第156話 合意できない契約

 石田は夢を見ていた。


 誰かと会話している。なのに自分の声を全く聞いてもらえないのだ。なんだかもう1人自分そっくりなのがいて、そいつと誰かが会話しており、一向に話に入れてもらえない。


「藤沢や杉村はどうしてあんな大けがしても治ってるのに、俺は治らないんだよ! 不公平だよ!」

「そうだよね。元はと言えばあの2人のせいでこんなことになってるんだもの。本当に悔しいよ。彼らはのうのうと元の生活に戻ろうとしてる。許せないよね」


 話し相手が誰なのかわからない。よく見えないのだ。そこにいるのは分かってるのに。暗い中にいるようで顔がはっきり見えない。

「俺の事殺そうとした奴らもマジ許せねえ! 同じ目に合わせてやりたい。鑑別所でも少年院でも暫くすりゃ出てくるじゃねえかよ。俺一生このままだったらどうするんだよ! ふざけんな人の人生滅茶苦茶にしといて!」


「なあ、誰と話してるの?」

 自分の言葉は無視された。


「あはは、本当だよね。向こうは五体満足、反省してますっていえばそれで終わり。全く釣り合わないよね。いっそ仕返しする?」

 話し相手は同調してそんなことをけしかける。

「あはは! いいね!」

 もう1人の自分はケタケタ笑った。


「何言ってんだ無理に決まってんだろ!」

 どれだけ叫んでも振り向かない。2人に近づこうと歩きだす。


「でもさあ、前はあの子たちとと仲良くやってたのに、なんであんな裏切り行為しちゃったの? 黙って拓に警察行かせておけば、もしかしたら井口とうまくやってくれててばれなかったかもしれないのにさ。なんで拓みたいなガキ助けようとしたの?」

 もう1人の自分は黙ってしまった。何とか彼らの会話に入ろうと走りよるが、不思議に近づけないのだ。

 まるでベルトコンベヤーの上を逆走しているかのように、進めど進めど近づかない。そこで再び叫んだ。


「おい、拓を助けたのは可哀そうだからだろ! あんな犯罪押し付けられて平気でいられるかよ、先輩が明らかに悪いんじゃねえか!」

 これだけ叫んでいるのに、聞こえていないのか? 振り向きもしない。おい、おい! と何度も叫んだ。


「なんで先輩たちじゃなくて藤沢直哉なんかの方に行っちゃった訳?」

 この謎の人物は、どうしてこんなところまで知っているんだ! 心の中で藤沢と杉村への憧れのような心理があったなんて、誰にも言ったことがないし、言えるわけがない。

「あいつらさえいなきゃ、こんな体にならなくて済んだんじゃないの?」

「……そう……」


 ハア?……何で肯定するんだ!

「ちっがう! 違うだろ! なんであの2人が出てくるんだ! 関係ないだろ!」

 食って掛かりたいのに体は近づいていかない。こんなに走っているのに! ありったけ叫んでも声は届かない。見えない壁でもあるのか?


「あいつらが俺の人生狂わせたんだ……。杉村に引き込まれたから! そうじゃなきゃ先輩と今でも仲良くして、とりあえずは無事に過ごせたかもしれないのに。逆らうなんて怖くてできなかったはずなのにさ、なんでだろ。あいつらの方がカッコいいなんて思った俺がバカだったんだよ」


「やめろ! 何言ってんだ!」

 絶叫に近い声を上げる。頼むから、お願いだからそんなこと言わないでくれ!


「まずあいつらをまた学校から追い出せば、先輩たち見直してくれるかもよ」

 もう1人の自分の表情がパッと変わった。そうだ、それならまた元の生活に戻れる、とまで言い出した。


「そんなわけあるか! あいつらがいなくなったらもっともっと先輩に好き勝手やられるだけだぞ!」

 必死で否定する。


 謎の人物は、1つ小瓶を差し出した。

「僕と契約したら、どんな力でも分けてあげるし、願いを1つ残らず叶えてあげる。今は君のお母さんと契約して、お母さんから生命力を分けて貰ってるんだけど、限界があるだろ? このままじゃお母さん死んじゃう。だから僕と直接契約しない? 僕からも1つお願いがあるんだ。お互いにお互いの願いを叶える契約。どう?」

「いいよ。どんな願い?」

 もう1人の自分はすっかり乗り気になって前かがみになっている。

「藤沢直哉だけは無傷で僕が貰いたいんだ。その他の連中は君の好きにしなよ」


 何言ってんだこいつ……何としても止めなければ!

「おい聞いてんのかコラァ! そんなもん飲むな! 捨てろ! 何だそいつどっから来たんだよ! てめえ誰だよ!」

 その叫びもむなしく、もう1人の自分は目の前で小瓶を口に付け、くいっと上を向いて飲み干した。その瞬間、突然自分の目の前に金網が地面からものすごい速さでせりあがってきた。一体どのくらいの高さがあるのかわからない。見上げても上辺が闇の中に溶けこんでいる。

 びっくりして一瞬下がったが、あの人物が誰なのか確かめたく金網に手をかけた。


「いでぇっ!」

 手に鋭い痛みが走った。指と手のひらが数カ所切れている。金網には有刺鉄線が編み込まれていた。

「くっそぉぉ!! 出せ! 開けろ!」

 力の限り叫んでも、とうとう最後まで2人の話を止めることはできなかった。

 金網の前で崩れ落ちる。すると、つかつかとこちらに歩み寄る足音がした。ぱっと顔を上げた。


「おまえ、うるさい」


 目の前にいたのは自分……藤沢たちと出会う前の、誰彼構わず睨みつけイキがっていた自分……。

 金網があるはずなのに、それをすり抜け手がシュッと伸びてきた。そして喉をギリギリと絞めつけた。苦しくて痛くて、じたばたしながら相手の手を叩く。だが全く効き目がない。血が止められ、破裂するのではないかと思うくらい頭の中に圧力がかかるのを感じた。床に押し付けられ、そのうち目がちかちかしてきた。

 もう1人の自分の後ろに近づいてきたのは、灰色の瞳をした男。しゃがみ込んで覗き込むようにこちらを見つめている。無表情なのが気味が悪い。こいつ、許さねぇ……何とか抵抗しようとしたがついに意識が薄れた。

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