正しい
「翡翠、代わってくれ」
賢人は翡翠から眞守のスマホを受け取り教授と通話した。ハナからコケにして。
「普通の男だが」
『いえいえ。賢人さんでしょう? いや、逆神さんと言った方がいいですかね』
「金末教授。アンタ、事実を捻じ曲げようとしてるだろ」
『ふふ。事実というのは「科学」の中にしかない』
「黙れ。表面上の事象はアンタらが自説する科学ってやつで言い表すことができるだろうがそもそも最小の微粒子をアンタは作れるのか」
『それは作れませんね』
「絵の顔料に地球上にない放射性物質が含まれてるってアンタが言い当てたところでそもそもアンタはその物質を持って来れるのか。大体アンタはそれに触れるのか」
『触る必要もない。君たちが見てるのはその放射性物質による幻視・幻聴だ。地獄など存在しない』
「地獄は、ある。顔料の成分など問題じゃない。後付けで「こうでした」などと誰でも言える。大切なのはその顔料を絵に使うことをおそらくは絵の中の女神が啓示し、多分翡翠の何代も前の神職がこの顔料の効能で絵に毎日奉仕する子孫たちの誰かが精神を研ぎ澄まし、本来なら生きている内には神か仏しか見ることのできないホンモノの地獄を見せて世の人の悪行を止めようという深遠な思考、いや、計算だ。それをアンタはなかったことにしようとしてる。誰に頼まれた」
『誰にも頼まれてない』
「パトロンがいないと自活も自立もできないアンタらがそんな訳ない。将来の地獄を恐れて誠実に節度ある行動を民衆が取ったら消費は下ブレるしそもそも価値のないものにカネを使うことの愚かさに気づいたらアンタらみたいなエグゼクティブとか上部階級みたいなものは一気に失業するからな。自己保身したくなるのが凡夫だろうがな」
『凡夫などと言うな。この下民が』
「アンタほんとに教授か? キレるのが早すぎるぞ」
『黙れ。眞守に代われ』
賢人が眞守にスマホを返すと彼はそれを耳に当てた途端腰を膝にくっつくように折り曲げながら通話した。
「教授! すみません! 僕の指導が足りませんでした!」
ふっ、バカか、と賢人が薄笑うと今度は教授が眞守を指導しているようだった。
『眞守クン。どうやら賢人さんの方がキミより頭が良さそうだ。別にキミの失態を責めるつもりもない。キミが彼よりも頭が悪いという事実があるだけだ』
「き、教授・・・」
『僕らは「頭が悪い」と言われることが耐えられませんからねえ・・・まあ苦しいと思うが事実は事実だ。賢人さんと翡翠くんの儀式を後で報告してください。キミに期待するのはその部分だけとなった』
「・・・はい」
真下を向いて通話を終えた眞守を翡翠が冗談めかして、けれども慰める。
「眞守。オマエもこっち側に来たら? 実は教授が一番何も分かってない浅瀬に置いてきぼりの人間だったってその内分かるよ」
「奨学金と研究費を受け取ってしまってる。契約は果たさないと」
「小学生のガキなんだからそんなの反故にすればいいじゃない」
一般人がひとり超微小ブラックホールに吸い潰されてしまったがとにかく儀式を終了させないといけない。翡翠は神田の街のど真ん中で神の絵を前にしてアスファルトの歩道に額を擦り付ける礼をし場を閉じた。
賢人が確認するように言った。
「ブラックホール・・・悪鬼神は消えたみたいだな。釈迦の悟りを遮る悪魔、か・・・」
「賢人。悟るってどんな感じなんだろうね」
「さあな。翡翠の母方のおばあさんが地獄を捻じ込まれたのはそれはつまり悟りと言えるだろう」
「捻じ込まれた瞬間というよりはその後3×7=21日間嘔吐と嗚咽に耐えたその後が悟りだったんだと思うよ」
「翡翠の言う通りだ。そして目の前で家族が全員燃え尽きた翡翠のそれも悟りと言えるんだろう。眞守」
「は、はい・・・」
「『実験』じゃないぞ。事実、行動、実践、そしてな、自分で好きなことをやろうなんて長閑な選択なんかじゃないんだ。否応ないんだ。これでも翡翠の『奉仕』は『ごっこ』か」
「い、いいえ」
「なら家へ帰れ。ご両親が心配してるだろう。それから明日は学校へ行け」
「はい・・・」
カネはあると眞守は言ったが賢人は自分が稼いだ給料が源泉である五千円札を電車賃として眞守のポケットに捩じ込んだ。
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