異世界ルンバ

まさひろ

異世界ルンバ

 ぴぷーぴぴー


 奇妙な電子音で目が覚める。

 スマホのアラームかと思い、ごそごそと枕の傍をまさぐるが、ディスプレイは真っ黒のままだった。モノのついでに起動させると現在の時刻は午前5時、何時もの俺にしてはとんでもない早起きだ。

 俺は顎が外れる位の大あくびをしつつ、変な夢でも見たのかなと、布団をかぶり直し――


 ぴぷーぴぴー


 聞こえた、確かに聞こえた。それはベッドの下からだ。そんなところに何かしまった覚えはないが……。

 俺はもう一度大あくびをしつつも、のんべんだらりとベッドの上から起き上った。


 ぴぷーぴぴー


 ルンバだ、買った覚えなんてありやしないルンバが確かにそこに在った。それはランプを赤々と点滅させながら一生懸命に掃除をしている。


「なんでルンバが……」


 昨夜までは確かにこんなものは無かった筈……だ?


「あれ?」


 ルンバに気を取られていたが、俺は違和感を覚え部屋を見渡す。広いとも言えないワンルームの学生用アパートだ、一瞥すればそれで足りる……。


「なんか、異様に綺麗になっていないか?」


『一晩でルンバがやってくれました』と言う話ではない、そう無いのだ。


「物が……ない」


 ホコリが無いのは良い。ルンバありがとう、ですむ話だ。まぁいつだれが俺の部屋にルンバを放り込んだのかと言う疑問点は残ってしまうが……。


 それでは無くて、物が無い。床に散らかったままだった雑誌や脱ぎっぱなしの服、それら雑多な日常風景がきれいさっぱり消えてしまっている。


 ぴぷーぴぴー


 ルンバの電子音で我に帰る。そう言えばベッドの下にはエロ本があったはずだ。独り暮らしと言えど最低限のエチケットとばかりに隠していた筈……。


「やっぱり、無い」


 俺はベッドの下から一仕事終えたとばかりに心なしか満足げな顔? をして出て来たルンバと目? があった。


 ぴぷーぴぴー


 おかしい、って言うか消えた? ホントに消えたの? いやマジで困るんだけど! エロ本はどうでもいい……いや良くないにしても、服とか消えてしまったらマジで困るんですけど!?


 背中を流れる寝汗以外の嫌な汗。寝ぼけた頭にようやっと酸素が回って来た俺は大慌てで立ち上がる。


「って床超ツルツル!」


 最近のルンバにはワックスがけの機能でも付いているのだろうかと言うほどのツルツルぷり。


 ぴぷーぴぴー


 俺が驚きの声を上げると、ルンバはさも誇らしげに電子音を高らかに鳴らす。


「えっ? なにこれ、人間の声に反応すんの?」


 ぴぷ


「……」


 何だろう、奇妙な緊張感がおんぼろワンルームを支配する。


「って言うか、お前は誰の差し金なんだ?」


 ダチの誰かが、悪戯で俺の部屋にルンバを放り込んだのだろうか。いや流石の俺も鍵を掛けずに眠る程不用心じゃない。かと言って、このルンバが入る程郵便受けは大きくない。


「密室ルンバ事件?」


 いや重要なのはルンバじゃない。俺の服、そしてエロ本たちが無くなっている事だ。


 もしかして、昨夜は寝ぼけて一切合切を綺麗に片づけてから眠ったのかもしれない。そんなか細い希望に掛けて俺は押入れの襖を開ける……。


「やっぱりない」


 そこは記憶のままの雑多な空間。現代アートの様なゴチャゴチャとした空間で、特に荒らされた痕跡も、逆に整頓された痕跡もありはしない。


「やっぱり消えてる」


 お気に入りの服も、お気に入りのエロ本も、全てこの部屋から消え去っていた。


「誰かが合鍵を作って片付けた?」


 いや、流石に部屋の主が寝ている横でそんな作業をするような豪胆な奴は居ないだろう。悪戯にしては度が過ぎているし、ストーカー被害に合うようなキャラでもない。


 ぴぷーぴぴー


 ルンバは相変わらず間抜けな電子音を奏でながら一生懸命に部屋を這いずりまわる。部屋の様子とは真反対にすっかり混乱してしまった俺は段々と物が少なくなっていく部屋を……。


「あれ?」


 俺はルンバの様子をじっと眺める。


 ぴぷーぴぴー


 ルンバがテレビのリモコンの前に差し掛かり、そしてそのまま乗用車を踏みつぶす戦車の如くそれに乗り上げた。いや違う、奇妙な事にルンバの高さは変わっちゃいない。テレビのリモコンは物理法則的な奴をするっと無視してスルスルとルンバの下に吸い込まれていった。


「は?」


 俺は目の前の光景に頭を傾げる。もしかして俺はまだベッドの中で、これは夢での光景ではないのか? 古式ゆかしい伝統にのっとり、俺は自分の頬を抓って見る。


「痛い」


 部屋に響く間抜けな声。そしてジンジンと熱を帯びる俺の頬、どうやらこれは現実の光景の様だった。


 ぴぷーぴぴー


「っておい! 何やってんだこのルンバ野郎!」


 俺がぼーっとしている間にも、ルンバは部屋中の物をせっせこせっせこ手当たり次第に吸い込んでいく。

 冗談じゃない、こいつに吸い込まれているものがどこに行っているのか知らないが、兎に角冗談じゃない。


「止まりやがれ!」


 俺はルンバを止めるべく手を伸ば――


 するりと、ルンバは今までの鈍重な動きを捨て、猫のような俊敏さで俺の攻撃をかわしてのけた。


「は?」


 ぴぴー


「おい」


 ぴぽー


「ふざけんじゃねぇぞテメェ!」

『喧しい!』


 壁ドン(古き意味で)を叩き込まれる。確かに今は午前5時、そんな時間にハイテンションで暴れ回ったのは俺が悪かった、だがちょっと聞いて欲しい、今はそれどころじゃ……。


「あっ! やべ!」


 ルンバ? から目を離してしまった。キョロキョロと当りを見渡すもルンバ? の姿は影も形もありはしない。嫌な汗が追加で流れる、元々の寝汗も相まって俺のシャツはぐしゃぐしゃだ。ルンバ? どこ行った? ルンバ?


 ぴぷーぴぴー


 ルンバの鳴き声? がする、しまった奴はあの鳴声? の時に行動に移る、また何かを吸い込まれてしまったのか!?


 俺は焦ってその声の元に行く。あろうことかそこは玄関だった。


「ちょっ! ふざけんな!」


 奴は玄関に並べてあった俺の靴を吸い込んでいる。こうなったら遠慮なんかしている場合ではない、俺はルンバに蹴りを叩き込む! 一秒でも早くこの迷惑型未来兵器を止めなければ俺の生活が危ない!


 ダンダンダンと俺が床を踏み込む音が空しく響く。奴はその図体に似合わぬ俊敏さで俺の攻撃を悉くかわし続ける。


「なんで!? 当たらない!?」


 最早奴の動きには残像が見えるほど。


「くそっ、ふざけん――」


 その時だ、幾度目かの足を振り上げたその瞬間、奴は俺の軸足に体当たりをかましてきた。


「うおっ!?」


 突然の奴の攻撃に俺はバランスを崩し尻もちをついてしまう。


 ぴぷーぴぴー


「えっ? ばか、やめろ」


 奴は床にあるモノならどんなモノでも吸い込んでいく。サイズに関係なくだ。

 奴がじわじわと俺に近づいて来る。


「ばか! くんな!」


 ぴぷーぴぴー ぴぴぴーぷー

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異世界ルンバ まさひろ @masahiro2017

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