もどうしようもないという諦めも、道に投げ捨てたそれら全てを拾い上げてわざと目の前で破り見せびらかすように、悪意のこもったこの空気が僕の心を深く抉った。今回だってきっと、音も鳴らず石も光らず、魔力量なんて測定できずに終わるんだ。こうして失敗し続ける授業が、これからずっと続くんだ。
……もういいだろう。僕が諦めかけたとき、キーンと耳に詰まるような音が届いた。この音が間違いでないのならば、手の中のほんのりとした温かさはそれを裏付ける希望だ。
僕はゆっくりと目を開いた。僕の変化に気付いた学生たちがその口を閉じる。これからどんなものを見せてくれるのか、嘲笑の前の静けさがこの教室を飲み込んだ。その期待に満ちた視線の中で、僕は一人焦っていた。
手を開くことができない。両手の内の温かさに形がなかった。そこに魔鉱石の存在が感じられなくなっていた。
「魔鉱石を」
動けない僕に、先生は毅然と手を伸ばした。先生は僕の様子に気づいていない。他の学生のようにからかう様子もない。鋭い視線に込められた感情が分からなくて、先生の前でこの手を開いて良いのか分からなくなった。
「どうしましたか?」
表情を一切変えず、先生が一歩歩み寄る。僕はその恐怖で、震える手をゆっくりと開いた。
「…………」
手の中には燃えるような赤い砂が積もっていた。緊張と焦りで湿った手に、その砂はベタベタと張り付く。
「測定不能……ですか……。魔鉱石があなたの魔力量に耐えられなかったようですね」
声が教室に響いた。教室は静かなまま、その言葉に反応する人はいない。先生の手が僕の両手の上の空気を撫でる。その手の動きに連れ添うように、赤い砂は宙を舞い、教卓の上の白い紙に包まれた。
「こんなこと、ほとんどないのですがね」
先生は次の学生の名前を読み上げた。
席に戻るまでの、周りの視線はいつもと違うような気がした。その異常な結果に、僕の正体を探るように。それは正に死神を見るような視線だった。
それでも僕はどこかホッと安心していた。たとえ測定不能であっても、魔鉱石が変化してくれた。最低でも、僕は魔力を動かすことができていたのだ。その事実に満足してしまったせいで、これをきっかけに向かう暗い未来に気づくこともなかった。
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