第157話 12月1日(1) 小島のお見舞い
年末の声が聞こえると一気に慌ただしくなる。本日から期末試験。3年生はいよいよ推薦入試、願書提出、だんだんそんな忙しさに事件の関心は薄れ始めてきた。
泊や半谷らが小島のために、ノートやプリントを持っていく。本人には会えるが、もうスマートフォンが怖くて触れないと言っていた。パソコンも、一度ネットにつなげばこの手に関するニュースや書き込みが玉石混淆、下手に見てしまうと恐怖心があおられるので開かないという。そのため直接家に電話するか会いに行くしか、話す機会はなくなった。
「あんなものなくたって生きていけるよ。しばらく離れてればそのうち恐怖心も消えるよ。無理に触んな」
半谷が慰めた。
「うん……こうやって学校のこと教えてくれるから助かるけど、そうじゃなければ僕、完全に情報弱者だよね……学校行かなきゃって思うんだけど怖くてさ……」
友達の変わり果てた姿のショックと共に、あのグループへの恐怖だ。自分のことがばれているという不安。顔を合わせたら次は自分の番だという恐怖で一杯なのだ。
いくら2人が、もう警察沙汰になって捕まってるし逆恨みしてくることは無い、みんなお前の味方だとなだめるも、なかなか勇気は出ないようだ。
「3学期までゆっくり休めよ。テストだけはどっか別の日に受けるとかさ、ほら、インフルの奴もいるじゃん。何かしら学校だって対策組むだろうよ」
「うん……ありがとう」
3人は笑顔で別れた。別れた後小島は1人部屋に戻って、プリントやノートを見ていた。もう辺りは暗くなり始めている。自分の心と一緒だ。
2人が帰ってしまうとすぐこんな暗い空気に飲み込まれてしまう。先生たちも気遣って別室で試験を受けることを提案してくれたが、今とてもじゃないが学校へ行ける心境ではない。外へ出ても、アイツらに会ったらと足が震えてすすめなくなるのだ。
「石田……大丈夫なのかなあ」
彼らが頻繁に来てくれても、石田の様子だけは全く耳に入らない。もしかしてわざと避けているんだろうか。自分のことを気遣って。それとも思ったより回復が良くて……いや、だったら教えてくれる筈だ。自分が弱いから、きっと最悪の結果を言えないでいるんだ……。
そう考えただけで、小島は息苦しくなって泣きたくなる程不安になる。何でもいい。どうなっているのか知りたい。
そうだと思いたち、家の電話から風の子園に電話をかけた。真一に話を聞くためだ。彼なら隠さずに話してくれるはずだ。
電話にでた職員に取り次ぎをお願いする。しばらくして真一が代わった。
「あ、小島君? どう、元気にしてるの?」
いつもの優しい声に少しほっとした。つかえつかえ、石田の様子を知りたいと何とか声に出した。
「ああ……石田君は……その……」
真一は言いよどんだ。
「退院したんだって……」
「えっ、じゃあ良くなったの!?」
跳ねるような喜ぶ声を上げた。しかしそれに対しての返答はあまり明るい声ではなかった。
「おばさんが、なんだか知らないけど強引に退院させちゃったんだよ……理由が全く不明で、ちょっとノイローゼ気味だったし、かなり病院にもしつこくつっかかってたみたい」
実は真一も今日、学校が終わった後直哉のところに行き、その事態を知ったのだ。
あんな状態でどうして退院できるのかと不思議だった。家では設備もないし、万一容体が急変しようものならすぐに処置できないのに。
「正直言うとね、寝たきりの可能性もなくないんだって。怪我がひどくて、僕もお見舞い行ったけど、ほとんど体も動かせなかった……」
「嘘! 嘘だろ! 元気になって退院したんだろ!?」
小島は信じたくない、といった風に叫んだ。
「本当なんだよ、前に直哉がちょっと顔見に行った時も、僕が行った時も、おばさん僕らの事すごい悔しそうに見てたもん。僕らは回復したでしょ? なのにどうして自分の子供は助からないんだって」
小島の浅くて速い呼吸が受話器越しに聞こえる。
「お見舞いに行っても迎えてくれる状況じゃなかったから、家に帰ったならなおさらかもしれないよ。どこまで回復するかわからないけど、会えるようになるのはもっと先かもしれない」
うっ、うっと泣いているような声が聞こえた。
「小島君」
そっと呼びかける。
「石田君が心配なのはわかるけど、まず自分の心配して。このままじゃ学校にも来れなくなっちゃうよ。誰も小島君を悪いと思ってる人はいないよ。小島君自分で自分を責めてるけど、そんな必要全然ないんだからね」
泣いてまともに会話することができない小島。石田に対して、自分が普通に生きていることへの謝罪なのだろうか、ずっと「ごめん」の3文字を繰り返していた。
真一は小島をなだめ、じゃあねと電話を切って溜息をついた。本当にどうして、石田の母親がそんな暴挙に出たのか理解できない。父親や兄は止めなかったんだろうか。
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