「人の寝室なんて覗く趣味ないですからご安心を」

「よかった。常識のある人で」

 嫌味なんだか本気なんだかよくわからないことを言い、静かに部屋へと消えて行った。

 もんくの一つも言ってやりたいと湖は思ったが、初日に雇い主に楯突くわけにもいかず、ひとまず大きく深呼吸をして気持ちを落ち着けた。それからキッチンの上に置かれた『トゥードゥーリスト』なるものを手に取った。


『トゥードゥーリスト』

一、猫のトイレットを綺麗にしてね。

二、猫にカンカンとカリカリをあげてね。

三、裏庭のドアを開けて猫を散歩させてね。

四、コーヒーのストックを確認してね。

五、仕事場の掃除を徹底してね。

六、僕の朝ごはんと昼ごはんもよろしくね。


 待て待て待て。百歩譲って五番まではやろう。でも最後の六番のやつは必要ない。

 食事の支度までやるなんて、これではまるで召使いだ。そんなことはまったく聞いてない。

 湖の仕事は、猫のお世話だ。占い師のペットのネコの世話。それが湖の仕事だと昨日言っていた。

 蓋を開けてみたら余計なことがくっついていた。

 湖は鼻息荒くリストを握り潰す。


 こうなったら絶対に新しい仕事をさっさと見付けて辞めてやる。日雇いでもなんでもいい。ちゃんと仕事らしい仕事を見付けてやる。

 鼻息荒いまま猫トイレのスコップを握りしめた。

 どこから沸いて出たのか、いつの間にか猫らがあちらこちらに寝っ転がっていた。

 不思議そうに見上げるノリコを見るとなんだか癒される。

 そう、猫に悪気はない。出雲大社には悪気がある。

 猫はかわいい。出雲大社はかわいくない。

 コテツにノリコに母猫にかんかん(猫缶)をあげ、言われた通りに裏庭から散歩に出した。その後にきっちり猫トイレを綺麗に洗うとなぜか心まで洗われた気分になった。

 それから最後に、やりたくはないけど占い師の朝食をつくりにかかる。

 冷蔵庫を開け、一通りの物が入っているのを確認し、サンドイッチでいいか。と、適当にこれも仕事だと割り切ってリストの六に取り掛かったところで空気の流れが変わった。

 ふと入り口の方へ顔を覗かせると、ドアが薄く開いている。

 その向こうに誰かがいる気配がした。

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