・・・

 二人は一瞬顔を合わせ目くばせをした。湖はめざとくもそれを見逃さなかった。

「今のってなんですか? 今目で合図しましたよね」

「…………いや、とくには」

 櫻井は頭をかきながらそっぽを向いた。


「教えてくださいよ」

 ここで逃げられては振り出しに戻るだけなので、なんとか情報を引き出したい。

「…………」

 向井もわざとらしく動物の檻の方を向いてチェックしています風をふかせている。なので、

「甲乙さんて、動物園で働くにはなんていうんですかこう、静かすぎじゃないですか?」

湖はまずことばのボールを外角低めから投げてみることにした。

「それは関係ないだろ。あいつは昔いろいろあったんだよ」

 ややしばらく間があってから向井がボールをひょいと拾った。


「いろいろってどんなことですか?」

「……俺前にSNSやんないかって誘ったことあってさ、その方が仲良くなれんだろ。あいつのこと、なんか気になっててさ。そしたらあいつ昔の大学時代の友人かなんかがヒットしてきたらしくて、何気なしに中見ちゃったんだって。したら、そこには本当だったら自分も行くはずだった卒業旅行のフランスでの写真があって、自分以外のみんなが映っていたんだと。そんなの見つけたショックで、「SNSはできない、ごめん」って。本当は言いたくなかったと思うんだよそんなこと。だから俺もそれ以降二度と口にしてない。だから、あいつは過去に体のことで嫌な思いをしてんだよ。そんなこともあるから他人のことをやけにビビるし、どんな奴なのかって、こいつはいじめる奴なのかなってよーく見てる。そういうの敏感になってんだよ。そこまで気を遣うなってくらい気を遣う。俺らの前ではそんなこと必要ねえよって言ってるけどなかなか心を開かない。また同じことになるのは嫌だって、壁作ってんだよ」


 最後の方は機嫌が悪くなっていた。向井もまた人がいいんだろう。イラついてはいるものの、懐中電灯でひとつひとつ檻の中を確認するのも忘れない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る