第27話 自分の力 ※不快表現あり
魔力量を測定して、僕を取り巻く環境は変わった。他の学生との距離は以前よりも広がり、視界に入ることさえも嫌悪しているようだ。目の前の異常な魔力量を持つ生き物は、死神と呼ばれている人間だった。そこに感じるのは怒りか? 恐怖か? 憎しみか?
そんな学生たちに囲まれて、魔術が使えないことを知られたら何が起こるか。想像する前から背筋が凍る。
「どうにかしないと……」
震える手を握りしめ、僕は秘密基地へと向かった。
魔術の授業で扱う教科書。最初の方に書かれていたのは物を浮かせる魔術、空気から水を生み出す魔術、光を集める魔術。そのどの式も初歩的なものばかりで、六歳にも満たない子どもでさえ、式なしに使っている魔術まであった。
次の授業までに、魔術を使えるようにならなければならない。そうでなければ今の生活がどうなるか。僕は来る日も来る日も練習をしたが、魔術が発動することは一度もなかった。
もう覚悟をしなければならないのだろうか。やっぱり僕には無理なことだったのだろうか。モヤモヤとした心は晴れることなく、岩のように固まることさえもできずに、ただその未来に怯えていた。
一週間ぶりの教室は、シンと静まりかえっていた。そこにいる誰もが僕の様子を伺っては、厳しい視線を投げる。僕の動き一つ一つに注意を払うように、学生たちの日常は制限されていった。
「今日は物を浮遊させる魔術を練習しましょう」
それは誰もが最初にできるようになる魔術。幼い子供でも魔術を理解し、式を使うことなく発動できる魔術。
「魔術を発動させるには、何よりも理解が必要です。魔術の基礎となる理論を式として表現することで、魔力の操作や現象の具現化の補助を行います。式を用いれば全てを理解していなくても魔術を発動することができる。今ある魔術は、かつて生きていた人々が積み重ねた研究により式を構築されたものがほとんどで、魔術の簡便化に成功しています」
魔術の仕組みを理解して、式を使っても発動することができなかった。やはり僕には、その才能が皆無なのだろう。
「今小さなガラス玉が手元にあると思います。魔術式を用いてそのガラス玉を浮遊させてください。できた人から確認に回ります」
教卓に置かれた箱の中から、多くのガラス玉が四方へと飛んでいった。その一つは僕の教科書の上へ落ちて、コロンと魔術式の真ん中に留まっている。このガラス玉を宙に浮かべること。それがこの授業の目的だ。
教室はすでに騒がしく、学生たちはガラス玉で遊んでいた。円の内側に置かれているガラス玉を、外から弾く。最後のガラス玉を弾き出した人が勝ちというゲーム。
いくつものグループができた教室で、一人でいるのは僕だけだ。僕はその中には入れない。それは嫌われているからだけではなくて、参加するための技術がないから。
一人でじっと動くことなく、他の学生たちを見ていると結構な頻度で目が合った。誰もがゲームを楽しみながら、その片隅では僕の様子を伺っている。異常な魔力量の僕が扱う魔術は、一体どれほどのものであるのかと。
「サイラス=アシュレイ。魔術を発動して見せてください」
順に回っていた先生が、いつの間にか僕の前へと来ていた。
「どうしましたか?」
周りの視線が一気に僕の方へと集まった。こんな状況で魔術を扱うことなんてできない。ここで失敗してしまったら……。
「あっ、あの……」
「はい?」
「お腹が痛くて……。トイレに行っても……いいですか?」
見苦しい言い訳。ここで魔術を使わずに逃げる方法。手が震えて汗が伝う。勢いの増した鼓動と荒い呼吸が聞こえてないだろうか。ただの具合が悪い人に見えないだろうか。
「分かりました。お一人で大丈夫ですか?」
「はい」
僕はその場から逃げ出した。全ての道具を持って扉を抜けて、そのまま秘密基地へと向かう。速く速くと気持ちは
嘘をついた。先生の好意につけ込んだ。自分にできないことから目を逸らした。
全てが僕の心を押し潰すようにのしかかってくる。ギリギリと痛むのは、さっきまで痛くなかったお腹。凍てつく空気が肺を刺すように、息をすることさえも罪に思えてくる。
僕はたった一人閉じこもった部屋の扉の前で、体を縮めて時が過ぎるのを待った。
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