第185話 12月22日 天使のひとかけら

 本来の出産予定日がこの日だった。数日早く生まれただけで、検査の結果も心配されていたことは何一つなく生育は順調。母体が傷ついたことによる後遺症や影響は一切なし。


 小さな息子を自分の手の中に「現実」に抱くことができ、母親としての幸せをかみしめると同時に、生まれてくれたことの感謝と喜びに満たされていた。

 まだ歩けず車椅子で退院することとなった。病院スタッフをはじめ、風の子園全員が祝福してくれた。


「ただいま」

 風の子園にやってきた。脚が思うように動かない以上、周りに助けてもらう必要があったので、自宅ではなく少しの間こちらにお世話になることになった。

「おかえりなさい!」

 一目赤ちゃんを見たい一心でどたばたと子供たちが寄り集まってくる。

「こらー静かに!」

 直子の注意にみんな忍び足になった。一斉にのぞき込む。すやすやと眠る赤ちゃんを見るとひそひそ声で

「うわーーちっちゃーい!」

「可愛い~」

と歓声をあげた。


「さ、寒いからお布団に入れてあげようね」

 スタッフ室に設置したベビーベッドの中に、そっと寝かせる。子供たちはいつまでも覗き込んで離れなかった。

 ベッドの頭上の柵には、子供に人気のキャラクターの絵の描かれた命名用紙が掲げられ、墨書きで「真哉」と書かれていた。







 

「……他人の人生なんか肩代わりできるもんでもないし、この子はあいつらの生まれ変わりでもなんでもないのに。お前はお前なのに」

 皆が寝静まった真夜中。靴下や星やミニリースなど、子供たちの手作りの飾り物が吊り下げられたベビーベッドの脇に、裾の長い白い服、幅の広い白いズボン、左手には白銀の剣という出で立ちの、おおよそサンタクロースではない人物がベビーベッドを覗き込んでいた。

「何で人間は、こう思い出を引きずるんだろ」

 優しく微笑みかけながら独り言をつぶやく。

「ま、俺も同類か。アイツのひとっかけがお前ン中にあると思ってんだから……ナァ」

 皮肉っぽくつぶやき小さくふっと息をつくと、つん、とぷにぷにの頬をつつく。


 姿勢を正し、そっと右手の指先をまだ狭くて柔らかい額に当てる。

 目を閉じて唱える。


「愛され祝福に満ちた道であれ。愛と慈しみを与える者であれ」


 ゆっくり手を離すと、どこかむずがゆかったのか「んん」と声を出して手をパタパタ動かした。その様子を見ていると自然と頬が緩んでしまう。

「じゃあな」

 右手に剣を持ち替え中空に円を描くと、その人物は姿を消した。

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