臥せたい

 自己防衛のために病気を活用するという方法は人生のあらゆる局面で有効だろう。

 そう賢人は自覚していたが自分の抱える鬱という病は何か自己弁護や自己防衛のために役立ったかというとどうやらそうは言えそうにない。なぜならば鬱が元いた商社の総務課長に知られてしまったことがその後の出向や結果的には失業につながったと言えるからだ。


 そもそもそれは翡翠が失言してバレたというのが本当なのだが。


「ええとウェイターの経験は?」

「大学時代に喫茶店でバイトしてました」


 賢人はカフェスタッフのアルバイトを始めその日の内に出会いがあった。


「ねえ。憑いてますよ」

「え。お客様。わたしに何か?」

「隠さなくていいですよ。それと、僕はお客様とは言えないですね」

「君は誰ですか」

「研究者です」


 どう見ても小学生だった。

 それが研究者だと言う。


「何の研究を」

「心霊現象」

「・・・今。仕事中です。連絡先を教えてもらえませんか」

「電話やメールなんかはちょっと。仕事終わったら会いませんか」

「ていうか今日平日ですよね。学校は?」

「あんな所行ったらバカになってしまう」


 子供の名前は眞守マモリ

 賢人が初日のアルバイトを終えた夕方、眞守と二人で会ったのは池袋のデパートの屋上スペースのペットショップだった。ペットショップとは言いながら金魚とメダカぐらいの大きさの深海魚とインコしかいない店。水槽やケージを見ながら賢人から質問した。


「訊いていいかい」

「いいですよ。賢人さん」

「これって偶然なのか。それともわざとなのか」

「僕は賢人さんのことを知ってますよ。ボス猿退治しましたよね」

「動画を観たのか」

「はい」

「何が憑いてるってんだ。それよりどうして俺がカフェでバイト始めたって分かったんだ」


 しかも初日に、と賢人はこの小学生そのものが心霊現象ではないのかと疑り始めていた。眞守は質問に直接答えるのではなく別の話題に切り替える。


「翡翠ちゃんてかわいいですよね。ベトナムでアニメファンに囲まれたりして」

「そのツイートも見たのか。あの絵をどう思う」

「憑いてますよ」

「だから何が」

「それよりアオザイ。スリットあんなに入ってるんですね」

「・・・なんでそれを知ってる」

「監視カメラ。他人のスマホカメラ。風の噂。媒体は無限にありますよ」

「何がしたい」

「面白そうだから」

「そうじゃなくて。心霊現象の研究をどういう立場でどこでやってる」

「学振特別研究員っていうのの更に特別なヤツで。場所は日本で一番有名な大学です」

「カネは」

「それは生活費貰えるし研究費も国が出してくれるんです」

「へえ。脛齧りか、国の」

「翡翠ちゃんは生活保護ですよね」

「お前とは違う」

「いえ。同じですよ。ただ違うのは僕の場合は人類に貢献する目的での需要が高く、翡翠ちゃんはそうじゃない」

「逆だ、バカ」


 賢人は生まれてから人に対してほとんどバカという言葉を使ったことが無いのだが、今はすっとバカという言葉がついて出て使ったことにもなんの後悔も無かった。


「いいか眞守。需要があるのは研究などでは決してない。ひたすら実践のみだ」

「賢人さんが解雇された会社みたいに?」

「辞任だ。会社は関係ない。翡翠が少女の頃からやってきた神の絵を守ることが実践だ。長閑な研究などとは決定的に違う」

「はははははははははははははは。翡翠ちゃんのは、『ごっこ』でしょ。僕の、国がスポンサーとなった、人類を救うための心霊研究は、世界じゅうの研究者から評価されてるよ」

「黙れ。じゃあ神の絵にまつわって起こった出来事を眞守はすべて科学的に説明できるとでもいうのか」

「すべて。心理学、哲学、歴史学、スポーツ科学、文学においてすら」

「お前はまがい物だ」

「なぜ」

「今、文学と言ったな。ありえない」

「なぜ」

「文学は、文学だけは学問じゃない。決して」

「じゃあなんですか」

「現実だ」


 賢人は眞守を連れて神社を訪のうた。

 翡翠が奉仕のための清掃や補修やそして祝詞を上げている小さな神社を。


 そこに翡翠が、神の絵を神社の階段のところに奉って、持参の箒と塵取とで塵芥を掃き清めてけれども神が所有のものを持ち帰ることは無礼なので一塊にまとめて後は世間的な正式な神職に任せることとして。

 その翡翠が自己紹介も何もしない眞守を一目見て即、つぶやいた。


「あ。まがい物だ。ははっ」





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