第2章 原因があれば結果が見つかる、道を歩けば何かに出会う
三賢者の緊急会議にて
「急な呼び出しに応じていただき感謝いたします」
輪状の大きなテーブルと三脚の椅子。シンプルだがふわふわと座り心地のよさそうな深緑色の椅子に、若い男が座っていた。深くフードをかぶって顔の見えないその人は、この学院の理事長であり建物の管理者であり、広報の様な役割もしている賢者。風の賢者は今しがた部屋に入ってきたもう一人の賢者へと声をかけた。
長い銀髪に宝石のような紫色の瞳。顔に深い皺が刻まれているものの背筋はまっすぐに伸びて、動きやすくゆったりとした服でも分かるその体は適度に引き締まっていた。炎の賢者は風の賢者ほど人前に出ることはない。彼女の役割は災害や火事などの対応をすることで、現場に部下を引き連れては、あっという間に問題を解決する。その凛々しい立ち姿に、憧れを抱く人も多かった。
「私を前に取り繕う必要もないだろう?」
「そうですかね」
炎の賢者はコツコツと音を立てて進み、美しい模様が彫られた木製の椅子に腰かけた。
無音。
二人の賢者は言葉を交わすことも、身動き一つすることもなかった。部屋の外から音が入ってくることもない。申し訳程度の色合いのステンドグラスの窓。そこから差し込む光に映り込んだ何かの影が、生命の存在を伝えてくれた。
ノックが三回。最後の一人が来たらしい。スラリと高い背丈は曲がった背中で随分と小さく見えた。腰まで届くほどの茶色の髪はぼさぼさで傷んでおり、首もとで一つにまとめられている。自らの容姿などどうでもいいと、その存在で示す彼が歴代最年少の賢者である。謎の賢者には特にこれといった役割がなく、その情報とかけ離れた姿からも彼が賢者であると気づく人は早々いないだろう。
「ごめんなさい。遅くなりました」
見た目からかけ離れたその透き通る声だけが、少年のあどけなさを残す。謎の賢者は大量の石が詰められた箱を抱え、最後の一つの椅子に向かった。大きな岩のようなその椅子はどう見ても座り心地が悪そうだが、彼にとってはそうでもないらしく、座ってからもその滑らかな表面を撫でていた。
「では始めようか」
風の賢者の一声で、三賢者による会議が始まった。
第一声は炎の賢者。
「現状のままでも自然に事態は収束する。特に大きな被害はない。学院の生徒一名が鍵だが、悪い方向へと転がることはない。全てが収まった後にその生徒をあちらの世界へ追放することになるが、これについても問題はないだろう」
「あなたが問題ないというのであれば大丈夫なのでしょう。詳しい時期などは分かりますか?」
「目に見える変化はおよそ半年ほど後。次の年には騒ぎが大きくなり、再来年には全てが収まる。……今のところはだが」
「ではこれからは問題が起き次第対処するということで良いですね。来年は状況を見ながら準備を始めます。こちらのことはあなたに一任しますが、手伝いは必要ですか?」
「基本は今の師団で足りるが、忙しくなれば別動隊として十数名の師団が必要となるだろう。学院の者を待機させておくことで問題はないはずだ」
「では来年、準備いたしましょう。他に必要なことがあれば遠慮なく申してください」
まるでセリフを読むかのように進んだ会議はこれでほぼ終わり。炎の賢者には未来が見える。風の賢者には今が見える。二人の会話はそれを基盤として作られた、これからのシナリオを決める重要なものだ。
「東の山に行ってもいいですか?」
良く通る声。会議中に一言も話さなかった謎の賢者のものだ。彼は未来も現在も過去も見ることができない。興味のないことを考えることも苦手。この発言はそんな彼の珍しい行動だった。
「……世話役を連れていくなら許可しましょう」
風の賢者の返答に少しの間があった。謎の賢者の言葉の意味を探ろうとしたからだろう。だが彼の純粋な思考では、言葉に裏の意味を持たせることなどできるはずがない。謎の賢者はただ東の山に行きたいだけなのだ。
「命の危険がないことが条件ですが」
風の賢者は炎の賢者へと視線を向けた。身を守ることなど、賢者である彼には必要のない心配だろう。ここでの心配は、自分の状態に気づかないほどに、謎の賢者が何かに没頭することだった。
「問題はない。世話役はリタとスーおよびパーチを連れていくように」
「では、彼女たちには世話役の費用と配当を与えておきましょう。その分を財源から差し引いておきます。私から彼女たちに連絡しておくので、迎えが来るまで部屋で待っていてください」
「ありがとうございます」
謎の賢者が溢れんばかりの笑みを浮かべる。彼と話すと、それまでの重要な話がどうでもよくなったかのように空気が軽くなる。彼は無垢な子供そのもので、時折賢者であることを疑いたくなるほどだった。
「他に何かありますか?」
「…………」
「無いようですね。これで会議は終了です。お疲れ様でした」
風の賢者が立ち上がる。彼の言葉を合図に、残りの二人も立ち上がった。謎の賢者は軽やかな足取りで部屋を出て行った。
「後は任せましたからね」
「信用してくれているんだろう?」
「ええ。もちろん」
彼女が部屋を後にし、風の賢者だけが残った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます