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「お前が言ったとおり、俺の境遇はユダヤ人のそれとは違う。だけど、やられたことは同じだ!」語尾荒げに唾を吐く。
「やはり馬鹿は治らないんですねえ。頭も体も悪い。救いようが全くない」
どこまで挑発的な態度を取る気だろう。しかしここは口を挟むところではない。湖は貝のように押し黙って甲乙と出雲大社に視線を走らせた。
コホンと咳をして空気を変えて、
「いいかい、ドナドナの意味を憶測として言うとしたら、ユダヤ人は処刑されに行くんだ。つまり、殺される。バカな君は処刑されない。根本が間違ってる。このまま君が殺されるというなら同情の余地もある。しかし今の君には何もない。普通に生活ができ、仕事もあり、そしてなにより好き勝手に動物を喰いまくっている。これで君はユダヤ人じゃないってことが分かったよね。話は変わるけど、恰好だけ気取っているエセムスリム君。もうそんなことはやめたまえ」
エセムスリム? よく分からないカタカナ語は初めて耳にする言葉だった。甲乙は更に強く唇を噛んだためか、唇にうっすら血が滲んでいる。彼はこの言葉の意味を知っている。
ムスリムとは男のイスラム教徒をさす。エセとは似ているが本来は違う。という意味だと出雲大社は甲乙のことを見ながら言った。更に、
「敬虔なイスラム教徒は豚肉は絶対に食べない。惨殺された動物の肉も食べない。君はその手で動物を惨殺し、肉を喰ったよね? 君は真逆に位置している」一息つき、
「それじゃ、なぜ君が犬、猿、ロバを盗んだかっていうと……え、なに、うん、ははー、そうなんだなるほどねえ、だからといってもそれは許されることじゃないよね、そうでしょ」
甲乙の向こう側、縛られている柱の向こうはトタン張りの壁だ。そこに目をやって独り言を言っている。急いでそっちを見た。が、遅し。既に出雲大社は甲乙のことを穴が空くほどに凝視していた。
「おまえ、独り言を言うなんて気持ち悪い」甲乙はぶるっと一つ震えた。
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