なりたい

 賢人が子会社に勤務してから最初の月締めミーティングで金本が賢人を褒めた。


「この仕事、向いてるみたいだな」


 ただ、子会社という狭い世界ではそれは褒め言葉だったとしても借金取りというパブリックイメージと現実に自分がカネを督促・回収した債務者たちの感情とすれば地獄行きを望まれる存在だろうし事実自分は地獄に堕ちるのだろうという漠然とした思いも固まって来ていた。金本がもうひとつ言った。


「神社はどうだ。儲かってるか」

「儲かってはいません。ただ、目処は着きました」

「私も参拝に行っていいか」

「え」

「ダメならいいが」

「そうですね。構いません」


 もてなす気ももてなされる気も双方に無かったため、拝んだらすぐ帰ると言って金本は鳥居をくぐった。


「面白いな。これがその絵か」

「はい。天照皇大神宮が日の光を放っている絵です」

「この間督促回りの時に聞いたが凄まじい経緯だったんだな」

「はい。放火だったそうです」

「怖くないか」

「色んなことに対して『オマエのせいだ』と言い切れるようになってから怖くなくなりました」

「そうか。じゃあ、参拝させてくれ」


 金本は祭壇の御神酒が供えられた前辺りに千円札を置き、正座して二礼二拍手一礼し、顔を上げ、神の絵をもう一度見た。


「逆神。暑くないか?」

「いえ。少し肌寒い日ですよね」

「そうか。逆神」

「はい」

「すまん。頭の毛穴がチクチクするぐらいに暑い。もう帰ってもいいか」

「大丈夫ですか。タクシー呼びましょうか」

「いや。気を悪くしないでくれ。この部屋にもう居たくない」

「一人で帰れますか」

「すまん。本当に気を悪くしないでくれ。オマエとも一緒に居たくない」

「・・・分かりました。もし途中で具合が悪くなられたら電話してください」

「ああ」


 その夜、金本が心筋梗塞で都立病院に搬送され、死ななかったが脳に酸素が行かずに植物状態になったと翌朝出勤した際に賢人は本社からの電話で知らされた。


 唯一本社からの出向者である賢人が社長に就任することになった。


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