兼ねたい

「副業を認めてください」


 出勤初日に賢人は出向先の100%出資子会社社長に申請した。社員5名のその会社は社長が全部門を統括しており労務管理を含めて全社を、といっても5坪しかない賃借テナント事務所の世界でのことだったが。社長は親会社である本社の有能な社員たちの一般的な例を挙げて賢人に訊いてきた。


「執筆か? 業界誌のレポート連載とか」

「いいえ」

「じゃあなんだ」

「神職です」


 二人は睨み合うような形でデスクに座る社長とその真正面に立つ賢人という位置関係だった。子会社は本社の信販部門の悪質な滞納顧客への督促とリボ払いの回収を中心に行う平たく言えば『借金取り』だった。賢人よりも少し上三十代の口ひげをうっすら伸ばした社長が二度目を訊いた。


「それってなんだ」

「神社の神主のようなものです」

「実家が神社か?」

「いいえ。今の自宅が神社です」

「・・・カルトか?」

「いいえ」

「じゃあ、狂ってるのか? いやすまん。パワハラかな」

「構いません。狂ってはいないと思いますが普通じゃないお願いだとは思ってます」

「ふうん。一応就業規則では業務に支障ない範囲で管理者・・・つまり私が認めれば副業をやってもいいことにはなってる。本業と副業、両立できるか?」

「はい。というか神社をうまく回すことができないと命に関わりますので」

「・・・今日は私と一緒に回ってみるか」

「お願いします」


 賢人が営業車を運転し、社長と二人で都内を回った。最初は王子にある一戸建ての新しい木造住宅だった。


「押せ」

「はい」


 賢人は言われるままにインターフォンを押す。30秒経っても応答がない。二度目を押しても同じだったので社長の指示で督促状をポストに差し込んだ。そのまま営業車に戻って車に乗り込みコンビニでトイレをした。


「行くぞ」

「え」

「もう一度だ」


 社長の言うままに賢人はコンビニから車を出しさっきの家の小路に差し掛かったあたりで止めた。


「ほら。居た」


 玄関の前に老婆が出てきて督促状の宛名を見ている。社長はそのまま助手席のドアを開け早歩きで遠くから老婆に声をかけた。


「こんにちは。カジヤヨシヒロさんはご在宅ですか?」

「え・・・いえ」

「ヨシヒロさんのお母様ですか?」

「は、はい」


 社長は首からぶら下げた写真入りのIDカードを老婆にぶらり、と示す。


「わたくしは当社の社長をしております金本と申します。その封書はヨシヒロさん宛てです。ご本人にお渡しください」

「あの・・・息子が何か?」

「すみません。ご本人以外にはお話しできない決まりになっています」

「あの・・・」

「では失礼します」


 賢人は社長のあっさりしたやり取りに拍子抜けしたが、出向前に事前配布された業務マニュアルを考えれば適法な範囲でできる督促や回収はごく限られたものであることを知っていたのでこんなものかと納得もした。

 ただ、社長である金本の容姿は向き合う人間の深層心理に、極論すれば『殺人者』を見るような不安を与えるそういう見た目ではないかと賢人は思った。


「淡白だろう?」

「そうですね」

「多分、明日には電話が来る」


 午前にマンションやアパートも含めて3軒、午後には独居高齢者のアパートやサービス付き高齢者住宅等を5軒回った。最後の5軒目は反社の絡む高金利の貸金業者からの返済資金のためにキャッシングを繰り返した老爺のアパートだった。賢人がインターフォンを押そうとすると金本が、待て、と言った。賢人は感じた匂いを口に出す。


「ガス臭いですね」

「ガス臭いんじゃなく、ガスだろう。逆神。警察に電話しろ。ガス漏れだってな」


 賢人がスマホでそのままを警察に伝えると電話の窓口の担当者は粘った。


「はい・・・わたしたちも待ってないといけないんですか。ええと・・・そうですか」

「貸せ」


 金本は賢人からスマホを受け取って話の続きをした。


「すみません。次の仕事が入ってるので・・・はい? 人命? じゃあアンタは待ってる客からクレーム受けてそれで俺が自殺したら責任取ってくれるのか?」


 5秒ほどして電話が切れた。


「帰るぞ」


 帰りの車で金本は熟睡していた。

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