・・・・

 過去にいろいろあったのか。それは私とて同じだ。思い出したくない過去のひとつやふたつ、誰にだってある。一生懸命前向いて生きようとしているのかもしれないと思うと少なからず自分とダブって同情してしまう。


「だから、あいつはそんな理由もあってか人と関わりをもつ仕事が嫌だと感じちゃったんだろうな。人との関わりには少なからず本音建前、私情が入るだろ? 物言わぬ動物の世話をしている時が一番幸せだって言ってたよ」

 でも、あいつには絶対に盗めない。と向井は付け加えて言った。


 その理由は彼の足だ。

 走ることのできない足。そして体も小さく細いので力だってそんなにない。そんなのがロバなんて盗めるわけがない。まして犬なんて、どっちが散歩されてるのか分からなくなる。

 彼は小動物の管理、子供に人気のある、ひよこやニワトリの管理がちょうどいい。見た目に弱いと思う動物の世話をしている時は自分が強くいられる。それが幸せなんだ。でも決して上からじゃなく、対等に世話をしたいんだ。と言っていたそうだ。

 となると彼にもまた動機は無いように思える。皆動機は無いのだ。皆無だ。


 早速振り出しに戻ってしまった。しつこいくらい何度考えても彼らに動機は見つからなかった。

 でも湖はその話を聞いて、甲乙はなんでわざわざ動物園に就職をしたのだろうかと不思議に思った。

 足が不自由ならばわざわざ動物園で働くこともないのではないか。それこそこのご時世だ、在宅ワークもたくさんあるし、会社務めだとしたら一日中デスクに張り付いていられる仕事もたくさんあるだろう。歩かずにすむ仕事なんて数えきれないほどにある。そこをあえて選ばずに動物園に就職してきた甲乙に純粋に興味をもった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る