第172話 兄弟の会話

 今度はシェトの方から聞いてきた。今までの砕けた雰囲気はなく、静かな口調で問う。

「お前これからどうするつもりだったの」

 直哉は自分の足元辺りを見ながら答える。

「石田の家に行って……」

「行って? 行ってどうする?」

「わからない。でも行ったら何かあるんじゃないかって。俺の事狙ってる奴がいるかもしれないし、石田になんか取り憑いていたら何とかしてあげたいし」

「ふーん」

 咎めも賛同もしないで聞いているだけだ。

「行ったら考えようかって思ってた。おばさんが俺の事呼びに来たし」

「呼びにねえ。そんな穏やかには見えなかったけどなぁ。連れ出そうとしてたんじゃないの?」

「見てたの?」

 直哉は驚いた。何で知っているんだ。

「お前はあっちの世界の事どれだけ知ってるかわかんないけど、印をつけられたヤツのことはだいたい知れる仕組みなのヨ。こっちの世界で言ったらテレビとか新聞みたいなものかなー」

 一気に恥ずかしくなった。自分の生活丸見えだったのか。

「じゃあ全部知ってんの!?」

 首を横に振る。

「24時間監視ってわけじゃないから全部じゃないけどな。おおよそ大体。誰と交友があってどういう生活をしてってのは基本情報としては知ってる」

 じゃあ志保や真一のことも知っているのだろうか。悪魔と通じていたなんてとっくに知られていたに違いない。


「印って俺いつつけられたの?」

「そんなのは知らないよ、第一俺が監視役になったのは割と最近だぞ」

 最初から全部見ていたのではなかったのか。安堵とともに、それならばどこまで悪魔である彼らのことを理解してくれているか、それも不安になった。

 シェトはさらに質問してきた。

「なあ、なんでそこまで人間にこだわるわけ? 平気で裏切るわ嫌だと思ったら攻撃するわ、行いが自分の身に返るまで放っとけばいいのに。俺には自分勝手な生き物にしか見えねぇよ。困ったときは神様仏さまってすがるくせに、願い叶えば離れていくし、思い通りにならなきゃ相手が神仏だろうと歯向かう。不思議なイキモンだわ。特にこの国の人間は」

「一緒に居れば好きになるから、必死なだけだよ。その人が苦しんだり悲しんだりして欲しくない」

「ふーん」

 また否定も納得もせず相槌だけ帰ってくる。

「その理論で、石田ってやつを救おうと」

「……できるなら」

 決意表明のように口にする。

「でももし、お前が死神の力を使って人間を回復させるようなことがあったら、その時は俺はお前を悪魔とみなして、俺らの世界の法で裁くことがある。それは覚えとけよ」

 頷きも嫌がりもしなかった。


「ここに来たばかりの頃真一に言われた。天使の血も入ってんだから誰かを守ることだってできるだろうって。でもやっぱできなかった。俺は、誰も守れない悪魔なんだ。俺はみんな元に戻ればどうなったっていい」

「ばーか」

 兄が少し上を向きながら大きなため息交じりに声に出す。


 人を助けたり願いを叶えたりするのが天使の仕事ではない。ここで起こる全てのことは神の意志へ記録されるのだが、人間の魂を回収したり、人間の記憶だけでは補えない部分を補佐するのが本来の仕事だ。

「お前な、俺らの仕事は人間を助ける仕事じゃないんだよ。それ乱発したら悪魔とやってる事一緒だぞ? 俺らの仕事は記録だ。1つ漏らさずこの世で起きることを記録する、その為に人間の姿に近しくできてんだよ。誰を守れないだの、誰を助けたいだの、そんなの天の視点からみりゃお前の自己満足」

「だけど……」

 直哉が顔をあげて悲壮な表情で反論する。

「悪魔と契約した人間は魂を取られちゃうんだろ!? だったら何とかして助けなきゃ」

「許されてるのはそいつの意識を悪魔から離すってまでだ。傷ついた体を戻したり、悪魔と契約もしていない人間に直接手ぇ付けたら、この世界にむやみに干渉する禁止事項に突っ込むことになるぞ。まあもう、身バレもしてるし十分干渉しちゃってるけどさ」

 直哉は黙ってしまった。そんなこと言われたって、自分が蒔いた種でもある。放置してここから去ることはしたくない。何も言い返さず俯く。

 そんな気持ちを察してか、シェトは公園の街灯で何とか見える弟の横顔を見ているだけで、それ以上何も言わなかった。



「シェトは、死神の目的を知ってるの?」

直哉が質問する。

「うーん、威厳復活のために邪魔な不老不死姉妹を始末して、お前を手に入れたがってるってことなら」

「やっぱ、俺なんだ」

「あの姉妹がいない今、天使とのハイブリットのお前がいい資源なんだろ。うまくすれば天界に潜り込めるかもしれないんだ。今こそ勢力復活で狙ってんのも解るわ。だけどなんで、他の死神と組まないのか俺には理解できないけどね」

「え、1人なの?」

 初めて聞いた。杉元が単独で自分を狙っていたなんて。

「どうもね。調べても手を貸している奴はいるみたいだけど、一緒に行動してる奴は影が見えない。こっちの世界に来てるのはどうもそいつだけみたい。もしかしたら俺みたいに、指名を受けて単独で動いてるだけかもしれないけどね。ま、あっちの世界のことは全く見えないから、ぜーんぶ推測」

 単独でさらに自分だけを狙う。どういうことだろう。



「ねえ、ならシェトは誰からの使命でここに来たの?」

 んっと一瞬喉の奥で変な声を出したが

「誰って言われてもねぇ……ねぇ……しいて言うなら上司? 先生? 偉い人? そんなとこかな」

と首をかしげながら返された。

「そっか」

 直哉は納得してそれ以上聞くことはしなかった。



 それから数分。そのまま座っていたが、おもむろに直哉が立ち上がった。

「いかなきゃ」

「行くって、真夜中だぞ。寝てんじゃねえの?」

「いや、多分、俺のことは分かってると思う。きっと待ってるよ」

 シェトも立ち上がって後ろをついて歩く。

 街灯の明かりだけが規則的に道路を照らす中、2人は石田の家に向かう。その途中。

「シェト、お願い」

「んあ?」

 直哉が振り返った。

「もし俺が死んだら……俺の体と魂、絶対に渡さないようにして。手を出せないのは分かってる。だけど死んだ後なたら手伝いにはならないでしょ」

 暗い道でも目に涙が溢れんばかりに溜まっているのははっきり分かった。

「……まあそんときは、そんときだな。できる限りのことはするって約束するよ」

 答えをはぐらかされ、再度お願い、と念押しすると振り返って歩き始めた。



 ……本当に言いたかったのはこんなんじゃない。

「死ぬな」

 その一言が言えなかった。本来は干渉することはおろか、指示助言をするのも禁止されている。今姿を現しているだけでも本当は咎められる。迂闊な一言だって「指示命令」にあたると言われる可能性も孕んでいる。弟を監視する側だが、自分だって同様に上から監視されているのだ。自分の立場のもどかしさに歯噛みするしかなかった。本当は再会を喜び合って、今までどうしていたのか聞きたかった。

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