憂れしい
時は千年を遡りさらに自称研究者どものいう五十億年を遡り宇宙の起源の解明などとブラックホールなぞを崇め奉る輩どもの議論をほったらかしにして賢人と翡翠は儀式を執り行う。
宇宙そのものが神の箱庭でしかないという事実を踏まえて。
翡翠は神の絵に自分の血液を再び垂らす。右手首の包帯を外してコリコリと生乾きのリスカのかさぶたをこそいで一滴だけで事足りる。
これを神田の街の只中でまだ夜の早い段階で行った。
眞守はニヤニヤとしてその儀式を見る。時折スマホで撮ろうとすると翡翠が狂犬のように怒鳴りつける。
「死ね、クソガキ!」
眞守がヤレヤレというムカつくジェスチャーをすると賢人も翡翠を刺激するなと眞守にクレームを申し入れる。ただし眞守が撮らなくとも翡翠のくねくねとした見ようによってはセクシーな儀式の動きと生白い右手首を晒している様子を鑑賞に足りるものと極めつけた男子サラリーマンどもと近くの大学の男子学生どもが通りすがりに見て撮影していたところ人数が増えてくるとおおっぴらに止まり取り囲んで堂々と翡翠の四肢と顔と神の絵とを撮って拡散している。翡翠の血が絵の女神の衣装の赤い顔料で描かれた部分に落ちると撮影者たちが五割り増しで増えた。それに眞守が脅しをかけ始める。
「ねえ、アンタたち。たいがいにしとかないと死にますよ?」
群衆に向かって言いながら眞守は賢人にこっそりつぶやく。
「ほら。邪魔が入った」
眞守が親指と人差し指とでOKサインのように輪を作った空間を賢人が見るとゴマ一粒ぐらいの夜の闇の中でも更に黒い闇と分かる点が浮かんでいた。
5秒後に間違い探しのように賢人が気づく。
「おい眞守。お前の隣にいたクールビズの若い奴は」
「吸い込まれた。これに。正確には吸い潰された」
「それが」
「超微小ブラックホール。翡翠ちゃん、早く終わんないと神の絵が吸い潰されちゃいますよ」
「神の絵を舐めるなガキ」
「おい、眞守も翡翠もスルーするな。人ひとり消えたんだぞ」
「だから」
翡翠と眞守が声を揃えた。それに気づいた翡翠はゲー気持ちわりーとつぶやき眞守は似非研究者としての解説を始めた。
「神隠しと言われる現象の原因がこれです。ほとんどの心霊現象の根源がこれで説明できます」
「無茶苦茶だな。あんな感じでいきなり出るのか」
「出るというか誰かが出る環境を整えて出させているというか」
「それが悪鬼神なのか」
「だから、とどのつまりは人ですから」
賢人も翡翠も眞守を無視して続け翡翠は作業工程を終えた。
「見つかりそうか」
「うん。東北」
「今度は北か。なぜ分かる。どう分かる」
「女神様の眼が、東北の方を向いたから」
翡翠の言うことは事実そのままだとして単に東北ではそれこそ盲亀浮木のたとえを地でいくことになりいくら神の絵の加護があろうとも絵師に巡りあうこと複数年かかると思われ詳細を翡翠に調べさせようと賢人が考えていたところ眞守が落ち着き払って言った。
「僕の検索システム使います?」
「ストーキング野郎」
翡翠はそう悪意を放ったが現実には頼らざるを得なかった。そしてそのシステムは眞守が勝手に使うことができず眞守が巣くう日本で一番有名な大学の更に一風変わった担当教授が対応する責任者だった。
「賢人さん翡翠ちゃん、ちょっと待ってくださいね。教授が直接通話して喋った相手じゃないとダメなんですよ」
『はい。◯◯大学の金末です』
「先生、眞守でございますー」
『おお眞守クン。例の被験者とは遭遇できたかい?』
被験者? と賢人は途端に不機嫌になった。タイミングが良すぎたのだ。そういう意図があって当然だろうとは思ってはいたが改めて認識し直して教授と眞守の会話を聞いていた。
「それで、男性と代わります」
『男はいいよ。だって普通の人間なんだろう?』
「ええと。能力的にはそうなんですが普通ではないですよ? はははは」
「おいこら穀潰し」
眞守のスマホを引ったくって翡翠が教授に話す。
『おお。君が翡翠クンですか』
「わたしと賢人をモルモットにするつもりなんだろ」
『隠してもしょうがないから言うが私たちは随分前から君の動きは把握してた。君の実家の神社が火事で焼失した時から』
「え?」
『そこへ来て神の絵を携えての西日本横断行脚だ。それどころかベトナムへまでも。興奮したよ、神の絵の凄まじさに』
「何言ってんの」
『神の絵の顔料は超高強度の放射性物質を含有してる。地球上に存在しないはずの』
「ふざけてんの」
翡翠の淡白なセリフを聞きながらけれども賢人はカラクリが見えて来た気がした。
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