第171話 深夜の再会

 昼間ほどの勢いはないものの、まだ強風は収まっていない。空を唸るように駆け抜けていく。上着は羽織って出てきたが、ただでさえ冷えた空気が服の間を吹き抜けるのでぶるっと震えた。


 ここに初めて来た日のことを思い出した。あの日も今日ほどじゃないけど寒かったな。あの時はなんだか知らない奴にからまれて全身ボロボロになり、殺してくれと思っていたし、死ねない呪いのせいで怪我ばかりし、自分を大切に扱ってこなかった。

 今日は違う。死にたくないのが正直、けれども覚悟はしている。石田の家で何が待ち構えていようと、絶対に彼を守る。でも死ぬんだったら真子を助けてからだと決めていた。そして何をしようと悪魔側にはつかない、自分は渡さない、そんな決意があった。




 人も通らない深夜の通学路。ふと後ろに気配を感じた。殺気……?

 その瞬間直哉の右手には赤い光が散らばり、瞬時に身をかがめると大鎌を逆手にもって一気に振り上げた。



 バキン! と金属のような硬い物質同士が勢いよく衝突する音がして、お互いがはじかれた。しかし、自分が何を切りつけようとしていたかを知った時、息が止まるほど心臓が撥ねて動けなくなった。

 白銀の剣。刃の幅は太く、長さは1mくらいか。顔が映りそうな輝きを放つその剣には見覚えがある。咄嗟に持ち主の顔を見上げる。


「勘は鈍ってないみたいだな」

 にやっと笑う相手。ぱっと剣が姿を消す。

「なーんだよ、その顔ぉ。いつまで持ってんだそれ、見つかったら厄介だぞ」

 はっとした。慌てて握っていた大鎌を離す。すぐに赤い光の粒に戻って消えた。

「あ……」

 驚きすぎて声も言葉も出ない。闇に紛れるためなのか知らないが、上下真っ黒なフードつきのスエットを着て靴まで黒い物を履いている。

「元気そうだなぁ」

 黒髪でぱっちりした目。背は高くなっているが、間違いない。今目の前にいるのは10年くらい前に別れた自分の兄だ。

 何でここへ!? こんなことしたらあっちから追い出されてしまうのではないか? それよりなんでここに来たのか、なぜここを知っているのか?

 幾つもの疑問が頭を渦巻く。


「ハハ、『何で?』って顔してんな。まあいいじゃんか。とりあえず立てよ」

 手を差し出してくれる。それに捕まって立ち上がる。小さい頃手を引いてもらった思い出が一気に蘇った。

 周りの厳しい視線と言葉から遠ざけてくれようとして、どんな時も傍に居てくれた兄。今回も自分を助けに来てくれたのかと思った。だが、すぐに違うと考え直した。

 彼は自分とは血が違う。生粋の天界人。こんな自分にかかわったらあっという間に追放されるような厳しい世界なんだ……。ならば自分を始末しに来たのか。こんな大騒ぎを人間界で起こした自分を。それならそれでもいい。最期が兄によって下されるなら受け入れる。

 

「家の人に黙って抜けてきて、自分で何とかしようとした。まあそんなところだろ」

 図星をつかれ、思わず下を向く。

「お前らしいっちゃらしいし、相変わらず迷惑かけてんなぁ。でも断ったとこで止められるのは目に見えてるし、お前の判断はあってんのかもなぁ」

 味方なのか敵なのか。どう対処していいかわからずにただ棒立ちでいると、

「お前の行先なんとなくわかってるわ。石田ってやつの家だろ」

 無言で頷く。

「……まあ、せっかく再会したし、ちょっと話してからでもいいだろ?」

 通学路の途中にある公園に入る。当然誰もいない。




 入口の左にあるブランコへ腰かける兄。脚をついてキコキコと前後に揺らし始めた。

「フェルも座れよー」

 少し離れた所に立っていると呼ばれた。懐かしい呼び方。自分の本名フェルゼータを縮めた呼び名だ。

「いろいろ聞きたいんだろ? 俺が何しにここに来たとか」

「うん」

 ゆっくり左側に腰掛けながら兄の顔を再び見た。面影はあるがもうすっかり大人の顔をしている。

「俺はお前の監視役でここに来ることになったんだ」

「かんし……?」

「うん。お前が最終的にどちら側につくのか見て来いって使命を受けたの。でも俺は絶対に手出ししちゃいけない約束なんだ。お前を助けることはできない。お前のやることをただ見ているだけ。たとえあっちについても俺は説得しちゃいけない。もしそうなったら、お前を始末するよう言われてる」

 わかってはいた事だが心臓が締め付けられそうな気分になった。本当は心のどこかで自分を救ってくれるのではないかと淡い期待を持っていた。しかし現実はそうはいかない。当然といえば当然だ。ブランコの鎖をぐっと握りしめ唇をかむ。


「ほんとは隠れて見てようって思ってたんだけどさ。なんかこそこそ卑怯っぽいから堂々と出てきちゃった」

 なんだか他人事のように話すな。もしかしたら自分だって敵に狙われるかもしれないのに。

「シェトは……」

 いったいいつぶりだろう。兄の名を口にしたのは。恥ずかしさと違和感で声が詰まる。

「シェトはあれからどうしてたの?」

 自分が刺してしまった父親のことも気になった。シェトこそ一番迷惑をこうむった家族だ。

「ああ、俺? 俺は普通だよ。父さんはあのあと回復したし、俺はすぐ寮に入っちゃったからあまり知らない。まあ元気になったんじゃない?」

 家族なのにこれも他人事みたいだな、と感じた。

「俺の事……恨んでないの? 家族めちゃくちゃにしてさ」

 恐る恐る尋ねる。

「いまさらぁ? 小さかったからそういうの感じなかったよ。それに寮にいたから家族が逆にどういうのかわかんねーわ」

 笑いすら含める兄。なんだか心配になった。無理に繕っているのではないか。

「とにかくさ、お前が心配するような人生は俺は送ってないから大丈夫。お前に比べりゃ安全な人生歩いてきたってことだ」

「そう……」

「そうそう」

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