「っ、いってててて……あったまいてえ」

 頭を抑えて起き上がった向井は隣に倒れている櫻井を見て、『あ? なんだよこれ』とあからさまに嫌な顔をした。そもそもなぜこうなっているのかまだしっかりと動いていない頭で考えるのは無理があった。


「ちょ、起きてくださいよ」

 櫻井を足蹴にして揺らしてみる。何度目かの蹴りで、眉間に川の字を刻みながら櫻井が意識を取り戻した。

「なんだここ。いてっ、背中いてえな。え、なんで床に寝てんの俺」

 なんでこんなとこで寝てんだ? と、二人で顔を見合わせる。己らはソファーの後ろに隠れるようにして横たわっていたのだ。どうしてこんなことになっているのか思い出し始めるうちに、顔がみるみる強張った。

「おい、甲乙どこ行った?」

「まずい。朝倉さんもいねえ」

「向井、行くぞ!」

 櫻井は瞬時に立ち上がり走り出した。そのあとに向井も続く。事務所を飛び出し裏手に当たる小屋の方へ全速力で走る。


 湖はそんな二人を小屋の入り口に待機しながらほくそ笑んでいた。

 力ではかなわない。でも、知能なら勝てるはずだ。ジャッキー仕込みの知能でなら、少しはダメージを与えられるはず。


 紐を握る手に力を込めた。あとはタイミングを合わせて引けばいい。

 小屋までの緩やかな坂を全速力で走ってくる。走る速度が早ければ早いほどこの戦法はいかされるってもんだ。

 乾いた喉に無理矢理つばを流し、紐を手に巻き付けた。膝をついて姿勢を低くし、タイミングを測る。


 二人が小屋に入った瞬間、扉に括っておいた紐を力任せにピンと張った。見事に二人の足は引っ掛かり、前のめりに倒れた。あとはお腹に一発ずつ入れて、素早く手足を縛ってその辺に転がせばいい。だがしかし、そうは問屋が卸さなかった。


 櫻井がまさかの受け身をとった。柔道の基本をばっちり叩き込んだお手本のような受け身は想定外だ。向井はつぶれたカエルのように両手両足手をばたつかせて顔からつっこんでいた。こっちは想定内だ。

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