第2話 青山君と新入社員

 先ほどの女性が帰った後、私は本を読んでいた。

 さっきの事を聞きたいけれど、聞くのも野暮な気がして聞けずにいた。

 本の内容は、頭に入っていない。違う事を考えているのを悟られない為に、本を眺めているだけだ。

 それに、本に目線を合わせて頭を下に少し向けると、肩まである私の髪の毛が丁度、私の表情を隠してくれる。


「米田さん」誰かに呼ばれた。青山君だ。

 青山君は研修で知り合った、技術開発課の子だ。技術開発課は、限られた人しか配属されない。彼も結構なエリートだ。


「どうしたの? 冴えない顔して」青山君は、いつもと同じ爽やかな笑顔で云った。見破られている。青山君は、私をよく見ている。私の少しの変化に、気付く。青山君の前では繕っても無駄だと解っているので、気兼ねなく話せる。


「米田さん、また前髪切りすぎた?」本当に、よく見ている。


    〇


 新人研修の終わった新入社員が、各課に配属される。

 私の課に、二人の新入社員が来た。

 先生の所には、三人ほど配属されたようだ。三人? うちの課よりも多いなんて。

 そんな事を思っていたら、補足説明を聞いた。

 新入社員三人の仕事ぶりを三週間、見るそうだ。一番その部門に向いていそうな子だけが、正式配属されるらしい。けれども該当者無しの可能性もあるようだ。

 さすが会社の頭脳課だ。


    〇


「米田さん、伊野尾先生の研修、受けた事ありますか?」新入社員の中条さんが話しかけてきた。

 もちろんあると、答えた。

「伊野尾先生って、優しいですよね。私たち新入社員一人一人の名前と顔を、すぐに覚えてくれたし」嬉しそうに話している。


「伊野尾先生と同じ課に配属された白石さん、解りますか? 美人と噂の」中条さんは、急にトーンを変えてきた。


 美人な新入社員の噂は聞いている。何とかという、アイドルに似ているとか似ていないとか。とにかく人目を引く、色白でスタイルの良い、綺麗な子がいると。


「伊野尾先生と白石さん、早速怪しいって噂なんですよ。あ、米田さんもかなり綺麗だからもしかして……?」中条さんは、面白そうに、云っていた。


 先生が新入社員に色気を振りまくというのは、毎年の事だ。

 私たち(先生と関係を持っている女子社員)の敵対心を煽る為だと、囁いている子もいる。

 敵対心を煽り、私たちが自分磨きを怠らない為だと。

 先生なら、ありえるかも。

 実際、先生と関係のある女子社員は、ルックスがある程度のレベルだ。


    〇


 柿原さんといい、白石さんといい、もやもやする。けれどもこんな気持ち、誰にも云えない。

 付き合っている訳でもないし、友達にも愚痴れない。


 漫画を描こう。私は自分の気持ちを吐き出す手段として、漫画を選んだ。

 確か一番最初に描いたのは、高校生の時だった。ひどい失恋をした。けれども友達の前で泣く事が出来ない私は、誰にも本音を云えなかった。

 友達の前では「しょうがないよ」なんて云って済ませた。けれど部屋で一人になると猛烈に辛い気持ちに襲われた。気持ちを、吐き出さないといけないのだと思った。でも誰にも云えない。考えた末、辿りついたのが漫画を描く事だった。


 描いた漫画は、ネットの投稿サイトに載せていた。私だとバレないようにペンネームを使っているけれども、念の為に、設定も少しいじっている。


    〇●


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