蝶は今日も夢を見る

ユナ

第一章【一】

澄みきった青い空を、蝶が舞う。

漆黒の中に鮮やかな色味を忍ばせて、ひらりひらり。

誘われるように窓を開ければ、春の柔らかい風が舞い込んだ。

眼下に広がる庭師が毎日丹精込めて手入れしている庭は、この季節が一番美しい。

切り揃えられた木々がお行儀よく並び、咲き誇る花々は一番綺麗に見えるように配置されている。

誰が見ても美しく見えるように、ただそれだけのために隅々まで整えられ作られた庭。

まるで、私のようだ。


耳が廊下からの僅かな音を聞き取る。その音に、胸が微かに跳ねた。

すぐに扉を軽く叩かれ、姿勢を正す。


「お嬢様、お時間です」

「わかったわ」


窓を閉め踵を返した時、裾が翻った。

この日のために仕立てられた、薄紅色の豪奢なドレス。

胸元は鎖骨を惜しみなく晒すように開かれ、柔らかな素材のリボンがウエストを絞り細さを強調させている。

ふわりと広がった裾を引きずらないように、レースの手袋で軽く摘まむ。

扉を開ければ、飴色の瞳が私を迎えた。


「とてもお綺麗です」


緩く弧を描く唇が、柔らかな声色を紡ぐ。


「……ありがとう」


私は深いえんじの絨毯に視線を落とした。

私は、いつからかこの男の顔を真っ直ぐに見ることが出来なくなっていた。


「足元お気を付けて」

「ええ」


私の歩幅に合わせるよう男がゆっくりと歩き出し、その後に続く。細い踵が、絨毯に沈む。

伏せた視界の端に、漆黒が過った。

窓の外を、アゲハ蝶が優雅に舞う。

さっきと同じ蝶なのか、違う蝶なのか。

高く自由に舞う蝶を、私は見えなくなるまで目で追った。


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