第24話🌸桜の木

 タクシーで小学校に向かう途中、二人は何故か無言だった。病院からさほど離れていない小学校だったのですぐに到着した。

時期が時期なだけに桜の木はすっかり寒々しく木だけが立ち尽くしていた。

「桜・・・咲いてないな・・・」

森下が呟くと、

「来年また立派に咲くよ。そしたら見に来ようよ。この桜は、毎年私達を待っててくれるから。」

ひかりは言った。

「桜が見たかったんだ・・・」

森下は桜の木を見上げながら呟いた。ひかりは、

「それじゃ、目を閉じてみて。」

と言った。森下は驚いたが、ひかりに言われるままに目を閉じた。それを見たひかりは、

「この学校の桜の木は、戦争を経験しています。草木がみな枯れてしまったのに、この桜の木だけは命を諦めませんでした。そして、みんなに希望を与えてくれました。諦めずに生きようとすれば、いつかみんなを喜ばせ、癒し、優しい気持ちにしてくれます。この桜の木は、毎年素晴らしい花を咲かせます。そしてその桜は、これからもあなたたちを応援し、励まし続けます。桜の花が散ってしまったら、次はあなたたちが桜の木を励ます番です。来年の春にまた素敵な桜が咲くように、いつでも桜の木に話し掛けましょう。いつでも桜の木を励ましましょう。そうすれば来年、あなたたちに恩返しの満開の桜をプレゼントしてくれるでしょう。ほらっ!想像してみてください。目を閉じて想像してみてください。ピンク色のキレイな桜が満開になることを。今、桜が咲いていなくても目を閉じると満開の桜が浮かんで来ます。まだ浮かばないあなたは来年必ずここに見に来ましょう。その満開の桜を見たら絵に描きましょう。写真を撮りましょう。そうすればあなたはここの桜をずっと忘れないでしょう。」

と、一気に言った。そして、

「これはね・・・私達がこの小学校に通ってた時の校長先生が教えてくれたんだよ。朝礼のたびに挨拶みたいに言ってた言葉なの。今、咲いてなかったら来年の春、満開の桜を見に来ようよ。その時、この桜の下で写真を撮ろうよ!ねっ!」

と付け加えた。森下は、目を閉じたままひかりに言った。

「星野・・・俺、今満開の桜が想像付かなかった。でも来年、一緒に来れるかどうかも分からない。俺さ・・・どんどん忘れていくのに耐えられないんだ。星野にも逢えた事だし、そろそろ疲れて来たし、生きていく自信なくなったし・・・」

ひかりは森下の言葉を遮って言った。

「生きてく自信なんて誰も持ってないよ!悩んで、苦しんで、考えて、それでも答えが出なくて・・・って繰り返してくものでしょ?私に逢えたからどうしたのよ!忘れてく事に耐えられないからどうするのよ!疲れたからって何しようとしてるのよ!怒るよ!」

ひかりはまた泣き出してしまった。ひかりが泣き声になったことに気付いたのか、森下は目を開けひかりを見つめた。ひかりは、泣きながら森下に抱きつき、

「私が側に居てもダメなの?私じゃ森下くんを助けられないの?私には森下くんの辛さを軽く出来ないの?私・・・何も出来ないの?」

と叫んだ。森下は、ひかりの泣きじゃくる姿を見て突然過去の記憶がフラッシュバックされて行った。

「ほしの・・・ゴメン・・・俺、思い詰めすぎてた。自分の事しか考えてなかった。星野も辛い過去乗り越えて今日まで頑張って来たのに、俺・・・思い出したよ。ドラマの最終回、見逃したんだ。入院しちゃったから。家に帰れば録画してあるんだ。一緒に観に行こうよ。」

大泣きしているひかりに森下はドラマの最終回を見逃したと言ったのだ。ひかりは拍子抜けしたが、それは立派に過去を思い出した証拠でもあり嬉しく思えた。そして、

「最終回、観に行こう!」

と元気になり、そのまま森下の家へと急いだ。途中何度か道を間違えそうになる森下をうまくリードして森下の家に到着した。突然帰って来た息子に両親は驚きを隠せなかったが、実は病院から抜け出していた事は連絡を受けていた。そしてひかりが一緒だと言う事も分かっていた。ただ、家に帰って来てくれるとは思っていなかったのか、予想外の帰宅に驚いていたのだ。

「おじさん、おばさん、ご無沙汰してます。」

ひかりは挨拶すると、すぐに森下と共に森下の部屋へと姿を消した。

「ホントにひかりちゃんだったね・・・女優の星野ひかり・・・ホントに付き合ってたんだ・・・今まで嘘だとばっかり思ってたよ・・・」

森下の母親はポツリと呟いた。


 部屋に入ると、早速再生を開始した。ひかりは森下の部屋に入るのは初めてだったが、ひかりのポスターや切抜きなどが山ほどあった。少々気恥ずかしかったが、いつも気にしてくれていた様子が分かり嬉しくも思えた。ひかりは森下の横に座り、ドラマの最終回を再生した。森下は、ジッとテレビに見入っていた。どんなシーンでも真剣に見ている森下を見ているとひかりは、また愛しく思えるのだった。そして、病院で初めて森下を見た時の不安な気持ちはいつの間にか消え、『この人の過去も未来も忘れた事は全部私が覚えておきたい!どんな病気だって、森下くんを愛してる気持ちに嘘はないし、迷いはない!』と思っていた。

 ドラマが終了すると、森下は

「良かったなぁ~・・・満開の桜!思い出したよ!あんなにキレイなんだ。来年、きっと見に行こうな!」

と屈託のない笑顔で言った。ひかりは、笑顔で頷いた。そして・・・

「約束して。来年、あの桜の木の下で、このドラマのシーンのように私を抱きしめるって。」

と言った。森下は記憶が消えていく自分の現状を知っているひかりがそんな提案をするなんて思ってもみなかったのか、驚いていた。しかし、ひかりは全く気にする様子もなく森下にキスをした。そしてゆっくりとベッドに横になり、

「森下くん・・・私のこと抱いてくれる?」

と囁いた。相変わらず驚いたままの森下を強引に抱き寄せ、足を絡めながらキスを繰り返した。森下はようやく我に返り、

「ダメだよ。星野の事は抱けない。」

と態勢を整えた。ひかりはそれでも気にせず、自ら服を脱ぎ始めた。森下は目のやり場に困った様子だった。しかしひかりはそのままベッドに横になり、

「抱いて欲しいの。私に森下くんの気持ちを分けて欲しいの。」

と囁いた。ひかりの瞳が一点の曇りもない事を悟った森下は、ゆっくりとひかりに近づいていった。そして、

「俺は、星野を抱いた事があったか?」

と尋ねた。ひかりは、

「ないよ。だから抱いて欲しいの。森下くんとひとつになりたいの。」

と答えた。

「俺は、今日の事も忘れてしまうかもしれないよ。」

「忘れたら私が思い出させる。」

ひかりはゆっくりと森下の服を脱がせた。そして、二人はひとつになった。ひかりは、幸せだった。夢にまで見た森下からの愛撫に心が躍った。優しく全身を愛撫したあと、森下がひかりの中へと入って来た。ひかりは気が遠くなりそうだった。何度も何度も森下を見つめ、幸せな時間が過ぎて行った。森下もまた、ひかりと同じ様に幸せな瞬間だった。

「ひかり・・・愛してる」

「私も愛してる。ずっと側に居てもいい?」

「側に居て欲しい・・・」

「嬉しい・・・」

二人は、いつまでも抱き合っていた。

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