第3話 現実の中の夢

 入学して一週間が経った。

 その間に僕が学院の生活に慣れることはなかった。注がれる視線は鋭く、毎日心臓が張り裂けそうになりながら自分の部屋へ逃げ帰る。どこにも僕の居場所はない。存在が認められない場所では権利も自由もない。ただその場に留まる許しを貰えるように、息を潜めてやり過ごすだけ。


 その日も自分の部屋に着くなり床に倒れこんだ。この一週間何をしてきたのか、正直思い出せることは何もなかった。尽きてしまった体力を取り戻して、お母さんが帰る頃にはいつも通りの姿を見せなければならない。また少し眠れば、それくらいすぐに回復できるだろう。


 コツコツ、コツコツ


僕の眠りを邪魔するように、窓が小さく叩かれた。見上げればそこには小さな鳥がいて、その嘴でしきりにガラスを揺らし続けていた。体力など尽きてしまった後はもう減ることがない。無理に体を動かして、僕は窓を押し上げた。

 念願の道が開けると、その小鳥はちょんちょんと部屋へ入り込んで、こちらを見上げて首を傾げた。綺麗な瑠璃色の羽を持つ、さらさらとした小さな体。そっと手を伸ばせば、小鳥はその体を僕の手に押し付けて、気持ちよさそうに羽を繕った。その優雅な仕草の一つ一つに、僕の目は惹きつけられた。

そうして何度か同じ仕草を繰り返して、ようやく満足したのかその小鳥は僕に背を向ける。ちらちらと振り返る様子を見ていると、先程までは気づかなかったが、その小さな背中にこれまた小さな鞄が背負われていた。どうやらこの小鳥は、僕に届け物があって来てくれたらしい。

「僕にくれるの?」

 半信半疑で尋ねてみれば、小鳥はきれいな声で応えてくれた。それが僕の質問に対する肯定の返事なのかどうかは分からなかったが、こちらを見る姿が僕の行動を待ってくれているかのように見えた。だからまた僕は小鳥へゆっくりと手を伸ばし、鞄を開けてそっとその中身を取り出した。僕の手の中に届けたものが収まっていることを確認したのか、小鳥は振り返ることもなくスッと窓から飛び立ってしまった。

 かわいらしい小鳥だったけれど、その仕草は仕事のためだけに我慢してやってくれたのかもしれない。それでもその小鳥のおかげで僕の体力は少し戻ったようで、僕は荷物のない机を前にして椅子に座り、小鳥から受け取った荷物と向き合った。

 手をゆっくり開けば、届け物がはらりと開く。小さく小さくまとめられていた紙が、しわのない一通の封筒へと変わった。銀色の蝋で封をされ、学院の印が刻まれている。それは依頼所という学院の一つの機関から届けられた手紙である証だった。

 依頼所は人々の個人的な願いを受け付け、それを叶えてくれる人との仲介を行う。小さなことでも大きなことでも、状況さえ整えば依頼所は願いを叶えてくれるらしい。それ相応の報酬は必要となるけれど。

「開けて……いいのかな?」

 封筒には宛名がなく、何か心当たりがあるわけでもない。けれどあの小鳥はわざわざ僕の部屋に来て、僕の顔をじっと見つめてこれを渡してくれた。もし宛先が僕でなかったとしても、大きな問題になることはないだろう。

 そっと封筒をめくって開く。中には二枚の手紙が入っていて、そこには簡潔にこう書かれていた。

『誕生日おめでとう。これは私からのプレゼントだ。気に入ってくれることを願っている』

 差出人を示す名前はない。両親からの手紙だとは思えないし、それ以外に僕とつながりがある人など思いつかない。どこの誰かも分からない人からのプレゼントを素直に受け取っていいものなのだろうか。それに何よりこの人は、どうして僕なんかにプレゼントを贈ろうと考えたのだろうか。

 もう一枚の手紙を見てみると、それは依頼所が発行した書類だった。僕の名前で依頼され、それを叶えてくれる人もその日程も決まっている。

「学院の案内?」

これがこの手紙の送り主が僕にくれたプレゼントということだろうか。どうして学院の案内してもらうことが、僕へのプレゼントになるのだろう。もしかしてこれは、僕の幸せを願ったプレゼントではなく————。

「ただいま」

 お母さんが帰って来た。引き出しに手紙を隠し、鏡を見て合言葉を唱えた。そこにいるのはいつも通りの姿。これでお母さんを出迎えられる。部屋を出た僕は急いで階段を駆け下りた。


 依頼当日。

授業を終えた後、僕はいつも通っている教会の依頼所へつながる扉の前に立っていた。依頼所に行くのは今日が初めてだ。依頼所は学院の中でも主要な機関の一つであるため位置する場所は中心部になり、常に人で溢れている可能性が高い。そんな場所にこの姿をそのまま晒して行けばどうなるか、想像するだけで背筋が凍りそうだった。

「髪と瞳が黒いのは、フミカ=アシュレイとお揃いなのよ」

 お母さんはこの姿が誇りだと言った。隠れて過ごすことを恥だと言った。だからこれまでこの姿を隠すことはしなかったし、隠そうと考えたこともなかった。それはしてはいけないことで、間違った行動だから。

 でも今は、どうしても隠さなければならなかった。今回だけだから許してほしい、許してくれなくても嫌わないでほしい。授業を受けるだけで耐えるのが精いっぱいなのに、依頼所にそのまま行くなんて考えられなかったから。

 鞄から一枚の上着を取り出して、僕はそれをギュッと抱きかかえた。本当にこのまま行って大丈夫なのだろうか。知らない場所へ一人で行くことが恐ろしかったのはもちろん、この依頼が善意から申請されていると断言できなかった。依頼所が正式に取り扱っている以上、悪いものではないはずだけれど、それを信用できるほどの余裕は僕の心になかった。

 考えれば考えるほど足が重くなって扉の前で身動きが取れなくなっていると、静まり返っていた教会に二つの足音が近づいているのが聞こえた。笑い合っている声がどんどん近くなる。

 もう行くしかない。抱えていた上着を羽織り、フードを被る。視界が半分以上遮られながら、僕は依頼所につながる扉を開けた。


 そこはこれまで見たこともないような数の人で埋め尽くされていた。それぞれが目的の場所へと歩みを進めて、その入り交じった流れは荒れ狂った波のようだ。一歩でも足を踏み入れてしまえば、その波から出てこられなくなるのではないだろうか。

 この場所に来たことを後悔し始めたが時はすでに遅く、僕はその波に巻き込まれて人混みの中を歩くしかなかった。前も後ろも右も左も、隙間も開けずに名前も知らない誰かが通り過ぎる。これほど近くに両親以外の人がいることなど生まれて初めての経験だった。その姿を隠しているだけで、まるで普通の人になってしまったかのようだ。

 今まで感じてきたものとは別の緊張が、僕の心を包み込んだ。心臓がドキドキと高鳴って落ち着かない。誰もこちらを睨んだりしない。いつも僕が過ごしている景色とはまるで違う……。

 うるさくなっていた心臓の音はいつの間にか聞こえなくなっていた。これは特別な状況であって、本来の僕であったならばどうなっていたか。その事実を見せつけられているようで心臓がギュッと縮む。僕は僕に戻らないと。僕にしか聞こえないほどの小さな声で合言葉を唱えて、誰にも見られないように微笑んだ。

 窮々と人の壁に囲まれながら歩いてどれほど経っただろうか。自分の場所を把握するには天井を見上げる他に手段はないが、そんなことできるはずもなく、僕は諦めて運良く依頼所に辿り着くことを願うしかなかった。

それから少し歩いて、僕はようやく人の波から抜け出すことができた。僕が抜け出たのはこの広場の中心部に程近い場所だった。人の波に圧倒されて気づかなかったが、この広場の中心には巨大な木が聳え立って枝を伸ばし、遥か高くにある透き通った天井の先の、青々とした空から注ぐ光を適度に遮ってくれていた。まるでここだけ時間がゆっくりと流れているかのように、先程までの慌ただしさも騒々しさも窮屈さも無かった。

つい長々と天井を見上げてしまった僕は、はっと我に帰り視線を落とした。誰にもフードの下を見られていないか。静かに周りの様子をうかがったが、僕を気にする人は誰もいないようだった。そうして視線を前に向けたおかげで、僕は目的の場所を見つけることができた。

巨大な木の根元。幹を囲むようにしてカウンターが並ぶ。そこでは制服を着た係の人が依頼人だと思われる人の対応をしていたり、書類を片手にあちこち移動していたりと少し忙しそうだった。

「あの……」

 僕はフードで顔を隠したまま、先程から書類に何やら書きこんでいる係の人に声をかけた。

「どうされましたか?」

「えっと……」

 その人はすぐに手を止めてこちらを気にかけてくれたが、僕はその先のことまで考えていなかった。依頼所まで来ることができたのにどうすればいいのか分からない、何を話せばいいのか分からなかった。

「こちらでは様々な依頼を受け付けております。何かお困りのことがあれば相談だけでも構いません、ぜひそのお手伝いをさせてください」

 その人はゆっくりと話してくれた。沈黙の時間が気まずくならないように、僕が何でも話しやすいように。それでも僕の口はうまく動かなかった。それがとても申し訳なくて、とにかく何か伝えなければと鞄の中からあの封筒を取り出した。

「依頼をされていたのですね。よろしければ、そちらの依頼書を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」

 その言葉に頷いて、僕は封筒を差し出した。未だに声は出そうになくて、書類を確認してもらっている間も口をつぐんで鞄の紐を握り締めることしかできなかった。カサカサと紙が擦れる音が、より一層僕の緊張を高めていった。

「サイラス=アシュレイ様でお間違いないでしょうか?」

 僕はまた頷いた。

「では、こちらの依頼を正式に受付させていただきます。お相手の方は既に準備ができておりますので、今からお呼びしますね」

 その人の合図で鈴の音が響いた。それは依頼所を含むこの空間全体に広がっているような気がしたが、遠くの葉が揺れる音に紛れてしまうようにも感じた。今まで聞いたことのない不思議な響き。そして気づいたときには僕のすぐ後ろで鈴の音が鳴り、そこに誰かが立っていた。

「はじめまして」

その人は目線を合わせるようにしゃがみこんで、僕の方をじっと見つめた。咄嗟に身を引いた僕の背中がカウンターに触れる。

「私はギルバート=ラヴィボンド。君がサイラス君ですか?」

 フードの下の狭くなった視界の中で、その人の透き通るような瞳と目が合った。短く整えられたブロンドの髪に、碧い瞳。すらりとした長身で無駄のない体躯をスーツで包み、際立った存在は内側に温かな光を湛えているようだった。

この場にいた誰もが、彼の挙動一つ一つに目を奪われる。こんな人が僕の依頼を叶えてくれる人であるはずがない。依頼した人は一体どういう考えでこの状況をプレゼントし、そして目の前のこの人は何の目的でその依頼を受けようと思ったのか。

「具合でも悪いのですか? それとも私に変なところがありましたか?」

 僕は何度も首を横に振った。意味が分からない。状況が理解できない。今自分の身に何が起こっているのか。もしかして僕は、誰かに騙されているのだろうか。人を信じたのは、依頼所を信じたのは間違っていたのだろうか。

「そうですか。良かったです」

 ふっと口元がほころび、目を細めて微笑む。そんな彼に不思議と落ち着きを感じた。こんな感覚……僕は知らない。この人は本当に優しい人なのだろうか。それともこうして表に出している姿は偽物で、本性では僕を弄んでいるのではないだろうか。この世界に、僕を認めてくれる人なんているのだろうか。

「私のことは気軽にギルと呼んでください」

怖くなった。正しいことが分からない。自分のこともこの人のことも、分からないことが多すぎる。頭の中がかき乱されて、まともに考えることができない。どうすればいい。このままでいいのか。このままとはどういう状況なんだ。今僕は何を考えようとしているのか。

顔を上げることができなかった。ただただ自分の足元を見つめた。フードが視界を遮ってくれる。このまま視界を閉ざして一人きりになってしまいたい。握りしめた手に力が入る。背中を汗が伝うのに、体は寒さで凍えてしまいそうだ。

「最終確認に入ります。互いに今回の依頼について合意されますか?」

「もちろん」

 係の人の声に続いて、すぐさま彼の返事があった。その言葉に迷いはない。

「アシュレイ様はいかがでしょうか?」

 その言葉に心臓が飛び跳ねて、喉がグッと絞めつけられる。どうやって呼吸をしていただろうか。もう空気の通り道さえ残っていないような気がした。だんだん息苦しくなっていく体は言うことを聞かず、ただパクパクと口を動かすことしかできない。

「死神だ!」

名前を呼ばれて、僕は咄嗟に顔を上げた。すでに息苦しさは消えていた。ざわざわと騒ぐ周囲の気配は、僕の日常そのもの。

視界が広い。何かの拍子でフードが脱げたのだろう。時間が経つほどに騒ぎは大きくなっていき、鋭い目をした人が増えていく。本当の姿を露にした今、誰もが僕を嫌悪した。

『何も見えない、聞こえない。ただの笑った人形だ』

 いつもの合言葉。心の奥底で誰かが笑った。その笑顔を真似するように、口角を上げて目を細めた。ここは僕が知っている、変わることのない世界。それならば僕がすることも同じ。いつも通り。変わることのない日常。

 そんな僕の前で、彼は動いた。ガッチリとした腕で抱き上げられ、何かを呟く声が聞こえる。見上げれば僕の視界は最後に彼の笑顔を映して、眩しい青色の光で覆われた。

 

 ゆっくり目を開くと、そこは赤いレンガの塀で囲まれた小さな箱庭だった。切り取られた空には雲一つなく、太陽の光が燦々と注がれる。芝生には手入れが行き届き、多くの葉をつけた一本の低木と、その陰にベンチが一つ置かれていた。

 まるで世界から切り離されているかのようだった。その塀の先も空の続きも存在しない。世界から素敵なものを少しずつ頂いて集めている、子供の宝箱みたい。

「もう大丈夫」

 この世界には、僕と僕を抱えて立つ彼しかいなかった。耳元で聞こえた彼の優しい声は、不思議と僕の心を落ち着かせる。

「肩の力を抜いて。ここに君を傷つける人はいないから」

 大きな手が背中を撫でた。その手を介して、彼が湛えていた温かな光の粒が流れ込む。それは僕の体の中心へと集まって、無意識に強張らせていた体を解きほぐしていく。

 

 ——温かい。

 

 息ができた。自然と口角が下がる。深く吸った息を吐けば、それと同時に頬を伝って何かが流れ落ちた。世界がぼやけていく。鼻の奥に、ツンとした鈍い刺激が留まって離れない。

「ここではもう、無理に笑わなくていいんだ」

 温かい光は体から溢れて、目から落ちる滴も増えた。楽になった呼吸も次第に苦しくなって、狭くなった喉から醜い声が這い出してくる。

「大丈夫」

 その言葉が光を強くした。暗闇しかなかった世界に注がれるそれは、僕をもっと苦しませる。

ああ、泣いているのか。どうしてだろう。何でだろう。涙が止まらない。これは誰の、何のための涙なのだろう。僕には何も分からなかった。こうなることは初めてで、経験のないことにどうすればいいのか分からなかった。死神の僕が泣くだなんて、そんなこと許されるだろうか。嘆くなんて、誰も許してはくれないだろうに。

「大丈夫だよ」

 僕は考えるのをやめた。彼の肩に顔をうずめた。何も分からない。頭が痛い。溢れるものは止まらない。それは嵐のようだった。勝手にやって来て勝手にぐちゃぐちゃに乱していく。僕の世界は水で満たされて、荒れ狂う波の不快な音だけが響いていた。

 

「ごめんね」

どれくらい経っただろう。細い隙間を風が抜けるような音が聞こえる。彼の手からは今でも光が流れ続けていた。体を中心から温めてくれるそれに、僕はただ震えていた。

「今の私では、君のことを理解してあげられない。君が泣いているその辛さを、一緒に苦しんであげられない」

 それは優しく、悲しそうな声だった。

「だからこれから、君のことを教えて欲しい。もし私のことを信用してくれるのであれば、何でも話してくれないかな。君のこれからの苦しみを、少しでも小さくできるように。私の知っている美しい世界を、君にも美しいと思ってもらえるように」

 教えてほしい、話してほしい。そんな言葉は初めてだった。死神は死神でしかない。それを知りたいだなんて、一体何を求めているというのだろうか。

『騙されてはダメだよ』

 心の中の声が聞こえた。

『死神なんだから』

 その世界に光はない。絡みつく闇が重く重く圧し掛かってくる。彼が注いでくれた光も、そこに届くことはなかった。

「改めて自己紹介をしよう。私の名前はギルバート=ラヴィボンド。職業は研究者。君と仲良くなりたいんだ」

 男の人がくるりと回った。僕は口角を上げた。またいつも通りの僕になるために。

「僕はサイラス=アシュレイです。学生です」

 彼の薄い色の瞳に僕の姿が映りこむ。湖面に一滴のインクを垂らすように、僕の姿が彼の美しさを汚していた。

『彼は僕とは不釣り合いだ』

 心の声は消えない。

『何も見えない、聞こえない。ただの笑った人形だ』

 合言葉を投げかけてくれる。それは僕の心の支えで、僕の唯一の味方。

「良いところだろう。ここは私だけが知っている秘密の場所。教育部門の廊下からも近いから、私も幼い頃はよく来ていたんだ」

 彼の瞳は、この小さな箱庭だけを捉えているようには見えなかった。もっと遠い、存在もしないその塀の向こうまで見透かしているようで、その瞳は僕が知ってはいけないもののように思えた。

「君にもここを気に入ってもらえるといいな。ここでなら、周りのことなど気にしなくていい。自分が、ありのままの自分でいられる場所だから」

 彼が微笑んだ。それはこれまでの笑顔とは少し違って、その光のどこかに暗い影を落としている。

「……ごめんなさい」

 彼は優しい人だ。それが事実かどうかは分からないが、僕はそう結論付けることにした。そして彼がどんな人であるかなど関係なく、僕はこの場を離れなければならなかった。

 少し声が掠れてしまったが、彼にはその言葉が届いたようで、少し驚いたような表情をしていた。

「洋服を汚してしまいました。その分のお金はお支払いします。……今日は依頼を受けていただき、ありがとうございました」

 まだ僕が、自分が死神であるという自覚が残っているうちに目を覚さなければならなかった。変わらない現実に、希望を抱いてしまう前に。

 僕はできうる限りの笑顔を彼に向けた。彼はそれに少し戸惑ったようで、目が泳ぎながらも再び僕の頭に手を持って行った。やっぱり何を行っても、僕がすることは迷惑になってしまうのだろう。それは僕が死神だから。普通の人とは違う、それが僕にとって当たり前の世界だから。

「泣き疲れただろう。声もガラガラだ。……実は行きつけのカフェがあってね、今からそこへ行ってみようか」

 彼に頭を撫でられて、僕はその顔を見ることができなかった。笑っているのか怒っているのか、それても困らせてしまったのか。一息に話した彼の感情が読み取れない。それから黙って足を進める彼に、僕は何も言うことができなかった。

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